「一度も会わない働き方」は日本でも可能?他人の時間も資源と考えれば予定は15分単位に

もともと同じオフィスで働いていた人同士がリモートワークにシフトすることは最近日本でも増え始めましたが、海外の先進的な企業では、「一度も会ったことがない人とチームを組み、その後も会わずにリモートで働き続ける」ことが珍しくなくなってきました。

一度はお互いに顔を合わせてから採用したり、仕事を始めたりしたほうがいいんじゃないか——?そんな声が聞こえてきそうですが、このことが示唆する本質は、会社と個人、個人と個人の「信頼関係の築き方の変化」なのです。

「会わない」ことで仕事のやり方はどのように変わるのか、個人と会社の信頼関係はどう築かれるのか、ヘルステック大手フィリップスのグローバル本社でシニアマーケティングマネジャーとして活躍する佐野泰介さんにお話を伺いました。

ポーズを取る佐野泰介さん

片道切符でオランダへ。大企業のグローバル本社で働く日常

——フィリップスはどんな会社ですか?

日本では「髭剃りや電動歯ブラシのメーカー」と思われているかもしれませんが、医療機器から生活者向けの家電など多岐にわたる事業を展開しているヘルステックカンパニーです。

もともと電球を作るところから始まったし、人びとの生活史を作っていくようなDNAを持っていると思います。先進トレンドをビジネスにつなげる、ラボ的な役割を果たすデザイン思考に特化した子会社もあります。

——日本からグローバル本社に転籍されて1年半。駐在でなく転籍では仕事の取り組みに違いがありますか。

違いますね、こっちは「片道切符」で来ているので(笑)。日本支社にどう利益をもたらすか、日本に戻ったらどう価値を出すかというのではなく、ここでどう自分の価値を出すかというのはありますね。だから吸収するものも大きい。

笑いながら話す佐野さん

今はグローバルラインの調理家電のイノベーションをやっていて、東欧、ロシア、イギリス、アジア太平洋地域を担当していますが、日本は入っていないんですよ。だから自分がよく知っている日本で売り上げを上げるという形では価値を出せないので、違うやり方をしなければならない。

具体的には、油を使わずに揚げ物を作る「ノンフライヤー」を主に扱っています。昨年欧州で先行発売した新製品が今は拡大期に入っているので、新しいビジネスモデルの構築、展開地域の拡大、その商品をどう次のレベルに持っていくのか、というようなことを日々考えています。

世界的な健康トレンドをうまく捉え、おかげさまで売れ行きは絶好調です。フィリップスはイノベーションを生み出すだけでなく、それを広めていくのがうまいですね。1つ良いものが生まれたら、展開のスピードが速くて、日本のやり方では多分こうはいかないんだろうな……というのはあります。

——日本ではどこで躊躇するんでしょうか?

日本だと、人と人との関係構築が最初の入り口で、物理的に会うことを重ね、議論に議論を重ねていくことに時間が割かれる。どうやって、本社が作ったプランや想いを落とすかという視点も強いと思います。

こっちだと、目的とゴールのすり合わせができれば、展開地域の担当者と会わずとも、複数の電話会議、もしくはメールだけでも、一回出してみるという意思決定ができる。市場は違うし、競合状況も刻一刻と変わるので、そこからブラッシュアップしていこうというマインドセットを共通して持っているのが違うのかなと。

そうしたやり取りを通じて、マーケティングプラン、商品スペック、レシピサービスなどのアプリも、どんどんアップデートしていくんです。

同じビルにいても「会わない、ミーティングは15分単位で

——今日は平日朝のカフェですけど、普段はフレキシブルに働いていますか。

カフェの様子1

僕はオフィスが好きなので週3~4日行きますけど(笑)、チームとしては働く場所はあまり問われないですね。社内でも同じ場所にいることは少なくて、結構同じビル内にいても電話会議とかするんですよ

