間一髪で衝突回避 ── 人類の宇宙への道を閉ざす“宇宙ゴミ”の危険性

地球を周回する宇宙ゴミの太い輪

「ケスラー・シンドローム」のイメージ図に描かれた、地球を周回する宇宙ゴミの太い輪。

Shutterstock

  • スペースX社のスターリンク計画の人工衛星が、欧州宇宙機関(ESA)の人工衛星に衝突する危険性があった。ESAは人工衛星「アイオロス」を移動させ、千分の一の可能性があった衝突を回避した。
  • 人工衛星の打ち上げが増えれば、衝突する可能性が高まり、危険な宇宙ゴミ(スペースデブリ)が発生する可能性も高まる。人工衛星を破壊することも役には立たない。
  • 専門家は、このままでは地球を周回するデブリが連鎖的に衝突する「ケスラー・シンドローム」を引き起こし、人間の宇宙へのアクセスが数百年にわたって遮断されるのではないかと懸念している。

人類が宇宙に多くのものを打ち上げると、それらが互いにぶつかる確率は上がる。

SpaceXと欧州宇宙機関(ESA)は9月2日、この問題の最新情報をキャッチした。その日、千分の一の確率で、スペースXのインターネット衛星スターリンク(Starlink)の1つとESAの地球観測衛星アイオロス(Aeolus)が衝突することがわかった。

ESAはアイオロスの推進装置を使って軌道を変え、衝突を回避したが、今後も無数の宇宙ゴミは生まれ続けるので(5月のインドによる衛星破壊のような意図的なものもある)より密接な連携が必要になるだろう。

アメリカ政府は、宇宙空間に浮かぶ約2万3000個のソフトボールよりも大きな人工物を追跡している。これら(衛星やその破片)は、地球の周りを時速1万7500マイル以上(約2万8000km/h以上)のスピードで回っている。

4月1日以前、宇宙ゴミのリストには、中国のスクールバスくらいの大きさの宇宙ステーション「天宮1号(Tiangong-1)」も含まれていた。天宮1号は大気圏内で燃え尽きた

だが、さらに何百万個の、より小さな宇宙ゴミ(流星塵と呼ばれることもある)も地球の周りを回っている。

「見ることはできるが、軌道を追えず、追跡できない小さな物体が数多く存在する」とアメリカ空軍のAdvanced Space Operations Schoolで教えている軌道力学のエンジニア、ジェシー・ゴスナー(Jesse Gossner)はBusiness Insiderに語った。

また企業や政府機関がより多くの宇宙船を打ち上げるにつれて、「ケスラー・シンドローム(Kessler syndrome)」の可能性についての懸念が高まっている。何百年もの間、人類の宇宙へのアクセスを閉ざす可能性がある連鎖的な宇宙ゴミの衝突のことだ。

誰が宇宙ゴミを追跡しているのか、衛星の衝突を避ける方法は何か、宇宙での惨事を防ぐために何が行われているかを見てみよう。

宇宙開発競争が始まって以来、数千回の打ち上げによって宇宙ゴミ(スペースデブリ)が増大した。ほとんどの宇宙ゴミは2つのゾーンにある。約250マイル(約400km)上空の地球低軌道と約2万2300マイル(約3万6000km)上空の静止軌道だ。

宇宙ゴミのシミュレーション画像

地球を周回する宇宙ゴミのシミュレーション画像。

ESA


下段ロケット、衛星、さらには古い宇宙服のような、ソフトボール大、あるいはそれより大きな物体が2万3000個、さらに指の爪サイズからソフトボール大程度の物体が65万個以上ある。

国際宇宙ステーションの外を遊泳する宇宙飛行士

国際宇宙ステーションの外を遊泳するNASAの宇宙飛行士マイク・ホプキンス(Mike Hopkins)。2013年12月24日。

NASA

1億7000万ほどの、鉛筆の先くらいの小さな破片もある。爆発したボルトや塗料の破片などだ。

出典 : ESA

2007年、中国が古い衛星の1つを「対衛星兵器」で破壊、無数の破片が軌道に散らばった。2009年には、古いロシアの衛星とアメリカの衛星が衝突、さらに危険なゴミが増えた。

破壊された中国の衛星の破片

赤い点は、破壊された中国の気象衛星「風雲1号C(FY-1C)」の破片。緑色の点は地球低軌道を周る衛星。

Celestrak/Analytical Graphics, Inc.


インドも2019年3月27日に行った、衛星破壊ミサイルのテスト「ミッション・シャクティ」で数千の破片を発生させた。

インドの衛星破壊テスト「ミッション・シャクティー」で発生した宇宙ゴミのシミュレーション。

インドの衛星破壊テスト「ミッション・シャクティー」で発生した宇宙ゴミのシミュレーション。

Analytical Graphics Inc.

