スタンフォード大19歳がインターン先に東京を選んだ理由

伊佐山美佳さん

超難関スタンフォード大学に入学した伊佐山美佳さん、19歳。今年の夏、デザインコンサルティング会社IDEOの東京オフィスでインターンとして働いた。

撮影:竹井俊晴

イノベーションの聖地といわれるシリコンバレー。そのシリコンバレーで2歳から育ち、合格率4%台という超難関スタンフォード大学に入学した伊佐山美佳さん、19歳。同大学は入学者の国籍分布を公表していないが、一学年1200人ほどいる同級生の中で、両親共に日本人という学生にはまだ出会えていないという。

社会人留学や修士課程からの入学ではなく、高校卒業後に学部生としてスタンフォードに日本人が入学するのは非常に少ないという。

その伊佐山さんが大学生になって初めての夏休みの過ごし方として選んだのが、「東京での職業体験」。インターン先は、デザインコンサルティング会社IDEOの東京オフィスだった。

応募条件は「社会人歴が必須」

伊佐山美佳さん

アップルの初代マウスを手掛け、“デザイン思考”を広めたIDEOは、伊佐山さんにとって憧れの会社だ。

撮影:竹井俊晴

1991年にシリコンバレーで創業し、アップルの初代マウスを手掛けたことで脚光を浴びたIDEOは、“デザイン思考”を広めた企業として知られる。顧客にはフォードやP&Gなど世界の名だたる企業が連なり、サムスンに至ってはIDEO本社の隣にスタジオを建設したほど。日本で人気の無印良品の「壁掛式CDプレーヤー」もIDEOの作例の一つだ。

スタンフォード大でプロダクトデザインを専攻する伊佐山さんにとっても、IDEOは憧れの会社。地元にある本社オフィスでのインターンに参加できたらラッキーだったが、キャリアを中断してでも希望する大人たちが列をなす狭き門。応募条件には社会人歴が必須と書かれてあった。

それでも諦めず、「学生の私でもできることはないですか?」と直接コンタクトを取ってみると、「日本語ができるのなら、東京オフィスはどう?」との打診が。「自分のルーツを正しく理解できるように」という両親の教育方針で、小さい頃から家庭で漢字の練習をしてきた母国語学習の努力がつかんだチャンスだった。

「東京で働く」こと

伊佐山美佳さん

細部まで作り込む美意識や他者への思いやりが息づく日本発のクリエーションは、シリコンバレーでも憧れられているという。

撮影:竹井俊晴

IDEOで働けるというだけでなく、「東京で働く」ことにも伊佐山さんにとって大きな意味があったという。

「細部まで作り込む美意識や他者への思いやりが息づく日本発のクリエーションは、シリコンバレーでもとても憧れられているんです。スタンフォード大に『ジャパニーズ・クラブ』という課外活動があって、『ここなら日本人の友達を作れるかな?』と思って行ってみたら、“日本ファン”の外国人ばかりでちょっとガッカリ(笑)。高校時代には母が作って持たせてくれたお弁当を広げると、『カラフル!』『きれい!』と同級生たちが集まってきてつまみ食いをされていました」

開催中の「チームラボ」の展示もさっそく観に行った。一方で、周りの大人たちから「日本企業のイノベーション力が危うい」という話題もよく聞く。

「IDEOが東京でどんな試みをしようとしているのか、中から見てみたいと思いました」

実際にIDEOに通い始めて、何が一番の学びになっているか?と尋ねると、その答えは意外にも「働く環境の素晴らしさ」だった。

「創業者のDavid Kelleyが『友達と楽しく仕事ができるような職場』を目指したとおり、中で働く人たちが本当にフレンドリーでリラックスしています。お互いを家族のように大切にして尊重し合うから、素晴らしいアイデアがどんどん生まれて新しい価値創造につながるのだと納得しました。10代の私のプレゼンテーションも皆真剣に聞いてくれるんです」

