レノボはドイツ・ベルリンで開催された「IFA 2018」に合わせて様々な製品を発表した。
中国のテクノロジー企業大手レノボは、長年PCメーカーとして発展してきたが、近年ではデジタル業界のイノベーションをリードする1社として業界の注目を集めている。取り扱う製品は、タブレット、スマートフォン、AR/VRデバイス、果てはスマートホーム向けの電球までとさまざまなデバイスを製造するメーカーへと変貌を続けている。
同社のスマートホーム関連製品。IFA 2018では、スマートカメラ、電球、プラグの3製品と「Lenovo Smart Display」の販売国拡大がアナウンスされた。
レノボが世界の注目を集める背景には、テクノロジーの追求のみならず、地道に行なってきた「顧客満足度の向上」の取り組みがある。
同社のグローバルマーケティング ユーザー・カスタマーエクスペリエンス担当副社長であるディリップ・バティア氏によると、レノボがそうした顧客満足度の向上に使っている「秘密兵器」があるという。
それは意外なものと、当たり前のものの組み合わせだった。
世界3拠点で開発・製造を行なっているレノボ
レノボは、ThinkPadやYoga以外にも、さまざまなブランドを持つ。
レノボは1984年に設立されたコンピュータメーカーだ。初期には「Legend」(レジェンド)のブランドで中国国内にPCを販売するメーカーとして成長したが、2004年にIBMのPC部門(ThinkPadなどのノートPCやThinkCentreなどのデスクトップPCを製造販売する部門)を買収してから、社名を“Lenovo”に変更しグローバルにPCビジネスを展開する企業へと成長を遂げた。
現在は本社のある北京だけでなく、米国ノースカロライナ州ラーレイにある旧IBM PCの拠点、さらには日本の横浜市にある大和研究所などのビジネス、開発拠点を持つグローバルな企業として運営されている。
レノボは香港の株式市場に上場しており、時価総額は615億香港ドル(約8700億円)。2018年第2四半期のガートナーの調査によれば、グローバル市場でのPCの市場シェアはHPに次ぐ世界2位だ。
IFA 2018で発表になった異色の2in1 PC「Yoga Book C930」。
例えば、今回のIFAでは液晶と電子ペーパーの2つのディスプレイを搭載している新製品のYoga Book C930を発表している。
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「物言わぬ多数派」の声をどう吸い上げるか
ディリップ・バティア氏は2004年にIBMのPC事業部買収によって得た人材で、レノボのビジネス向けブランド「Think」製品の事業部長を務めた後、レノボのPC事業全体を統括する立場に昇格した(家電ショー「IFA 2018」のレノボブースにて撮影)。
バティア氏が日々行なっている業務は「顧客の声を聞く」という、メーカーにとってはあたり前の事だが、決して簡単なことではない業務だ。「顧客が苦痛に思っていることを把握し、それを解決していく」(バティア氏)ためには、“誰から聞くのか”が常に課題になるのだ。
“誰”の代表は、直接メーカーにクレームという形で声を届けてくれるユーザー層だ。こうした人たちは声が大きく、一見するとユーザーの声を代表しているように見える。しかし、実際には大多数を代表しているとは言い切れない。
イノベーティブ(革新的)な商品を作るときにはそうしたユーザーの声は役立つが、多くのユーザーが受け入れる商品を作りたい時には逆効果であることが多い。
声の大きいユーザー、マーケティング用語ではノイジーマイノリティの声を聞いて製品作りをするのは、ほとんど声を上げない大多数、つまりサイレントマジョリティのニーズからは乖離した製品ができ上がりやすい。PC業界には「ライターの話を聞いてPCをつくるな」という格言があるが、このことを端的に示していると言える。
ビッグデータとユーザー調査を組み合わせる
顧客が真に求めているのは“処理性能”ではない?(写真は、「Yoga C630 WOS」のタスクマネージャー)
バティア氏は、そうした声なき声でを把握するために、レノボでは主に2つの手段を使っているという。それが“ビッグデータ・アナリティクス”と“ユーザーへの聞き取り調査”だ。
