選手からの告発により、指導者によるハラスメントが次々と明らかになっているスポーツ界。
最新の調査によると、LGBTについて調べたり情報を集めた経験があるコーチや指導員などは約3割しかおらず、ダイバーシティについて意識の遅れも見て取れる。オリンピック・パラリンピックの開催国として、課題は山積みだ。
LGBTの若者が安心できる居場所を
「プライドハウス東京」の会見。情報発信や居場所づくりを通じて、スポーツにおけるLGBTを取り巻く状況の改善を目指す。
撮影:竹下郁子
そんな中、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの期間中にLGBTの人たちが安心して集える施設「プライドハウス東京」を設置することが、9月6日に行われた記者会見で発表された。
「プライドハウス」が初めて開設されたのは、2010年のバンクーバー冬季オリンピック。以降、オリンピックやサッカーのワールドカップなど大きなスポーツの国際大会の期間中、セクシュアル・マイノリティに関する正しい理解を広げるための情報を発信し、大会のために世界中から集まるLGBT当事者のスポーツ選手や観光客、そしてLGBTを支援する「アライ(ally)」の人たちが安心して過ごせる場所を提供してきた。
写真中央が「プライドハウス東京」コンソーシアム代表の松中権さん。
撮影:竹下郁子
会見に出席した認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表の松中権(ごん)さんによると、プライドハウス東京がこれまでと大きく異なる点は3つあるという。
1つ目は、これまでプライドハウスの運営はNPOなどの一つの団体が行うことが多かったが、東京ではNPO、企業、個人などが連携するコンソーシアム形式を取ること。現在は28の団体や個人、企業が参加しているが、セクターを超えて社会課題を解決する「コレクティブインパクト」を目指し、今後も企業や自治体とさらに連携していきたいと言う。
2つ目は、大会期間中だけでなく、大会が終わった後も続く「レガシー」として施設を残していくことだ。
「スポーツは互いを知り理解を広げるためにすごく良いと思いますが、残念ながらアメリカの調査などでは、LGBTの子どもたちが学校で嫌いな場所は体育館、運動場、更衣室などスポーツにまつわる場所が多く、体育の授業や部活動の参加率も低いことが分かっています。世界にはそうした若者が悩んだときに訪れる常設のLGBTセンターなどがありますが、日本にはなかなかない。若者がいつでも安心して集える場所をつくりたい」(松中さん)
男性・年配のスポーツ指導者は理解不足
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そして3つ目は、スポーツ界とも大きく連携することだ。LGBTに関する差別や偏見が強いスポーツ界で、前向きな発信やアクションを行うアライを増やしていくという。元日本女子サッカー代表で、現在はニッパツ横浜FCシーガルズに所属している大滝麻未さんをはじめ、サッカーやラグビーの選手・元選手などが参加している。
日本のスポーツにおけるLGBTへの理解はどの程度なのだろうか。
2018年2月、地域のスポーツクラブやスポーツ教室の指導員、コーチ、クラブマネージャーなどを対象に公益財団法人・日本スポーツ協会が調査を行っている。自身の周囲にLGBT当事者がいる・いたことがあると認識している人は2割強。そのうち、その当事者が自身の指導対象者だったと回答したのは15.6%で、同調査を担当した愛知東邦大学・経営学部地域ビジネス学科の大勝志津穂准教授は「スポーツ指導者がLGBT当事者と接する確率は予想以上に高い」と言う。
QこれまでLGBTについてどれくらい調べたり情報を集めてきましたか。
日本スポーツ協会ホームページ
「LGBTという言葉を聞いたことがある人は7割近く、知識習得の必要性についても6割以上の人が感じていましたが、実際に学習などをしているのは3割程です。スポーツの大会で行われる性別確認のための検査など、スポーツにおける性的マイノリティの状況について知っている人は少なく、知識を得る機会がないか関心が低いことが分かりました」(大勝さん)
性別では男性より女性、そして20〜30歳代の若い世代の方がLGBTについての理解が深く、今後も学ぼうとする意欲がある。今後のLGBTに関する情報収集に関して、「あまりしない・まったくしないだろう」と回答した人は、40代で35.8%、50代で42.2%、60代で53.3%だった。
エントリー、ユニフォーム、更衣室など9つの課題
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スポーツの環境では、LGBTについて以下のような課題があると報告されている。
・「さん」か「くん」か、呼び捨てにするかなどの呼称
・ユニフォームやジャージなどの服装について本人のニーズと合わない
・LGBTの当事者がLGBTであることをチームメイトに告げるかで悩んでいる
・本人が希望する場合、LGBTであることをチームメイトなどにどのように周知するか
・ある競技者がLGBTであることを告げたことによって、いじめや差別的言動といった人間関係上のさまざまな問題が生じた
・男女で練習メニューを分ける際にどちらの性別のメニューをやらせるか
・競技会にエントリーする際にどちらの性別でエントリーするか
・どちらの性別の更衣室やシャワーを使うか
・遠征や合宿などの宿泊時に、どちらの性別の部屋に泊まるか
(日本スポーツ協会「スポーツ指導に必要なLGBTの人々へ配慮に関する調査研究」)
自身が直面した、もしくは直面したら「指導者として対応に困る」課題を上記から選んでもらったところ、更衣や遠征での宿泊などが多かった。
「一方で、こうした課題に『あてはまるものはない』という人も4割以上いて、LGBTに理解があるのか、身の回りで起こることとして捉えられていないかのどちらかに当てはまる人が多いのだと考えられます」(大勝さん)
国際オリンピック委員会(IOC)は競技者の性別認定基準を緩和したが、日本国内の競技団体では基準が設けられておらず対応が遅れている。大勝さんはこうした制度上の整備を進めること、そして、指導者はこうした課題があることを認識し、本人の話にしっかり耳を傾けることが大切だと言う。
当事者ではなく私たちみんながやるべきこと
杉山文野さん(左)、大滝麻未さん(右)
撮影:竹下郁子
NPO法人・東京レインボープライド共同代表でフェンシング元女子日本代表の杉山文野さんも、セクシャル・マイノリティにとって日本のスポーツ界は厳しい状況だと見ている。
「オリンピックを目指していた時期もありましたが、僕自身がトランスジェンダーということで競技生活を続けることが難しかった。例えばリオオリンピック・パラリンピックでは多くの選手がLGBTだとカミングアウトしていましたが、日本人選手はゼロでした」(杉山さん)
ファンを裏切ってしまうのではないか、スポーツ協会とうまくやっていけなくなるのではないかという不安から、日本のアスリートはなかなかカミングアウトしづらいのだと言う。
「当事者がカミングアウトするのはまだまだ難しい。だからこそアライアスリートの方々のように、周囲がLGBTフレンドリーなんだという情報を発信していけばいいんじゃないでしょうか。海外ではLGBTに対するポジティブな動画メッセージを配信するチームや、チームの公式グッズとしてレインボーグッズをつくっているところもあります。そうしてウェルカムな空気を“見える化”していくのが大事なことだと思います」(杉山さん)
当事者が声を上げるのを待たずとも、社会にできること、果たすべき責任は無限にある。
(文・竹下郁子)