8万円の特製ボックス即完!スタイリスト大草直子が考える「売れる理由」と「変わる消費者」

大草直子さん

ウェブマガジン「ミモレ」の編集長を“卒業”した大草直子さん。「モノが動く」ウエブマガジンとして注目を集めた。

消費マーケットも生活者のマインドもライフスタイルも大きく変わる中で、「モノが売れる」「モノが動く」キーマンとして注目されているのが、スタイリストの大草直子さんだ。7月まで編集長を務めた講談社のウェブマガジン「ミモレ」(mi-mollet)は、もっとも「モノが動く(購入される)」媒体として存在感を高めた。

“大草売れ”で8万円ボックスが即完売

5月に売り出した大草さんのセンスを凝縮させた白いシャツと赤のリップ、パールのピアスのセットは8万円という高額にも関わらず用意した100セットが即完売に。

一方で、大草さんは「モノを買う」ことを推奨してきたわけではない。一貫してモノとの向き合い方を説いてきた結果、“大草売れ”という現象までになった。そんな大草さんに、消費の変化や、“大草売れ”の背景、未来のプロジェクトなどについて直撃した。

「編集者として仕事を始めた23年前は、雑誌が流行を作っている時代でした。モノを買わせるため、消費させるために、『持っていないことへの恐怖心』や『劣等感』、持っている人に対する『嫉妬心』をあおっていました。振り返ってみると、モノを買わせる片棒を私も担いでしまっていた気がします」

ファッションの流行は長らく女性誌が引っ張ってきた。エビちゃん、もえちゃん(蛯原友里や押切もえ)によって最盛期は約80万部にまでなった「CamCan」では、雑誌モデルがテレビやファッションショーなどへと活躍の場を広げ、「モデルブーム」が到来。

「彼女たちへの『憧れ感』によって、ポジティブにモノが売れるようになった」(大草さん)という。

次にやってきたのが、スタイリストブーム。消費者が「共感」でモノを買うようになり、それまで作り手側の黒子としてかかわってきたスタイリスト自らがメディアに登場する機会も増えた。その代表が大草さんだった。

「持ってない恐怖心をあおるのはやめよう」

大草直子さん

スタイリストブームを牽引した大草さん。大草さんが勧めたものが売れるという”大草売れ”という現象も。

大草さんが勧めたものが売れる“大草売れ”という現象。自身が編集長を務めた「ミモレ」でも、掲載商品に対する反応の良さが業界内に広がり、ブランドとのコラボ企画や、百貨店の店頭イベントなどにひっぱりだこになっていった。

「ミモレを始めるとき、かつてのような、モノを持っていない恐怖心をあおるようなことは絶対にやめようと決めました。『今年の〇〇は××でないとダメ』とか、その時期のヒットアイテム名などを冠した『△△系ママ』とか、持っている人を軸にした企画や表現も避けました。
逆に、自発的で、ポジティブで、楽しくて、生活や装いがラクになるようなものを、自身のバックグラウンド(背景)やバジェット(予算)、ライフスタイルに合ったものを見極めてもらえるような提案をしていきました。それが共感を呼び、多くの方々に受け入れていただけたのだと思います」

もう一つ重要なのは、嘘をつかない、正直さである。作り手の思いを大切にする、手にする人々の「気持ち」に思いをはせる、といった彼女のスタンスだ。

「SNSは私にとってのサンクチュアリ(神聖な場所)。『GU』でもブランドものでも、私が本当にいいと思ったものだけを紹介し、PRの依頼があっても受けません。それが『フェアな人』と認めてもらえて、私の発信や提案への信頼につながっているのかもしれません。
私たちの仕事は、人々の気持ちを動かすこと。マガジンを読んだりおススメの商品を買ったりすることで、『よし、明日からも頑張ろう!』と前向きになれるようなものを届け続けてきました」

手許。

インスタグラムなどのSNSは「サンクチュアリ」。PRの仕事は受けないと決めている。

「価値と価格のバランスが良いもの」

「ミモレ」サイト立ち上げ3周年を記念した書籍『自分のスタイルが見つかるおしゃれコーチング』と“おしゃれの三種の神器”をセットにした8万円の特製ボックスは、限定100セット限定に対して、400人以上から注文が殺到した。

「ミモレで繰り返し伝えてきたことやおススメしてきたものは、すべて、『価値と価格のバランスが良いもの』でした。それは300円でも50万円でも変わりません。
しかもあれは『付録』ではなく読者への『ギフト』なんです。ボックスに入れたマディソンブルーの白いドレスシャツ、ボン マジックのバロックパールピアス、キッカのクリアな赤リップは、ともに希少性が高く、作り手の思いが深い、価値のあるブランドです。あのボックスはまさに価値が価格を圧倒的に超えたものだったので、人々の心に響いたのだと思います」

“大草売れ”の一方で、アパレル・小売業界では一部の企業を除いて不振が続く。この状況を大草さんはどうとらえているのだろうか?

「お仕事の依頼をいただいたり、店頭のスタッフの方々の声を聞いたりする中で、一番違和感があるのが、本部からの『これを売ってください』という指示なんです。お客さま不在で、マーケティングに走りすぎているきらいがあります。一方で、消費者の後を追いかけすぎたり、前年のデータをなぞりすぎたりしていて、夢がないなと思ってしまいます。
何よりも心配なのは、販売員の方々を軽視しすぎていること。お客さまに最終的な価値をお伝えするのは、PRでも社長でもなく、現場の販売員さんです。店の一番の強みである彼女たちのモチベーションが上がり、力を発揮できるような施策や待遇などをきちんと考えていただきたいですね」

ミモレ特製ボックス

マディソンブルーの白シャツとバロックパールのピアス、赤いリップがセットになった1セット8万円の特製ボックス。限定100セットがあっという間に完売した。

提供:ミモレ

既存のメディアのアンチテーゼを

2019年夏ごろをめどに、ウエブを軸としたオリジナル・メディアの立ち上げも構想中だ。

「純然たるメディアとして、もう少しコアなメッセージを伝えていく方針です。広告ありきではなく、お金を払っても読みたいと思えるような、写真もスタイリングもヘアメイクも編集・ライティングもクオリティが高く、ゆるぎない価値観を提供するメディアにしていければと。ビジネスモデルも確立させ、アーティストやクリエイターの方々にしっかりと対価をお支払い、プロフェッショナルな方々の地位を高めていけるものにしたいんです。
これは、既存メディアへのアンチテーゼでもあります。あくまでも構想ですが、ファッションはすべて海外ロケで、パリで暮らす40代の市井の方を彼女のライフスタイルと一緒に紹介したり、旅を扱ったり。ECも連動させたいですし、稼げるようになったら紙でも発行したいですね」

「服はたくさんなくていい」

すでにオリジナルの商品作りに着手し、自身のサイトで販売も開始している。

大草直子さん

自発的で、ポジティブで、楽しくて、生活や装いがラクになるようなものを提案していきたい、という。

「ファッションって、教育的な側面を持っていると思っています。素材や縫製など良いものを身に着けると体が覚えます。長くも着られます。
服はたくさん持っていなくてもいいんです。今、女性は子育てや仕事やパートナーと過ごす時間や友人との時間など、ファッションよりも時間をかける大切なことがたくさんあります。だからこそ、オシャレやコーディネートに時間をかけなくてもいいような、『鉄板コーディネート』のものなどを提供していきます。まずはワンピースからスタートします。肌触りがよく、女性を幸せにするものであることは間違いないですね」

(文・松下久美、写真・竹井俊晴)


松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。

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