リモートワークを皆がするようになると、大きく変わってくるのは時間単位の考えです。私は60分ではなく、15分単位で考えるようになりました。会う場所をセットする作業、皆の移動にかかるコスト、「会うからそこで話そう」という曖昧さなど……結構もったいないなあと。だから、同じオフィスにいても15分のミーティングなら互いに席に座っているのが良かったりするんです。

皆、自分の時間も他人の時間も経営資源だという意識が強く、一番ベストな資源の使い方を選んでいるというのが、こっちに来て一番衝撃的な考えでした。

そのようにミーティングもリモートで進めていくので、チームの「方向性を合わせる」ことを大事にしています。そのために事前の文脈・議題の共有、本当に必要な参加者の選定に気をつけています。多少実行策がイメージと違っても、チーム全体で行きたい方向が合っていればOKなんです。

——方向感を合わせるにも対面なのかリモートなのかは問われないんですね。

あまり関係ないですね。リモートだとジェスチャーや表情など非言語のコミュニケーションが排除されてしまうので意思表示を明確にせざる得ず、方向感を合わせるうえではそのほうがいいこともあります。

また、リモートだとパソコンでミーティングミニッツ(議事録)取りながら、同時に作業もできるじゃないですか。ミーティング中に完結できるタスクはどんどん完結していく規律を取り入れていくことで、働き方の柔軟性をもたらしています。

リモートワークを「皆がオフィスに行くのが大変だから」とか「家族との時間を大切にするため」だけにやっているのではなく、単純に自分たちが持っている資源を最大限活用するという視点でやっているんです。

カフェで仕事をする佐野さん

——「会わない」とか「時差がある」とかを前提に仕事をすると、仕事がシャープになりそうですね。

最初のころは、会わないし、あまり知らない相手だからと資料を丁寧に作りこんでいたんです。でも、リモートワークでは、議論や考えが共同作業で進化していくことが前提になるので、最初から壮大なパワーポイントを作るのではなく、メールの箇条書きや、手書きメモをそのまま共有するようなやり方も増えました。実際、仕事のスピードと質も改善されたんですよ。

こっちに来て日本人駐在員の方と話すと、「そんなにグローバルにやっていると出張や報告が大変ですね」と言われるんですけど、外国人の同僚と話すと「お前、時差と最後の決めが大変だな」と言われるんです。「行かない」ことと「進化」を前提にしているから(笑)。

——普段会わないだけに、久々に「会う」ミーティングのやり方は変わりますか。

僕たちは調理家電のチームなので、「圧力鍋スタイル(Pressure cooker style)」と呼ぶワークショップをすることが多いですね。せっかく会うんだからテンションを持って集まって、短時間でグッとやるということです。

しかし、会うといっても、チーム全員は呼べないので、「スタンバイリモートミーティング」をセットする工夫もしています。リモートワークでもやる時があるんですが、合意やアドバイスが必要な時のために、そのミーティングの時間に他のチームや関係者にスタンバイしておいてもらうんです。

日本では何となくのために、スタメンもベンチメンバーも全員60分のミーティングに呼んで……というのがありますが、ある人は60分の会議にずっと出席する必要はなかったりするじゃないですか。もしかしたら、その人がいなくてもいいかもしれない。

だから、何かがあった時に彼らをスカイプなどで呼んで、ちょっと10分入れるみたいにしておくと、プロジェクトが一気に進む。そういうところはリモートの強みですよね。忙しい人や重要な人を巻き込みたいとなると、その調整で時間が取られます。参加するなら2週間後しかだめだけど、30分スタンバイするのは明日でもOK、となる。

100人中50人は「一度も会わない」、個人のフィルターが取れていく

——ここまでは「会うこともある人」の話でした。では、一緒にプロジェクトをやっているのに「一度も会わない人」はいますか。

カフェの様子2

います、います。中国にいるリサーチャーは会ったことがないし、工業デザイナーの人もチャットなどで顔も知っているし、話してはいるんですけど、対面で会ったことは一度もなくて。国内で近所にいても会わない人もいますよ、近くにいるなら会えばいいのに(笑)。一緒に仕事をしている人が100人いるとしたら、50人ぐらい会っていないんじゃないですかね。