出典:Business Insider


宇宙空間に残されたロケットには燃料が残っていることがある。宇宙の厳しい環境がロケットのパーツを徐々に弱めるにつれ、燃料は混ざり、爆発し、いずれにしても数多くの破片をまき散らす。

ロケットの爆発の予想図

宇宙空間でのロケットの爆発の予想図。

ESA


宇宙ゴミは大きなものではない。だが重要な機器に壊滅的な損傷を与えるのに十分なスピードで飛んでいる。1つの小さな衝突が宇宙飛行士にとっては致命的なものになり得る。

スペースシャトル「エンデバー号」で見つかった宇宙ゴミの衝突痕

ミッション終了後にスペースシャトル「エンデバー号」のラジエーターで見つかった宇宙ゴミの衝突痕。宇宙ゴミがぶつかってできた入口の穴の幅は約0.25インチ(約6ミリ)、通り抜けてできた出口の穴の幅はその2倍。

NASA

2010年、NASAのシニア・サイエンティスト、ジャック・ベーコン(Jack Bacon)は、10センチ大のアルミニウム製の球体の衝突は、TNT火薬7キロ分の爆発に相当するとWiredに語った

宇宙ゴミが手に負えない状況になった場合、1つの衝突が別の衝突をもたらし、さらに多くの宇宙ゴミが広がっていく。「ケスラー・イベント(Kessler event)」として知られる衝突の連鎖だ。

ケスラー・シンドロームのイメージ図

「ケスラー・シンドローム」のイメージイラスト。

Shutterstock


NASAのジョンソン宇宙センターで働いていた天体物理学者のドナルド・J・ケスラー(Donald J. Kessler)は1978年に発表した論文に、その研究を記している。ケスラーとNASAの同僚バートン・G・クール=パレ(Burton G. Cour-Palais)は今後数十年のより多くの打ち上げによって、宇宙での衝突の危険性は増加すると結論づけた。

ケスラー・シンドロームのイメージ図

Shutterstock


ケスラーが研究の中で説明したように、物体が大きくなればなるほど、衝突時に発生する宇宙ゴミは多くなる。したがって、同じような軌道上に多くの衛星がある場合、大きな物体は衝突の連鎖を助長するリスクが極めて高くなる。

サッカー場サイズの国際宇宙ステーション

サッカー場サイズの450トンの国際宇宙ステーション。

NASA


ケスラー・シンドロームは、地球の周りの宇宙空間に小惑星帯のように宇宙ゴミが広がった場所を作り出す。これらは数百年の間、新たな人工衛星や宇宙船にとって、非常に大きな危険となる可能性がある。つまり、人類の宇宙へのアクセスは著しく制限される。

アフリカの写真

アポロ11号の宇宙飛行士が撮影したアフリカ。1969年7月20日。

NASA/Flickr

出典 : Inter-Agency Space Debris Coordination Committee

ケスラー・シンドロームは、宇宙ステーションのクルーが偶然の衝突によって危険に晒される映画『ゼロ・グラビティ』の主題。だが、ゴスナーはこうした大惨事の可能性は小さいだろうと語った。

映画『ゼロ・グラビティ』の1シーン

映画『ゼロ・グラビティ』の1シーン。

Warner Bros./YouTube


ケスラー・シンドロームを防ぐために、古い衛星や破片を除去する仕組みは現在のところ存在しない。その代わり、宇宙ゴミは地球から監視されている。また新しい規則によって、地球低軌道上の衛星は25年で軌道から外さなければならず、さらなる宇宙ゴミが加わることはない。

e.Deorbitシステムのイラスト

軌道から古い衛星をネットに入れ、取り除くe.Deorbitシステムのイラスト。

David Ducros/ESA


ケスラー・シンドロームを防ぐ取り組みの中心的存在は、宇宙監視ネットワーク(Space Surveillance Network:SSN)。アメリカ軍が主導しているSSNは、世界中の30のシステムを使って、宇宙ゴミの特定、追跡、情報の共有を行っている。

将来の宇宙ゴミ監視システムの予想図

地表の光学、レーダー、レーザー技術、さらに軌道上の観測衛星を使用する将来の宇宙ゴミ監視システムの予想図。

Alan Baker/ESA (CC BY-SA 3.0 IGO)


地球上のレーダー観測網によって、多くの物体が昼夜を問わず追跡されている。

マサチューセッツ州にあるHaystackとHAXのレーダーは、年間600時間、宇宙ゴミのデータを収集している。センチメートル大の宇宙ゴミについてのNASAの主要なデータ源となっている。

マサチューセッツ州にあるHaystackとHAXのレーダーは、年間600時間、宇宙ゴミのデータを収集している。センチメートル大の宇宙ゴミについてのNASAの主要なデータ源となっている。

