ユニクロがAI(人工知能)の活用を強化している。
撮影:松下久美
ユニクロが全社をあげて取り組む改革「有明プロジェクト」。このプロジェクトでは「新しい購買体験の提供」や「お客さまからの要望に応えるための構造改革」、さらには「無駄なものを作らない、運ばない、売らない」ためのマーケティングやサプライチェーンの改革を進めるが、そのカギを握るのがAIの活用だ。
年内には、過去の売り上げ実績や天候、トレンドなどのビッグデータをAIで解析し、需要を予測して生産に反映する仕組みを本格導入する予定。
一方で、人工知能(AI)コンシェルジュを活用した買い物アシスタントサービス「ユニクロIQ」(UNIQLO IQ)の日本での運用を7月から本格化している。
チャットショッピングという新しい体験
ユニクロの松山真哉グローバルデジタルコマース部部長。自分専用の買い物アシスタントにしてほしいという。
撮影:松下久美
ユニクロIQの担当であるグローバルデジタルコマース部を率いる松山真哉部長は、ユニクロIQについて、「新しい購買体験の提供にチャレンジする」と意気込む。
「店で買う」から「モバイルで買う」へ。あるいは、その両方を顧客が使いこなすようになった今、「テキストや音声による『チャットショッピング』という新しい買い方を広げていく。チャットボットの草創期には“遊び感覚”だったが、今まさに実用化の段階に入っている。いち早くカスタマーセンターとショッピング機能を融合していく」と続ける。
チャットボットとは:テキストや音声を通じて、会話を自動的に行うプログラム。
ユニクロIQではこんなことが可能だ。ECや実店舗の在庫状況の確認、よくある問い合わせの確認やカスタマーセンターへの相談、オンラインストアや店舗での購入といった基本機能に加え、フリーワードでの検索もできる。これらがすべて声で可能なのだ。
さらに、「旅行」「オフィス」「女子会」「お花見」「デート」といったシーン別のコーディネート提案や、「着やせする」「二の腕をカバー」「紫外線対策」「透けない」「雨」などに対応する商品検索ができるほか、48時間以内の売上げランキングや、星占いによるラッキーカラー商品の提案、雑誌掲載アイテムの提案なども備えている。
一方で、カスタマーセンターの業務削減や24時間即時対応、販売機会ロスの削減などの業務改善にもつながるといい、買い物の楽しさなど新しいショッピング体験の両面を目指している。
自分専用の買い物アシスタント
チャットショッピングという新しい体験を通じて、ユニクロは顧客の満足度をさらに高めようとしている。
ユニクロのサイトより
ユニクロはこれまで 掲げてきた“MADE FOR ALL”から“MADE FOR YOU”にコンセプトをシフトしている。
ユニクロIQは、顧客一人ひとりのニーズや動向を集め、企画やサービスに生かすパーソナライズ施策の強化の一環でもある。
ユニクロのECサイトのクリエイティブ・ディレクターを務めるレイ・イナモトInamoto&Co.代表は、2017年3月、アメリカで「ユニクロIQ」のサービスを試験的にスタートする際に、モバイル端末の広がりにより、世界中の人々が24時間つながっている状態になっていると指摘した上で、「テクノロジーによって、世界を便利にするだけでなく、人の心を動かす」ことが重要であり、そのためにも、「デジタルを使ってよりパーソナルなサービスを提供しなければならない」と語っていた。
日本では2017年9月に試験運用を開始。顧客インタビューや、店頭スタッフからのヒアリング、さらには、月1回本社で開催するCS(顧客満足)担当スタッフとのミーティングなどからサービスを設計し、ブラッシュアップを続けてきた。
「機械学習と、専属担当者による人為的な修正を組み合わせることで、“利用者が使えば使うほど賢くなるアプリ”」と松山部長。最初は不認識率50%だったものが、改良を重ね、いまや10%近くにまで低減。顧客自身の購買体験や質問などの履歴も学習する。
「 “自分専用の買い物アシスタント”としてアップデートされていく。なるべく多くのお客さまに使ってもらうことで、精度が上がり、賢くなる。だから、どんどん使ってほしい」(松山部長)と呼び掛ける。
顧客プラットフォームに「出て行く」
7月にアンダーズ東京で行ったユニクロファンのインフルエンサーに向けた「ユニクロIQ」体験会のワンシーン。在庫確認やフリーキーワード入力によるおすすめコーデ提案が特に好評だった。
撮影:松下久美
2018年3月にはLINE、6月にはGoogleアシスタント上でも、「ユニクロオンラインストア」の利用方法や配送状況など、FAQ(よくある質問と回答)に対応できるサービスを開始している。
音声にもテキストにも問い合わせ対応ができ、希望者にはカスタマーセンターのオペレーターによるライブチャットサポートへの接続も可能にしている(Googleアシスタントでは、Googleクラウドの “自然で豊かな対話体験を作るためのチャットボット開発ツール” Dialogflow Enterprise Editionを利用)。
「お客さまに寄り添い、知りたいときに知ることができる状態を作るために、普段コミュニケーションツールとしてアクティブに使われているプラットフォームにユニクロが出ていった形」(松山部長)だという。
1時間前までの在庫状況が好評
今後の課題は、「応対の精度アップ」と「パーソナライズ化」「Facebookメッセージなどチャネルの拡大」「音声対応の拡充」、さらには「グローバルでの展開」を掲げる。
特にグローバルに関しては、2017年3月からアメリカでテストをしてきたが、現在は一時休止中。その他地域は未対応となっている。
「中国ではカスタマーセンターへの問い合わせなどの97%がチャットで、メールや電話はほぼない状況。世界中がそういう方向になっており、言語対応などを進めていきたい」(松山部長)
プッシュメッセージの配信などにも対応していく。
ちなみに、これまで蓄積した膨大なデータの中で、顧客が一番知りたいのは「在庫情報」だと松山部長。ユニクロIQでは、従来の前日夜までの情報ではなく、わずか1時間前までの在庫状況がほぼリアルタイムで反映されるのが特徴だ。
7月に都内ホテルのスウィートルームに「ユニクロマニア」とも言えるインフルエンサーを招いた体験会では、「ECで買うこともあるけれど、きちんと実物を見て試着をして、サイズ感や色みをしっかりと確認して買い物をしたいので、気に入った商品がどこの店にあるのか、最新の在庫情報が分かるのはとてもありがたい」という声が多数挙がっていた。
5年後売り上げ2倍の起爆剤に
スタートトゥデイが2018年7月3日、都内で開いた会見。プライベートブランド「ゾゾ」の新ラインナップに、メンズスーツなどを発表した。
撮影:木許はるみ
スタートトゥデイが採寸用ボディスーツ「ゾゾスーツ」を活用したパーソナルオーダー型のプライベートブランド「ゾゾ」の投入を開始しており、ユニクロとの対立構造も喧伝されている。
松山部長は「洋服にとってサイズはとても大切なもの。これまでもジャケットやシャツのセミオーダーなどを行ってきたが、『ユニクロIQ』のデータやサービスをパーソナルオーダーの分野でも活用していきたい」と意気込む。
ユニクロは、2017年度の売上収益1兆5400億円を、5年後の2022年度に2倍にする目標を掲げている。グローバルでのEC比率は2017年度の9%(日本6%、グレーターチャイナ、欧州が各10%、韓国、東南アジア・オセアニアが各5%、北米20%)となっているが、これを2022年度にEC化率18%、売上高換算で5544億円超まで引き上げることを目指している。ユニクロIQはその起爆剤になりそうだ。
(文・松下久美)
松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。