女性4人に1人しか地元に戻らない豊岡市。プチ勤務や女性の自尊心アップ作戦

進学のために10代で地元を離れた女性たちの約8割が戻ってこない。

全国の地方都市に共通する深刻な人手不足と人口減少は、一旦出て行った若い世代が戻ってこないことも大きな要因だ。

しかし、そもそも政治は、企業は、家族はその問題に向き合ってきたのか。「帰ってきてほしい」と言ってきたのか。兵庫県豊岡市は若い女性たちを呼び戻す取り組みを始めた。 キーワードは「脱・男社会」。豊岡市の挑戦を追った。

地方創生のカギ握る「若者回復率」

働く女性

進学などをきっかけに地元を出て、戻らない女性たちがいる。仕事がない、男尊女卑な文化がいやだ、など原因はさまざまだ。

撮影:今村拓馬

2004年に9万617人だった兵庫県豊岡市の人口は、2015年には8万2250人に減少した。20〜39歳の有配偶女性の100人あたりの出生数は、1985年には13.5人だったのが2015年には16.5人になり、約22%も増えているにも関わらず、だ。

そこで豊岡市が注目したのが「若者回復率」だ。これは専門学校や大学などの進学をきっかけに市外に転出した10代の若者の数に対し、20代で就職などで再び市に戻ってきた若者がどれだけいるのかを示す数字だ。

豊岡市、若者回復率

出典:豊岡市ホームページ

2010年から2015年を見ると、回復率は39.5%。約6割の若者が地元に戻っていない計算だ。性別によるギャップも大きく、男性の回復率は52.2%なのに対し、女性はわずか26.7%に止まっている。

実際、20〜39歳の女性の人口は1995年には1万179人いたのに対し、2015年には6965人にまで減っている。

2014年に日本創生会議が発表した「消滅可能性都市」のリストが大きな話題を呼んだことは記憶に新しい。これは2040年時点で20〜39歳の女性人口が半減すると予測される自治体のことだ。豊岡市は選ばれていないが、子どもを産むことが多いとされるこの年齢の女性たちの人口が、街の将来を大きく左右すると考えられている。

なぜ女性たちは豊岡市に戻らないのか。中貝宗治市長は「私たちの自業自得です」と振り返る。

「長男にしか『帰って来い』と言わない親、女性を男性の補佐的な労働力としてしか見てこなかった企業、男性しか参加しない地域の会合……。豊岡市は『女は黙っていろ』とでも言わんばかりの『男社会』でした。女性たちから選ばれないのは当然です」(中貝さん)

育休取得率は全国平均の約半数

中貝宗治

豊岡市の中貝宗治市長。

撮影:竹下郁子

中貝さんは2017年、豊岡市の基本構想に「多様性を受け入れ、支え合うリベラルなまちづくり」を掲げた。

それは、親戚の集まりで男性たちがお酒を飲んでいる、かたわらで女性たちが台所にこもって準備をしていたり、子どもを預けて映画館に行く母親に後ろ指をさすような社会では決してない。文化的にも経済的にも豊かで、女性たちが再び戻ってきたくなるような街だ。

若い人が地元に戻って来てくれるのは、都会で自分のやるべきことが見えなくなっても、地方には自分の役割があるのではないかと考えてくれるからです。でも、女性の場合はいくら本人に意思があっても周囲が期待してこなかった。だからまずは女性たちに地域社会や経済の担い手としての選択肢を用意する必要があると」(中貝さん)

始めたのは、女性、特に子育て中の母親たちの就労支援だ。

豊岡市の女性の育児休業の取得率は47.9%と、全国の81.8%に比べるとかなり低い。未就学児の母親が育児休業を取得しなかった理由として最も多かったのは、「子育てに専念するため退職した」で41.6%、次いで「育児休業の制度がなかった」25.5%「育児休業を取りにくい雰囲気」12.4%と続く(2014年「豊岡市子ども・子育て支援のニーズに関するアンケート調査」)。

