新興国市場の通貨下落は止まらない ── トルコリラ、アルゼンチンペソの次は?先進国への影響は?

8月から注目を集めているトルコショックは1カ月以上経った今も収束していない。

トルコリラ紙幣と米ドル

トルコのリラ急落はアメリカ・トルコの両大統領の不和が発端だ。

REUTERS/Murad Sezer/Illustration

9月3日、トルコ中央銀行は13日の政策決定会合で「金融政策スタンスを調整する」との声明を出し、遂に利上げを示唆するに至った。エルドアン大統領が頑なに利上げを妨害してきたことがトルコリラ急落の一因でもあったため、これが局面打開を図る一手となる可能性はある。

結局、いくら意地を張ったところで通貨急落に対する手段はいくつもあるわけではない。今回のケースについて言えば、最も根本的な手段として利上げ、市場心理安定のためにIMF支援要請、対米緊張緩和のためには牧師の解放などが期待されていたが、通貨危機は「まず利上げをした上で次に何ができるか」が検討されることが多い。ようやく意味のある一歩が踏み出されたと言えよう。

だが、本稿執筆時点では、この声明を受けてトルコリラが値を戻すような動きにはなっていない。事の発端が対米関係の悪化にある以上、エルドアン・トランプ両大統領の不和解消が懸念払拭に必要ということだろうか。

「カネ余り相場のあだ花」だったアルゼンチン。そしてトルコ

アルゼンチンペソの為替レート

アルゼンチンペソの為替レートがアルゼンチンの首都・ブエノスアイレスの金融街で光る。

REUTERS/Agustin Marcarian

新興国から資金が流出する展開は当面続く可能性がある。米FRB(連邦準備理事会)が金融環境を引き締めている以上、「相対的にリスクの高いエリア」から資金は抜けていかざるを得ないからだ。世界の資本コストである*FF金利が引き上げられ、FRBのバランスシート縮小も始まっている以上、「相対的にリスクの高い資産市場」から資金は出て行かざるを得ない。トルコやアルゼンチンはその筆頭格なのであり、年初来の対ドルでの通貨変化率を見れば、▲40~▲50%と常軌を逸した下げとなっている。

FF金利とは:アメリカの短期金利の代表的な指標。連邦準備制度(FRS)に加盟する民間銀行が準備預金の過不足を調整するために、貸し借りする際に使われる金利。

とはいえ、金融緩和が真っ盛りだった頃に新興国市場もその恩恵にあずかったのだから、いざそれを撤収する段になって無傷を期待するのは虫の良い話でもある。

例えば、2017年6月、デフォルト常連国のアルゼンチンが100年国債を起債し旺盛な需要を集めたが、なぜこんなことができたのか。恐らく「カネが余っていたから」以外の何物でもないはずだ。

直感的に分かりやすいデータがある(図①)。2017年10月、IMF(国際通貨基金)が公表した「国際金融安定性報告書」では2014年以降の新興国への資金流入額の大部分がFRBの量的緩和(QE)に根差しており、その次にFRBの低金利が寄与しているという分析を披露した。より具体的には2014~17年の流入額に関し、QE要因が60%弱、低金利要因が30%弱であり、新興国自身のファンダメンタルズに即した国内要因は1%程度しかないという見解である。

図①

現状に目をやれば、FRBはQEと低金利、双方の要因から引き締めを進めている。これまで流入した資本が逆流しないという想定に無理を感じないだろうか。世界の過剰流動性の源であったFRBがこれを引き締めている以上、リスク許容度は縮小し、投資対象から外れる国・地域は当然出てくる。アルゼンチン100年債は「カネ余り相場のあだ花」だったというのが筆者の見解だ。

次はどこが狙われるのか?

インドネシア・ルピア

インドネシア・ルピアも10〜20%下がっている。

REUTERS/Willy Kurniawan

トルコショックが騒がれ始めて以来、最も受ける照会の1つが「次はどこが狙われるのか」である。

考え方は1つではないが、今は経常収支赤字国の通貨には近づかない方が良いと思われる。定義上、経常収支が赤字ということは、これを穴埋めするための資本収支が黒字ということだ。端的に言えば、経常赤字国は資本を輸入している国、言い換えれば対外借入が多い国だ。FRBが金利を引き上げドル高が続いた場合、最も困るのがこうした国であることは想像に難くない。