NASA


地上の光学望遠鏡も宇宙ゴミを観測している。すべてが政府によって運営されているわけではない。「実際、民間企業は数多くの望遠鏡を設置している」とゴスナー。政府は民間による宇宙ゴミ追跡に費用を出している。

望遠鏡を覗くアマチュアの天文愛好家。

Shutterstock


宇宙望遠鏡も宇宙ゴミを追跡している。おそらくトップ・シークレットの軍事衛星であるため、詳細は分からない。

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NASA Johnson/Flickr


政府や企業によって発見された物体は、宇宙ゴミのリストに追加され、既知の宇宙ゴミの軌道に照らし合わせてチェックされる。新しい物体の軌道はスーパーコンピュータで計算され、衝突の可能性が確認される。

国際宇宙ステーションの軌道。

長時間露光で撮影された国際宇宙ステーションの軌道。

Michael Seeley/Flickr (CC BY 2.0)


アメリカ空軍第18宇宙管制隊のリーダー、ダイアナ・マッキーソック(Diana McKissock)は、SSNの宇宙ゴミ追跡を支援している。彼女によると、監視ネットワークはNASA、衛星関連企業、および宇宙船を保有する他のグループに対して2つのレベル(ベーシックとアドバンスド)の警告を発信する。

軌道上デブリ。

スペースシャトルから撮影された宇宙ゴミ。1998年。

NASA


SSNは、1万分の1の衝突の可能性がある場合、3日前にベーシック・エマージェンシー・レポートで公表する。その後、衝突の可能性がなくなるまで、日に数回、情報を更新する。

宇宙ゴミのイメージ図

宇宙ゴミのイメージ図。 衛星や宇宙ゴミは縮尺どおりではない。

ESA


アドバンスド・エマージェンシー・レポートは、3日以内に、より衝突が起こる可能性が高い場合に衛星通信事業者などに警告を発する。「2017年、我々は30万8984件のデータを提供した。緊急通報が必要なものは655件だった」とマッキーソックはBusiness Insiderにメールで述べた。そのうち、579件が地球低軌道(衛星が集中している)上だった。

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Uploaded by Srbauer on Wikipedia


衛星を運用してい企業がSSNのアラートを受信した際は、通常、少量の推進剤を燃焼させて、衛星を別の軌道に移し、危険を回避する。

フェルミガンマ線宇宙望遠鏡

フェルミガンマ線宇宙望遠鏡が衝突の可能性を避けるためにスラスタを噴射している様子(予想図)。

NASA's Goddard Space Flight Center/CI Lab


スペースXのような企業がより多くのロケットを打ち上げている。だが、マッキーソックは「我々の日々の懸念は、ケスラー・シンドロームのような最悪の事態ではない」と語った。

イーロン・マスクの赤いテスラ・ロードスターに乗って、火星軌道に向かう「スターマン」の最後の写真。背景に三日月のような地球が見える。

イーロン・マスクの赤いテスラ・ロードスターに乗って、火星軌道に向かう「スターマン」の最後の写真。背景に三日月のような地球が見える。

Elon Musk/SpaceX via Instagram


最優先事項は、数百万ドルもする衛星の損傷を回避し、宇宙飛行士の安全を確保することだ。「監視し、衛星を制御して衝突を回避することが重要だ」とゴスナーは語った。「衛星のみならず、そこから生まれる宇宙ゴミを減らすためにも、非常に重要な問題になる」

宇宙ゴミによって破損した衛星の予想図

宇宙ゴミによって破損した衛星の予想図。

Shutterstock


中国の宇宙ステーション「天宮1号」のように、巨大な物体が地球に戻って燃え尽きたような時は、祝うべきもので、頭を悩ませるべきものではない。

天宮1号が大気圏で燃え尽きる様子

天宮1号が大気圏で燃え尽きる様子の予想図。

Aerospace Corporation/YouTube


天宮1号の次に地球に落下する可能性のある大きな物体は、NASAの12.25トンのハッブル宇宙望遠鏡。2021年には軌道から外される。

ハッブル宇宙望遠鏡

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Hubble_01.jpg


最期の日を迎えた他の衛星と同様に、ハッブル宇宙望遠鏡は(最終的には、国際宇宙ステーションも)、「宇宙船の墓地」に落とされる。太平洋上の、人が住む場所から最も離れた地点だ。

到達不能極として知られるポイント・ネモ

ポイント・ネモは、陸地から最も離れた場所で、到達不能極(Pole of inaccessibility)として知られている。

Google Earth; Business Insider


※敬称略


[原文:Satellite collisions may set off a space-junk disaster that could end human access to space. Here's how.

(翻訳:一柳優心、編集:増田隆幸、Toshihiko Inoue)

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