企業内の制度の整備、そして子育てへの理解が足りていないようだ。

一方で2017年、市が20代から30代の働いていない女性198人にヒアリング調査をしたところ、85.9%が「働きたい」と回答した。 その多くが子育て中の女性で、仕事はしたいが子育てとの両立が不安でためらってることが分かった。

そこで、こうした女性たちと、短時間・小日数から働ける「プチ勤務」ができる企業をマッチングさせる取り組みを始めたのだ。

旅館でも銀行でも「プチ勤務」

豊岡市の女性就労促進

企業の担当者に「プチ勤務」導入セミナーをする小安美和さん。

提供:豊岡市

市では2018年7月以降、母親たちを対象に、家計についてや「適職診断ワークショップ」などのセミナーを開催してきた。もちろん託児付き。10月には、プチ勤務の女性たちを受け入れる予定の城崎温泉の旅館、地元の銀行や信用金庫、食品製造会社、IT企業など地元の企業12社と女性たちとの合同相談会を実施する。

プロジェクトを担当するのは、これまでも地方に住む女性たちへの雇用促進事業などを手掛けてきたWill Lab代表の小安美和さんだ。小安さんによると、妊娠出産などで退職した女性たちは、ブランクから働くことへの不安を抱えているが、仕事への意欲が高く、子育てで培ったマルチタスクやコミュニケーションの能力が高い人が多いという。

豊岡市の女性就労支援

母親たちの適職診断ワークショップ

提供:豊岡市

企業にとっても人材不足の解決につながる。だが、企業がプチ勤務を導入するときに気をつけるべきポイントがあるという。

「例えばお子さんの急な病気などでお休みしても代わりの人が対応出来るように、業務の可視化・マニュアル化をしておくこと。プチ勤務の仕事が会社にとってどのような成果につながっているのか、その価値や全体像を説明することが女性たちのモチベーションのアップにつながります」(小安さん)


就労支援と保育園確保は両輪

保育園

撮影:今村拓馬

就労支援と同時に進めているのが、母親たちが働くために必要な保育園の確保だ。

豊岡市には施設はあるが、保育士不足による待機児童が発生している。そこで、保育士資格を持っているが働いていない「潜在保育士」に再び働いてもらうために、保育現場の働き方改革などを進める。具体的には、業務効率化のために保護者とのコミュニケーションにアプリを活用したり、保育士も短時間勤務ができるようにしたりするという。

こうした仕組みづくりと同時に、マインドセットや街の風土を変えていくのも必要だ。子育て中の女性が仕事をためらう要因として3つの「ない」があると言われる。「条件に合う仕事」、「子どもの預け先」、そして「自信」だ。しかしこの自信は、女性だけの問題ではない。前出の小安さんは言う。

「男性・女性の役割分業意識から変えていくことが必要です。子育て中の女性も働きがいを持って働く、『男性は外で働き、女性は家庭を守る』というステレオタイプなジェンダーの価値観を塗り替えたいですね。単なる労働力の補完にとどまらない、男女共に過ごしやすい持続可能な街づくりが出来ればと考えています」(小安さん)

企業の育児休業制度の整備、家庭では家事や育児を男女でシェアするのは当たり前という意識の醸成が急務だろう。

この他にも、女性たちへの生活実態ヒアリングや、女性たちが市に戻って来ない現状の分析などを慶応義塾大学と共同調査したり、国連が掲げる持続可能な開発目標「SDGs」 の観点から「ジェンダー平等」に基づく目標指標を策定したりする予定だ。現在は女性の部長が1人しかいないという市役所の女性の働き方を見直すべく、プロジェクトチームも立ち上げた。

中貝市長は言う。

「女性に自信を持って『帰って来て欲しい』と言えるような街を目指します。行政や企業がいかに女性たちの背中を押し、伴走し続けることができるかにかかっていると思います。誰もが性別に関わらず能力を発揮でき、尊重されるような社会、組織にしたいですね」

(文・竹下郁子)

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