トルコショックはエルドアン大統領の強権的な政治姿勢が招いたと思われがちだが、トルコは世界有数の経常赤字国であり、アルゼンチンも同様である。

図②を見て欲しい。基本的に経常赤字国の通貨は対ドルで全滅である(通商交渉が上手くいって変われたメキシコペソは除く)。年初来、アルゼンチンペソとトルコリラが特に大きく売られているのが偶然ではないことも分かるだろう。この2か国の経常赤字はGDP比で5%と特に大きい。片や、対ドルで堅調な通貨はすべからく経常黒字国の通貨であることも分かる。その多くはアジア通貨だ。

図②

年初来で浮き彫りになったことは「経常赤字国通貨が米金利上昇に弱い」という事実であり、FRBが利上げを続ける限り、こうした状況が収束することは難しいと考えたい。「次はどこが狙われるのか」という質問に対する回答を図②に沿って示すならば、南アフリカランドやインドネシアルピア、ブラジルレアルなどが候補となるだろうか。トルコリラやアルゼンチンペソのスケールが大き過ぎて伝わり難いかもしれないが、これらの通貨も既に▲10~▲20%も下落している。立派な急落だ。

FRBの利上げは世界経済の「大縄跳び」

FRB議長のジェローム・パウエル氏。

アメリカ連邦準備制度理事会議長のジェローム・パウエル氏。

REUTERS/Yuri Gripas

こうした新興国市場の混乱は先進国市場、ひいては世界経済の先行きにどのような影響を持つか。これまで見てきたようにFRBが利上げを止めない限り新興国市場からの資金流出が止まることはない。通貨下落が続くと新興国はドル建て債務の膨張や輸入物価経由の一般物価上昇に苦しむことになるため、これを和らげるために利上げで応戦するのがセオリーとなる(もちろん資本規制や為替介入も絡めるだろうが、利上げが基本措置だ)。

既にインドネシアなど一部の新興国中銀は利上げに動いているが、今後、同時多発的にこのような動きが発生すればどうだろうか。新興国の景気拡大を途絶させる展開になりかねないだろう。新興国の内需縮小を通じて先進国の輸出も減速するはずだ。世界は相互に依存しており、アメリカが元気だから利上げが続けられるとは限らない。 この点、基軸通貨を司るFRBの利上げは大縄跳びに似ている。アメリカだけが跳べれば(耐えられれば)大丈夫というものではなく、皆が一緒に跳べなくてはならない。

現状ではアメリカや多くの新興国は乗り越えているが、アルゼンチンやトルコが引っかかってしまった状態と言える。9月は良いとして、12月や2019年も大縄跳びを続けるのだろうか。その時はこの2カ国以外も引っかかるかもしれない。結局、新興国市場の混乱はFRBが正常化を進める際の副作用なのであり、完全に止めるにはFRBの挙動が変わる必要がある。

為替市場で「膠着」が騒がれる理由

紙幣

ユーロ、米ドル、香港ドル、日本円……。

REUTERS/Jason Lee/Illustration/File Photo

最後に、新興国が混乱し、貿易戦争が騒がれているにもかかわらず、「何故、主要通貨は総じて堅調なのか」という照会も多いので触れておきたい。これは新興国通貨に売りが集中することで、先進国通貨同士の強弱関係が定まりにくくなっている市場環境があるからだというのが筆者の仮説だ。

図③

図③は主要通貨の名目実効為替相場(2通貨間に限らず対主要貿易相手国で当該通貨の動きを指数化したもの)の動きを見たものだが、2018年に入り、ドル・ユーロ・円の全てが上昇していることが分かる。為替市場は常に「相手がある話」だ。これら3通貨が買われているということは、他通貨がその分売られていることになる。それが新興国通貨である。例えば年初来で見ればユーロは対ドルで▲3%以上も下落している。しかし、ユーロが名目実効相場で見れば堅調なのは、トルコや東欧諸国の通貨に対して大幅に上昇したからである。「新興国からの資本流出で主要通貨が支えられた」という構図だ。

こうした状況が最近、為替市場で膠着が騒がれる理由であろう。多くの市場参加者が注目する「先進国vs.先進国」の通貨ペアではどっちつかずの取引が続けられる一方、「先進国vs.新興国」の通貨ペアでは偏った取引が続けられている。こうした状況ではドル/円やユーロ/ドルといったメジャーペアに動意が出にくい。

FRBが利上げに執心する限り新興国市場が騒がしい状況は当面続くことが予想されるため、世間の耳目を集めるドル/円相場の派手な動きも当分は抑制されるそうである。だが、新興国市場が相次いで利上げに至れば、世界経済のスローダウンを通じて、FRBの政策運営も舵を切らざるを得なくなるはずだ。主要通貨が動意づくのはそこからが本番である。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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