日本にいた時、社内外を問わず、初めての人とは必ず「まず会いましょう」となっていましたが、こっちだと結果的に仕事が進めばいいんだからという判断でやっているから、絶対ここにいなくちゃいけないということはありません

以前、日本のスタートアップで働いていたとき、企業とプロジェクトを始める前には、「とにかく一度面会」から始まり、「この部署とあの部署と、そして上司とも面会」というリクエストがあったりしました。でも、同じような大企業で働いてる方に「いや、リモートで済まそう。社内はこっちがやるから」と言われたことがありました。

日本の大企業でも、やっぱり最先端のポジションで資源の使い方が上手な人たちっていうのは、そういう働き方をされているんですよね。だから、これはマインドセットの問題なんだと思います。

——「面会でなくて、メールでいいよ」と言われると、「大事にされていないな」とか「優先順位下げられているな」と感じる人もいますが、違うんですよね。

全然違うんですよ。そういう意味ではこっちのコミュニケーションにも改善の余地はあって、「結果的にお互いにとってそのほうが良くないですか」とちゃんと言えばいいと思うんですよね。

実際、紹介されたデザイナーにプロジェクトをお願いするに当たって、電話で15分話したところ、彼が「それなら違う人のほうがいいから、マネジャーと相談してそちらの人を当ててみる」ということになったんですね。気が合うとかではなく、結果的に誰がその問題を解決できるかという視点で、いい人に仕事を割り当てることができた。

それを「まず提案持ってきて」とか「会って決めよう」とかなると、意思決定が3カ月後とか6カ月後とかになってしまう。1週間のうちに電話で解決するんだったら、それはお互いにとってハッピーですよね。

語る佐野さんの様子1

——日本で「最初に会おう」となるのは、お互いの性格とか好みなどを知っておきたいというのがあって、会うから仕事の話になるというのがありますが、こっちはどうですか。

こっちは仕事のスタイルや価値観が違っても、多様な人材と仕事をしていくことが不可欠だから、あんまり「個人」のフィルターにかけないほうが良いという判断はありますよね。

海外は単純に多国籍だから多様性があるというのではなくて、仕事のスタイルや考え方の違いもすべてプロジェクトの中に呑み込んでいく、というのはあります。その中でプロジェクトをリードし、自分のやりたいことを貫いていくというのは、すごく鍛えられますね。

——信頼関係の築き方が違うのかな、という気がしたんですが。

そう思いますね。一概には言えませんが、日本では会ってフィーリングを確かめて仕事していこう、みたいなのがありますが、こっちは会う前にプロジェクトの目的に対してお互いにどういう専門領域を持ち寄れるかというところからスタートするので、そこは大きな違い。さっきのデザイナーの話もそうですが、問題解決を誰ができるかが大事なんですよね。

会って、フィルターにかけて、自分好みのお仲間をつくるのと、いろんな刺激をもとに、いろんな情報ややり方をアップデートしていくやり方は結構違うと思うんですよね。

「多様性」と「アップデート」というのがキーワードかな、と思います。こっちは目的に適っているかぎりできるだけ多様な人と仕事をし、その中で自分たちの価値観や考えが「強制アップデート」されるようなやり方をしていて、これは強いビジネスを作るのに役立っていますね。

——会うことで日本では不要なフィルターをかけることになってしまっているんですね。

そうそう。例えば、スタートアップって、すごく面白い視点を持っているんだけど、変わった人が多いじゃないですか。エンジニアで面白い考えを持っているんだけど、営業は得意じゃないとか。担当者がそういう人に会うと「大丈夫かな……」と思うんですけど、実はその人が一番問題解決できる人なわけですよね(笑)。会って、仕事がストップしちゃうのはもったいないと思います。

