8月19日から30日まで、TBSが連日生中継していたアジア大会。いきなりの池江璃花子選手の金メダルラッシュに感動し、以来ほぼ毎晩、熱心に見た。
誰かが何かに打ち込む姿を見るのは、とても気持ちのよいものだ。だけどひとつだけ、この気持ちよさに水を差すものが。それは。
ハズキルーペの広告だった。うるさーい、気持ちわるーい。見るたびにイラついた。
スポンサー企業紹介で必ず一番最初に単独で名前が出ていたから、最大のスポンサーだったのだろう。あのCMを一晩に2度は見せられた。もうやめてー。
炎上とは無縁、増殖するハズキルーペ
ハズキルーペのCMを目にする機会が増えたと感じる人は多いのでは。
ハズキルーペHPより
心の叫びはさておき、少しだけ説明。「ハズキルーペ」という名前のメガネ型拡大鏡のCMで、渡辺謙と菊川怜が出ている。イラっとする気持ちを書くと、まずはなぜ渡辺はあれほどまでに絶叫するのか。次に、なぜ渡辺の「見えない」対象が新聞や企画書なのに、菊川の「はっきりきれいに見える」対象が綺麗にネイルの塗られた爪なのか。
菊川はパンツ(下着の方)が見えそうな短いスカートを履いていて、それは商品の強度を示すため「座る」という動きをすることが前提だとまるわかりだが、それでいいのか。菊川にウインクをさせたり、「だーい好き」と指でハートマーク作らせたり、あれは誰のためになるのか。
細かく書けば、もっとあるのだが、これくらいにする。それにしても炎上しやすく、中止に追い込まれることも多々あるCM界において、ハズキルーペのCMは炎上どころかどんどん露出が増えている。
朝と昼のワイドショー、夜のニュース番組、あちこちで出くわしていて当惑していたところでの、堂々のアジア大会進出。ということは、あのCMは結果を出している。そう読むのが妥当なのだろう。
50億円超の広告宣伝費、34番組メインスポンサー
池江璃花子選手の活躍したアジア大会でも放映された渡辺謙の絶叫CM。
REUTERS/Athit Perawongmetha
なんとも複雑な気持ちになるわけだが、ではどれくらい売れているのかとハズキルーペの会社(HazukiCompany株式会社)のサイトを見てみた。
非上場会社なので、決算などは明らかになっていない。「会社案内」には「ブランドを確立するため、50億円を超す広告宣伝費を投入し、独創的なマーケティング手法と眼鏡業界に類を見ない宣伝広告費をかけています。現在ハズキルーペの販売本数は350万本を突破いたしました」とあった。これに限らず「宣伝」「広告」への力の入れようは、サイトからどんどん伝わってくる。
「CM放送予定表」というのが載っている。「全34番組メインスポンサー」、10月からは「全43番組メインスポンサー」だそうだ。日付ごとに、番組名が小さい字でびっちり並ぶカレンダーもあり、「へー、『徹子の部屋』かー」「世界柔道、世界バレーにも出すのね」と興味をそそられる。「メディア掲載情報」もいっぱい載っている。「ターザン」「ORICON NEWS」「NIKKI STYLE」などなど。
ハリウッド俳優の「ストレート、例えない」絶叫
「ORICON NEWS(2018年6月7日付け)」の見出しは、「若年層もザワついた『ハズキルーペ』CMのインパクト」。プリヴェ企業再生グループ株式会社代表取締役会長の松村謙三氏に話を聞いたという記事で、松村氏は「CMを制作した張本人」と紹介されている。プリヴェ企業再生グループはHazukiCompanyの「主な株主」とサイトにある。
記事によれば、渡辺謙の起用は「ハズキルーペの全世代への購買ターゲットの拡大」が狙いで、「石坂浩二で60代、続く舘ひろしで50代、渡辺で40代から30代まで裾野が広がった」とあった。
菊川には一度も触れていないので、あのミニスカの狙いがわからなかったのは残念だ。という話はさておき、ハズキルーペを買う30代が増えているらしいですよ、とミレニアル世代のみなさんへ、注意喚起。
ハズキルーペのCMのうまいのは「ストレート。何にも例えない」だと思う。過去の炎上広告というのは、大抵何かに例えて失敗している。
鹿児島県志布志市の「うな子」が典型だ。いくらふるさと納税の返礼品だからって、美少女に水着を着せて「養って」と言わせてはまずい。壇蜜の「仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会」の場合も、涼しいから来てくださいというのを「いっ、ちゃう」と区切って言わせ、唇をアップにしたらアウトに決まっている。
サントリーの「頂(いただき)」も出張先で飲むという設定は好きになさってくださればいいのだが、商品名から「絶頂」という言葉を引っ張ってきて、やたらと胸の大きい女性、焼きトウモロコシを持つ女性などを登場させ、挙げ句にキメ台詞が「コックゥ〜ん!しちゃった……」では、公開中止しかなかったろう。
その点、渡辺、菊川は違う。何かに例えるどころか、「見えなーい」「見えるー」「さすがメードインジャパン」とそのまんまだ。他にも「ブルーライトがカットされてる」「長時間かけても目が楽」などなど、要は「商品特性」を読んでいる。
まずはハリウッドスターが大きい声で、次に東大卒のセクシーなタレントがほほ笑みながら、商品特性を読む。問題なし。
「2人がステージに上がって訴える」という設定になっているから、菊川のミニスカも「舞台衣装」。どう選ぼうが本人次第、それを着ての動きは、ステージですからいろいろありますよね、となる。
今後は20代をターゲットに
ハズキルーペの広告が渋谷の駅前にも表れる日は近いかもしれない。
撮影:今村拓馬
うーん。さすが「50億円を超す広告宣伝費を投入」している会社。炎上の研究と対策にも、相当費用を投じたのだろう。だから、このCMを論じても、好きか嫌いかという話で終わる。
念のためですが、私は嫌いです、あ、お分かりですよね。
ところで「ORICON NEWS」に戻るなら、松村氏は「広告媒体費を今期100億使おうと思っている」と語っている。今秋には20代をターゲットにした新たなCMを投入する予定だそうで、「松村氏は、『ビックリしますよ』とニヤリ」と書いてあった。
ミレニアル世代のみなさん、要チェックですよ、と再び注意喚起。渡辺謙と菊川怜バージョンが終わるってことでしょうから、ま、私はそれでよしとします。
矢部万紀子(やべ・まきこ):1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。