去る8月15日に、さくらももこさんが54歳の若さで乳がんで亡くなった。
病状の経過などは公表されていないが、あまりにも早いその突然の訃報に驚いた人は私を含め多かったようだ。
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乳がんは、食生活などの欧米化に伴い、増加の一途をたどっている(資料1)。2017年度の罹患数予測は8万9100人、死亡者数予測は1万4400人。現在、30〜60歳代の女性における死因の1位となっている。
諸外国に比べて著しく低い受診率
資料1
国立がん研究センターがん情報サービスの情報をもとに筆者作成
日本の乳がん罹患率のピークは40〜50歳代だが、欧米諸国では閉経後の50歳以降に増加していく。罹患数に比べると死亡者数は少なく、早期発見か適切な治療が施されれば、比較的治癒が見込めるがんだと言える。全国がんセンター協議会(全がん協)の調査では、早期乳がんの10年生存率はステージⅠで95.4%, ステージⅡで86.0%と、かなり良好である。
にもかかわらず、日本の乳がんの検診受診率は諸外国に比べて低いことが、これまで指摘されている。
2016年度の厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、乳がんを含めたがん検診の受診率は、およそ50%以下だ(資料2)。
資料2
厚生労働省「国民生活基礎調査」より
乳がん検診は特に諸外国と比較しても検診率が低い(資料3)。この数字は個人が任意で受ける任意型検診、自治体の検診を合わせた数字だが、ほとんどが任意型検診のアメリカでは受診率は80%を超えている。日本人が検診を受けない理由としては2017年に内閣府大臣官房政府広報室が発表した調査によると、「受ける時間がない」(30.6%)、「健康状態に自信があり、必要性を感じない」(29.2%)、「心配な時はいつでも医療機関を受診できる」(23.7%)などの順になっている。多忙なライフスタイルなどが背景にあるようだ。
資料3
厚生労働省 平成29年度がん検診受診率50%に向けた集中キャンペーンHPより
啓発活動や著名人の発信で上昇
それでも近年は、ピンクリボン運動をはじめとする啓発活動や乳がんに罹患した著名人による発信による効果のおかげで、徐々に受診率は上昇傾向にある(資料4)。自治体も受診率を上げるキャンペーンを繰り返し行ったり、無料クーポンを配布したりして、啓蒙している。
資料4
国立がん研究センター がん情報サービスより
乳がん検診の受診年齢を見ると、それほど大きくないながらも40〜50代ピークがあり、これは日本の罹患率のピークと一致している(資料5)。
資料5
日本医師会作成 年齢別乳がん検診受診率
日本では各自治体が行なっている乳がん検診は40歳以上、2年に1回のマンモグラフィ検診を原則とすると定められている。検診は、自治体が行うものの他、各種健康保険組合によるものがあり、企業などに勤務している人は、会社が加入している健康保険組合の検診を受けていることが多い。これらの検診では、超音波検査などが項目に含まれていることがある。
低い自営業者や家事労働者
著名人ががんを公表すると反響があり、受診者も増えると言われているが、受診する人の属性に偏りはあるのだろうか。
厚生労働省の調査では、検診・ドックの受診率は雇用者よりも自営業で受診率が低いと指摘されている(資料6)。フリーランスは資料6のグラフで、自営業、内職者、その他などに入るのだろうが、いずれも受診率は低い。
資料6
平成28年度国民生活基礎調査の統計データより筆者作成
これまでの分析によると、乳がん検診の受診は正社員でもっとも高く、次いで非正規労働者、もっとも低いのが家事労働者となっている(資料7)。
資料7
乳癌検診の就業状態別受診率(平成28年、内閣府の委託を受けて楽天リサーチが実施)
さくらももこさんの診断、治療の経緯は明らかにされていないが、漫画家などのフリーランス、自営業では、雇用者に比べて受診のハードルが高い(事業者は雇用者に検診を受けさせる義務があるが、自営業者が受ける義務はなく、費用も経費にはならない)。自営業や非正規社員が受診しやすい環境の整備とともに、忙しくても受診することを心がけておくことは必要だろう。
しかも今後、働き方の多様化によって、会社に勤務しないフリーランスなどの自営業を選ぶ人は増えることが予想される。フリーランスを選択する場合は、こうした自身の健康管理についてもより考えておく必要がある。
自治体の乳がん検診は40歳以上が対象だが、乳がんは若年者の罹患者が比較的多いがんと言える。一般的に、34歳以下の乳がんを「若年性乳がん」と呼ぶ(場合により40歳以下を含めることもある)。
国立がん研究センターがん情報サービスによる統計では、2013年の34歳以下の乳がん罹患は1262人で全体の1.6%、40歳まで含めると、3948人で全体の約5%を占める。若年性乳がんは、遺伝子が関係していることが多いと言われている(予防的乳房切除を行ったアンジェリーナ・ジョリーが有名)。
母親や姉妹などの近親者で乳がんを発症した人が多く、若年で乳がんを発症した場合には遺伝子検査を行うことがある。近親者に比較的若年での乳がん発症が多い場合は、ハイリスクグループとしてMRIによる検診が行われることがある。
できればマンモと超音波の併用を
では、乳がん検診で注意しなければならないことはどんなことだろうか。
一般的な検診であるマンモグラフィでは発見できない乳がんがあり、その多くは、マンモグラフィが高濃度になってしまう「高濃度乳房」によるものだ。高濃度乳房とは、一言で言えば「乳腺の量が多いために白っぽくなってしまう」こと。乳がんもマンモグラフィで白く映るので、「高濃度」の場合がんが乳腺に隠れて見えなくなる。
高濃度乳房の例を資料8に示したが、若いほど高濃度乳房は多い。日本人をはじめアジア人には高濃度乳房が多いことが知られており、高齢者を含めて日本では60〜80%程度が当てはまると言われている。
高濃度乳房の割合が多い日本人。できればマンモグラフィーだけでなく、超音波検査もできると有効だ。
聖マリアンナ医科大学ブレスト&イメージングセンターHPより
40歳以下では日本人のほとんどが高濃度乳房であり、マンモグラフィはあまり有用ではないと考えられている。会社の検診や自費検診で受診する場合には、若い人は超音波検査を受けた方がいいだろう。若年者ではなくとも、超音波との併用検診が有用であると考えられている。
だが超音波との併用は、マンパワーの問題など課題が山積みだ。少なくとも検診結果で「高濃度乳房」の記載があったときには、超音波も併用して受けた方がいいだろう。
自治体以外の私費ドックなどではマンモグラフィや超音波以外の機器で行う場合もある。例えば、MRIや乳房専用PETなどだ。マンモグラフィや超音波で見つからないがんが発見されることもないわけではないが、あまり頻度は高くはなく、造影剤や被曝などのリスクもあるため、特殊な事情がなければ最初に受ける検査ではない。
現在、「2年に1回」の自治体の乳がん検診だが、その頻度で大丈夫なのか、という疑問もあるだろう。一般的なケースでは、乳がんの進行は比較的ゆっくりなのでほぼ問題ないが、中には進行の早いタイプもあるので、検診と検診の間に乳がんにかかることはある。
乳房のしこりなどが気になる場合は「検診を受けているから大丈夫」とは考えずに、病院を受診するようにしよう。 乳がんは今後も増え続けることが予想される。受診する側も、賢く検診を活用していく必要があるだろう。
(文・松村むつみ)