速見コーチは追放すべきか、再生させるべきか——集団バッシングだけでは何も生まれない

リオデジャネイロ五輪体操女子団体で4位入賞に貢献し、10月開幕の世界選手権(カタール)代表候補でもある宮川紗江選手(18)に暴力を振るったとして、日本協会から無期限の登録抹消などの処分を受けた速見佑斗元コーチ(34)。3年前に撮られた暴力動画が9月6日、テレビで放映され、物議を醸している。

6割が体罰容認する社会で生まれた指導者

体操の宮川紗江選手

速水コーチの暴力動画が公開され、再び騒動の矢面に立たされた宮川紗江選手。

Getty Images/Matt Roberts

「考えが変わった。この2人は異常」

「これは明らかにパワハラ。コーチの復帰は許しちゃダメ」

ネット上では元コーチへのバッシングコメントがあふれている。9月5日に元コーチが会見で改心して宮川選手との再出発する旨を語った後は、大きな反応はなかったものの、翌日に放送された宮川選手を平手打ちする姿が衝撃的だったようだ。映像がSNSによって拡散されることで人々の加害側への憎悪がふくらむ状況は、タックル場面がテレビで何度も放送された日大アメフト問題とよく似ている。

「会見みて気持ち悪い。暴力したコーチと選手の弁護士が同じ?親が容認してるのが異常としか私は思えない。こうなると宮川選手のわがままと速水コーチの甘い考えが世間という世論を味方につけて逆パワハラしているようにも見えてくる。#速見コーチ」

しかしながら、速見元コーチの再生は社会の責任でなすべきことではないだろうか。日大アメフト部前監督や塚原夫妻のように、組織を管理する長ではなく、「あくまで1指導者」なのだから。

スポーツ界のみならず、子どもや若者に対峙する場面で、「暴力は必要」という考えは、まだまだ日本には根強い。「(子どもは)叩かないとわからないよね」という日本の社会が醸し出す空気が、暴力に頼る指導者の改心を妨げてきたことを忘れてはいけない。

例えば、2013年に発覚した大阪市立桜宮高校バスケットボール部の生徒が顧問の体罰や理不尽な扱いを苦に自殺した事件を機にスポーツ界は暴力根絶へと舵を切ったが、当時の調査で日本社会で体罰を容認する人の割合は6割だった。

さらに、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが2017年7月に全国2万人の大人を対象に実施した調査によると、56.7%の大人が「子どものしつけに体罰は必要」と答えている。18歳以上の子どもがいる親である1万人のうち70.1%が「(しつけで)子どもを叩いたことがある」と答えている。

コーチが再生する姿見せた方がいい

「体罰も仕方ない」の空気に引きずられず、自己改革した指導者もいる。

京都サンガ育成普及部長などを歴任し、現在はサッカーをはじめスポーツ指導者に新しい指導スタイルを伝える活動を行う池上正さん(61、特定非営利活動法人I.K.O.市原アカデミー代表)は、20代前半で暴力指導の愚かさに自ら気づき指導を転換した。周囲では体罰が横行していた時代だ。

「これだけの騒動になり、彼らはすでに制裁を受けている。誤った指導を認め、謝罪もしている。それでも五輪を目指したいという2人を見守ってあげるという度量というか、やさしさを(日本の人々は)見せられないのが残念だ。過去に(暴力指導を)やった人たちは少なくない。その人たちに改心を促すためにも、速見コーチが再生する姿を見せた方がいい」と話す。

速見佑斗コーチの会見

速見氏は会見で暴力を振るったことを反省していた。

撮影:島沢優子

速見元コーチの会見は、五輪選手に暴力指導をしていたトップコーチの気持ちを聞けた貴重な機会だった。暴力の連鎖がなぜ続くのか、それを理解するには当事者の肉声は貴重だ。

「私も叩かれた。当時はそれに対して、教えてもらえたという感謝の気持ちを持ってしまっていた。そういう認識が本当に間違いで、考え直さないといけないと今回を通して一番多く学んだ」と、暴力指導に至った理由や反省を述べた。

選手が「私は違う」と言える関係に

再生への希望も見えた。

「(宮川選手にパワハラしたとされる)塚原夫妻からの謝罪を宮川さんに受け入れるよう勧めてはどうか。あなたの言うことなら聞くと思うが」

会見での質問に対し、速見氏はこう答えた。

「宮川選手が感じているもの。それを変えるのは簡単ではない」

つまり、選手の感覚や主体性を尊重したい、ということだ。もっといえば「言うことを聞かせる」行為が、指導者として適切ではないことに気づき始めていると感じた。

問題視されている体罰動画を放映したフジテレビの取材に対しては、「当初は昔の時代の感覚と言いますか、あんた(選手)が悪いんでしょっていう感じで、悪いというか原因があったんでしょうと(考えていた)」と振り返っている。

つまり、現場での失敗やネガティブの軸を選手から自分に移して考えている。選手のせいにせず、指導を工夫することの重要性に気づいているわけで、今後はどう工夫するかを学ぶ必要がある。

コーチと選手のイメージ

コーチは選手と双方向的なコミュニケーションが取れる関係を作る必要がある(写真はイメージです)。

Getty Images/Alistair Berg

指導のスタイルを変えるポイントを前出の池上さんに尋ねたら、こう教えてくれた。

「お互いにひとりの人間として尊重し合える、リスペクトし合えることを考え直してもらえたら。何か起きたときに、宮川選手が『私はそうは思わない』と言える関係だ。コーチに頼っているだけではなく、2人でいいものをつくり合える関係。その意味でコーチは選手を自立させなくてはいけない」

協会は結局何もしていない

不安なのは、そこをサポートすべき日本体操協会が、矯正プログラムや新しい指導スタイルの具体的な模索をしているのかが見えないことだ。今回の件で責任をとるつもりであれば、もっと先手を打って動いてほしい。

宮川選手がパワハラ発言を塚原千恵子女子強化本部長から直接投げかけられ、NTC(ナショナル・トレーニング・センター)の利用制限、海外派遣から外されるというパワハラを受けた際、速見氏は日本体操協会の事務局長、専務理事に相談を持ちかけたという。

協会側は、「体操協会として改善する必要がある」と言いながら、何もしていない。それが事実であるならば、ナショナル選手にかかわる問題を1年近く放置していたことになる。このような事なかれ主義の姿勢はすぐに変わるものではなく、東京五輪へ向け、女子選手の強化体制を整えられるのか不安になる。

日本大学

ヒール役を叩くだけで終わらせてきたメディアにもモラルパニックの責任の一端はあるのではないか。

撮影:今村拓馬

思えばこの問題では、さまざまなバッシングが生まれた。レスリング、日大、ボクシングと続く不祥事もそれと同様に、ヒール役が登場し叩かれて終焉を迎えている。典型的な「モラルパニック症候群」の悪循環ではないか。

モラルパニックとは、集団の負のイメージを誇張して報道することで、人々の感情を増幅する役割を果たすものだ。同じ取り上げられ方、責められ方に、「もう、うんざり」という声は少なくない。モラルパニック症候群は、一瞬盛り上がるものの、有益なものは残りにくいとされる。

宮川選手の会見を見て、彼女は人として確実に成長するだろうと感じた。次は大人が、自分たちの「負」を乗り越える番だろう。


島沢優子:フリーライター。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。週刊誌やネットニュースで、スポーツ、教育関係をフィールドに執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』など著書多数。

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