バティア氏:外部の企業が提供しているビッグデータ・アナリティクスの手法を利用して、ユーザーの動向を分析している。Webサイト、SNS、様々なデータをターゲットにして解析を行ない、サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)の意見を読み取ろうとしている。
同氏はーザーの動向を理解するのに、ビッグデータ・アナリティクスと呼ばれる手法を利用して、声なき声を吸い上げる取り組みを行なっていると説明した。
実際にそれを使うと解ることは何かと問うと、実に興味深い結果が得られているという。
バティア氏:PC製品でユーザーが一番気にしている部分はディスプレーだとわかった。このため、ここ数年弊社のノートPCはディスプレーの品質に力を入れており、例えば今年の製品で言えば、ThinkPad X1シリーズの2製品に一般的な液晶ディスプレーに比べて明るいパネルを採用し、好評を得ている。
PCに求められている要素というと、ついつい性能の高さに目が行きがちだが、バティア氏によれば同社が活用しているビッグデータ・アナリティクスを活用した調査では5位以下でしかないという。
トップはディスプレー、次いでOSの種類、ストレージの種類(HDDかSSDか)、Wi-Fiといった順であることがわかっており、同社としてもそれに従って製品づくりを行なっているという。
自らもユーザーからのフィードバックに目を通すというバティア氏。
そして、2つ目の手段は、トラディショナルなユーザーサーベイ(聞き取り調査)を挙げる。レノボの直販サイトからPCを購入したユーザーには、数カ月後にレノボから聞き取り調査の依頼メールが送られてくる。それによりユーザーが何か困っていることはないのかを聞き出そうとしている。
ユーザーサーベイはそうしたオンラインだけでなく、オフラインでも行なわれている。同社のエンタープライズの顧客などが参加するユーザーパネルには、レノボのPM(製品企画責任者)の参加が義務づけられているという。
ユーザーの生の声を幹部に直送する、徹底した「御意見箱」システム
バティア氏のスマートフォン。システムが重要と判断したユーザーからのフィードバックをいつでもチェックできる。
サーベイの結果は、製品企画や開発者へフィードバックされる。
例えば、2年前にリリースしたYoga 910という製品を出したときには、多くのカスタマーから「シフトキーが小さすぎる」という指摘があったという。このため、その次の製品からはシフトキーを大きくするという改善を実施したという。
レノボでは“重要だ”とシステムが判断したフィードバックは、独自の社内アプリを利用して、レノボの幹部や製品開発の担当者などにプッシュして通知しているという。
インタビューの中でバティア氏のスマートフォンを見せてもらった。そこにはユーザーからの生の声がそのまま通知されていた。ここまでされたら、バティア氏を始めとして同社の製品開発の担当者は、ユーザーの声に目を通さざるを得ないわけだ。そして、既にそれが「宝の山」であることはレノボの幹部達は全員が認識している。
その成果として、産業界で顧客の製品への継続可能性を示す数値として一般的に使われているNPS※は、全体的に向上しているという。
※NPSとは:
顧客推奨度、Net Promoter Scoreの略。0~6が批判的な顧客、7~8が中立的な顧客、9~10が他人にも奨励してくれる顧客を示す。
こうした顧客満足度を高める取り組みは、基本的にエンドレスだ。ひとつ要因を潰したと思ったら、別の要因が雨後の竹の子のように出てくる、それが顧客満足度を高める上で難しいことだと言える。
その意味でレノボに求められているのも、こうした姿勢を継続する意思だろう。バティア氏は「今後もこうした取り組みは継続して行なっていく」と述べ、今後も地道にこうした活動を続けることで、日々改善していくと約束した。
(文・笠原一輝、撮影・小林優多郎、取材協力・レノボジャパン)
笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界各地を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る。