「大学生の夏休みといえば遊び」の日本に危機感

伊佐山美佳さんのペンケースとノート

持ち物には10代らしい可愛らしさも。ポケモンが好きで高校時代のニックネームは「ミカチュウ」。

撮影:竹井俊晴

情熱的に職業体験の意義や楽しさを語る伊佐山さんは、実年齢よりも大人びて見える。それは、「大学生の夏休みといえば遊び」というイメージが強い日本のカルチャーとの差なのかもしれない。伊佐山さん自身も表参道まで通勤する地下鉄の車内で、日本の同世代を見かけると不思議な気持ちになるそうだ。

「アメリカでは高校生から企業インターンを経験するのは普通のことで、企業側も未熟な学生を受け入れる体制が整っています。決して子ども扱いせずに、大人と同等にディスカッションしたり、意思決定のプロセスを見せたりすることも少なくありません。そういった世界を広げる経験が、大学受験でも歓迎される。インターンやボランティアで忙しくなり過ぎるという別のストレスもありますが、興味のある世界を社会に出る前から冒険できるカルチャーは、私はすごくいいなと感じてきました」

台湾や韓国などアジア出身の同級生には早くから職業体験をしてきた友人も多く、「日本だけ取り残されないかな」と不安になるともあるという。

教育方針は「失敗を恐れずチャレンジせよ」

伊佐山美佳さん

美佳さんがオールAを取ってくるよりも、BやCが混ざった通知表を持ち帰った時の方が、両親は喜んだという。

撮影:竹井俊晴

シリコンバレーと呼ばれるカリフォルニア州パロアルト市で暮らし始めたきっかけは、現在は日米での創業支援の事業を展開する父親の留学だった。当時はほとんど日本人がいない環境で闘ってきた父の教育方針は、「失敗を恐れずチャレンジせよ」。幼い頃からスポーツや勉強、とにかくやったことのない分野に挑戦することを奨励されたという。

夕食後には3人の弟たちと一緒に、リビング学習と読書をするのが家族の習慣で、物心ついた時から勉強は好きだったという。成績は優秀だったが、オールAよりもBやCが混ざった通知表を持ち帰った時の方が、両親は喜んだ。「無難に終わろうとせず、苦手な分野を乗り越えようとした証だ」と。

「何か知りたいことを発見したら、すぐに調べて、意見を交換しよう」と、リビングに置かれた可動式のホワイトボードを前に家族全員でディスカッションすることもよくある日常風景だった。

「『失敗から学びなさい』という言葉は繰り返し言われてきました。それは家庭の中だけでなく、シリコンバレーという土地、そしてスタンフォード大という環境からも吸収しています。イノベーションにはリスクが付き物であり、リスクを取って失敗し、失敗から学んでまた挑戦しようというカルチャーが、私自身の勉強の意欲も刺激してくれたと思います」

伊佐山美佳さん

小さい頃から折り紙や工作などのモノ作りも好きだった。第2専攻は心理学かコンピュータサイエンスのどちらかで迷い中。

撮影:竹井俊晴

例えば、少し苦手意識を持っていたコンピュータプログラミングの講座に参加した時、伊佐山さんが発表した回答が間違っていたとしても、教授からは必ず「それはきっとこういう考えに基づいたんだね」といったフォローの言葉や、「すごくいい視点だ」という褒め言葉が返ってくる。

同級生たちの才能に圧倒されて自信を失いかけることもあったが、「私はあの人のようにはなれない」と諦めるのではなく、「あの人のような素晴らしいことが、私にもきっとできる。やってみよう」と気持ちを立て直すマインドセットが鍛えられてきたという。

シリコンバレーでよく言われる「Fail fast, fail forward(失敗から学べば、将来の失敗が少なくなる)」はそのまま信条として染みついている。何より身近な場所で泥臭く挑戦を繰り返す大人たちの姿がお手本になっている。

「将来は、たくさんの人を喜ばせる価値ある仕事をしたい、自分で作り出したいんです」

(文・宮本恵理子、撮影・竹井俊晴)

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