テクノロジーの有無に関わらず、商談など重要な会話や交渉の場では、脳が最大限に活性化されるメモの取り方を選ぶ必要がある。
REUTERS/KCNA
10年ほど前は、打ち合わせで若手がノートパソコンでメモを取り出すのを見てずいぶん新鮮に感じたものだが、いまやそれが日常の風景になっている。
「キーボード派」か、「手書き派」か。
世代の違いということで片付けられてしまいそうだが、実は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)でも繰り返し取り上げられている(最近の例はこちら)ホットな話題だ。筆者自身は手書き派なので、そのバイアスがかかっていることは認めた上で、この問題を二つの視点から考えてみたい。
「手書き」の方が良い成績
キーボード入力と手書きのどちらがより頭をよく使う方法なのか。
この点については、2014年に米プリンストン大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究者による共同研究がよく知られている。大学生にTEDトーク(世界の一線で活躍する人物たちによるプレゼン)を聴かせ、メモをPCで取ったグループと手書きで取ったグループのそれぞれが、どれだけ内容を記憶・理解していたかを比較したものだ。
結果として、キーボードの場合、トークを機械的に書き取るだけなのに対し、手書きの場合、聴いた内容を要約したり、図示したりの前処理を行うために脳が活性化され、キーボードより明らかに良い成績を収めたという。
キーボードを使った機会的なテキスト入力は、脳の活性を低下させるとの研究結果が出ている。
REUTERS/Tim Wimborne
この研究はプレゼンを聴くだけの単方向な条件のもとで行われたが、ビジネスの現場の場合、双方向のコミュニケーションが必要なので、より脳を活性化する必要がある。頭の中をテキストベタ打ちモードにしていると、交渉の展開に即して適切に反応できないリスクが生ずる。
若手社員の場合、現場で交渉にあたるのは上司であって、自分の仕事は正確に面談記録を作成することだから、むしろそれで問題ないという意見もあるかもしれない。
だが、メモ要員の立場ならばますます、相手は何を求めているのか、自分ならどう反応するかといったことを考えながら話の流れを追わないと、交渉のやり方は身につかない。また、そうしたことを心がけていると、後からでも話の流れを確実に思い出せるので、現場で詳細にメモしなくても、簡にして要を得た面談記録が書ける。
交渉で相手との間を遮るPC画面
2017年9月、カタルーニャ自治州議会に出席中のプッチダモン前州首相(現在は亡命中)。以前は各国の議会でもキーボードを使う姿が見られたが、近年はタブレットが主流だ。
REUTERS/Albert Gea
もう一つは、認知科学系の議論ではあまり触れられないが、面談の場でPCを使うことの良し悪し、つまりは交渉術の視点である。
商談というのはそもそも、相手を惹きつけ、相手と駆け引きをしながら合意形成を目指す場だ。
今日でも、企業などにおける対人折衝の講習では、資料の該当箇所をペンで指し示す時は、尖ったほうではなく丸いほうを使いなさいとか、話を聞く時はコクコク何度もうなずくのではなく、ここぞというポイントを狙って深くうなずきなさいとか、いろんなテクニックを教わる。
筆者も諸先輩から伝授されたり、自分なりの経験でそういう交渉時のテクニックを身につけてきた。その感覚から言うと、交渉相手との間にPCを置いて画面で遮るのは、最初から結界を作るようなものである。「同じ船に乗る」ことを目的とした交渉の場では(マイナスになることはあっても)プラスに働くことはない。
筆者のように古い人間が相手の時以外でも、その基本原則は変わらない。
メジャーリーグではデータ分析の恩恵を最大限活用すべく、2016年から全チームにiPad Proが配布されている。チーム・選手ともに最大限のパフォーマンスを発揮するために、タブレットやスマホを活用したり、手帳を愛用したり、それぞれのやり方で試行錯誤しているようだ。
REUTERS/Joe Camporeale-USA TODAY Sports
タイピングの音の問題もある。会話以外の音というのは、相手の話に引き込まれている時はともかく、話が面白くない時にはけっこう気になる。そして、面白い話ばかりできる交渉はそう多くない。だからこそ、相手の気をそらす要因は少なければ少ないほどよい。微妙な交渉をしている上司の隣でPCをカチャカチャ言わすと、上司をイラつかせる可能性もある。
PCでメモ取りをすることがビジネスマナーに反するとは思わない。しかし、認知科学の研究成果と交渉術の視点を併せて考えると、社内の打ち合わせ以外ではやはり避けたほうがいいと言わざるをえない。
「タブレット+スタイラスペン」はどうか
さて、ここまでの話から導くべき結論は、「ビジネス上のメモはすべからく紙にペンで書くべき」ということでは必ずしもない。
ノルウェー科学技術大学の研究によると、タブレットに手書きメモを入力する際の脳の働きは、ペンで紙に手書きする際のそれと同じだという。最近はアップルのiPadのような非常に性能のいいタブレットが登場しているから、相手との空間を遮らないよう使うのであれば、スタイラスペンを使った「手書きメモのデジタル化」は有力な選択肢となる。
そこで役立つアプリのうち、筆者のイチ押しは(かなり前からあるアプリだが)「AudioNote 2」だ。
手書きメモを入力しながら会話を録音でき、メモと録音内容が自動的に紐付けられるところに特長がある。後から手書きメモの特定の部分に触れると、その箇所を書いていた時の録音が再生される。記憶が不鮮明な部分だけ効率的に確認できるので、非常に便利である。
ほかにも使えるアプリはたくさんあるはずだから、いろいろ試してみるといいだろう。
いずれにせよ、この便利さは10年前には想像もできなかったもので、遠からずメモ取りは完全自動化し、キーボードもペンも必要なくなるに違いない。そうなると今度は、メモを取らずに頭を活性化する何かが必要になるのかもしれない。
大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。主な著書に『金融と法――企業ファイナンス入門』『金融アンバンドリング戦略』『49歳からのお金―住宅・保険をキャッシュに換える』など。