本流の経営課題もリモートで、問われるのは「組織のあり方」

——一度も会ったことのない相手とプロジェクトを進める上で、トラブルはないですか。

カフェの様子3

会う、会わないはあまり関係ないかもしれないですね。むしろ合意事項などでは、会っていた時の口頭のやりとりのほうがすれ違いが多くなるような気がします。あまりリモートによるトラブルはないですね。

例えば、ある商品を東欧で発売したいとき、これが発売されない理由は「会っている」「会っていない」ではなくて、正しい質問をマーケットに投げかけられていなかったり、正しい方向にチームを運営できていなかったりするためじゃないですか。

ただ、リモートワークで難しいのは、つながりやすさが過度に行き過ぎる場合ですね。LINEがあって、Slackがあって、WeChatがあって、WhatsAppがあって、そこから全て仕事関係のメッセージが来ると、「常時接続状態」ってやつでさすがに多少のストレスはありますよね。

特に中国のチームはオン・オフを分けずに、WeChatをベースに仕事をしたがるのですが、そうなると時差やスマホの関係で自分のプライベートゾーンに仕事の連絡がガンガン入ってくることになる。強制アップデートは大事なんですけど、お互いプロフェッショナルだから、そこはもう少し相手の時間を大事にしながら働かないと……というのはあります。

WeChatは彼らの日常なんで、彼らにとってそれがビジネス資源を最大にする方法になるとき、相手の文化を理解しつつ「もっとこういう風にしない?」と変えていくのは結構大変かな。

語る佐野さんの様子2

撮影の合間にもスマホでタスクを消化していく佐野さん

——日本でリモートワークと言えば、会社のオフィス外でも働きたい人たちのための1つのツールという感じでしたが、これからは佐野さんがやっているような「一度も会わない」スタイルは、日本でも主流になると思いますか。

僕は二極化すると思っていて、リモートで成果を上げていく会社やサービスがたくさん出てくる一方で、掛け声だけで終わってしまうところも多いと思いますね

掛け声で終わるのは、社内の意思決定に問題があると思います。こっちのグローバルだと、プロジェクトの方向性を合わせて、最後の意思決定を現場がやっていることが多いんですよ。日本で稟議書のハンコ文化が強い会社だと、下でリモートが進んでも、上に行くとまた今度は正式な書類があり、結局正式な会議を経てやらなければならなくなる。ですから、日本の大企業で本流の経営課題もリモートでできるかな、という疑問はありますね。

クラウドなどのツールは十分にそろっているので、つまり、あとはマインドセットの問題です。必ず合意形成しなければならないのか、現場の意思決定で進められるのか、時間単位は60分なのか、全員参加して全員同じ船に乗って進んでいかなきゃいけないのか、というスタイルを変える必要があると思います。

——リモートは「働く場所」の話というより、チームの形成、仕事の割り当て、意思決定の仕方などの話なんですね。

そういうところをどうできるか。組織のあり方がついていかないと……いう懸念がありますが、日本の方はすごく仕事が丁寧だし、言ったことをちゃんと解釈して文章に残す。多分リモートでも空気を読める人たちなので、「一度も会わない働き方」はマインド次第ではやれると思います。

日本にはすばらしい商品、サービス、アイデアがたくさんあると信じています。新しい働き方を通じて、それがスピード感を持って海外展開され、多様性によってさらなる進化をもたらされることを、心から楽しみにしています。

カフェの一角を背景に立つ佐野さん

(取材、文 ・岡徳之、山本直子、撮影・ 澤村祐太郎)


佐野泰介:ロイヤル フィリプス シニアマーケティングマネジャー。2004年上智大学を卒業後、外資系食品メーカーで人事、営業企画、マーケティングを担当。スタートアップを経て、2012年フィリップス日本法人に入社。オーディオ部門のマーケティングを経て、ノンフライヤー、ヌードルメーカー、マルチチョッパーなど一連の調理家電立ち上げに貢献。2017年フィリップスグローバル本社に転籍、家族とともにオランダに移住。現在まで調理家電の事業拡大に従事。会社外でも日本・欧州で複数の事業を支援。

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年7月20日公開の記事)

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