【リーマン・ショック10年】次の危機の「芽」はどこか?キーフレーズは「新興国」と「企業部門」

香港の株式市場。

香港は民間債務(対GDP比)が2017年末で約303%で、次のショックの「芽」になる可能性がある国・地域の一つだ。

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米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月15日から丸10年が経過しようとしている。俗にリーマン・ショックと呼ばれた市場混乱は金融史のみならず世界史に刻まれる大事件であり、以後10年の世界経済・金融の在り方を多面的に変えたと言って差し支えない。

筆者も政府機関や国際機関の業務から金融市場の業務へ移ったのが2008年10月であり、まさにリーマン・ショックの事後処理と共に歩んできた次第である(そういう意味ではショックばかりを経験している)。

このタイミングで繰り返し受ける照会の多くが「次のショックの『芽』はどこにあるのか」というものである。より専門的な言いぶりに近づけるとすれば、「今、最も注目すべき『金融不均衡』とは何か」というテーマだ。

細かに言及したいテーマは複数あるが、やはりその最右翼は世界の民間非金融部門の債務(以下、民間債務)が積み上がっているという事実だろう。結論めいたことを先に述べておけば、「新興国」及び「企業部門」という2つのキーフレーズが現状の問題意識として浮かび上がる。

なお、筆者はドイツの経常収支不均衡やこれに伴う同国の不動産バブル懸念、ユーロ圏のシャドー・バンキング問題なども注目すべき「金融不均衡」の1つと考えているが、紙幅の都合上、これに係る議論は別の機会に譲りたい。

過去10年で膨張した新興国の民間債務

図1

図①

国際決済銀行(BIS)のデータによれば世界全体の民間債務は、リーマン・ショック直前となる2008年6月末の約84兆ドルから2017年12月末の約115兆ドルへ約40%近く増加している。これを先進国と新興国の別に見ると、先進国が約71兆ドルから約75兆へ約5%の増加にとどまっているのに対し、新興国は約13兆ドルから約40兆ドルへ実に約208%の大幅増加である。

もちろん、債務の絶対水準自体に大きな意味を見出すべきではない。経済規模がそれに応じて成長していれば大きな問題はないからだ。だが、経済規模対比で見ても新興国の民間債務の増え方は尋常ではない。2008年6月末と2017年12月末を比較すると先進国は約172%から約168%へやや低下しているのに対し、新興国は約83%から約144%とこちらも大きな伸びを示している。結果、世界全体では約147%から約159%となっているが、これは新興国の伸びにけん引されたものということになる(図①)。

この背景はどう考えるべきか。既に言い尽くされた論点だが、危機後、日米欧の中央銀行はなり振り構わない金融緩和を行い、世界的に低金利が定着、資金調達のハードルが下がり、消費・投資意欲も刺激されやすくなった。元より世界経済のフロンティアが新興国にしかない状況で流動性が拡大したのだから、新興国への資本投下が増えるのは必然でもある。

過剰流動性、新興国の成長国神話、「Search for yield(利回りの追求)」のアニマルスピリットが絡み合った結果、今やGDP比で見た新興国の民間債務は先進国のそれと変わらない水準まで高まった。危機後、世界経済が立ち直ったことの代償とも言えるかもしれない。

不安視される新興国の企業部門の債務

図2

図②

なお、民間債務といった場合、これは企業部門なのか、それとも家計部門なのかという疑問が生じる。

例えばサブプライムショックおよびリーマンショック後の米国経済においては家計部門の過剰債務が問題となり、1990年代の日本におけるバブル崩壊では企業部門の過剰債務が問題となった。家計部門の過剰債務が問題になると個人消費、住宅投資といった需要項目から実体経済が崩れ始め、いずれ企業部門にその影響が至る。

片や、企業部門の過剰債務が問題になると設備投資が崩れ始め、雇用・賃金情勢を通じて家計部門にその影響が至る。いずれから始まるにせよ、経済は相互連関しているのでろくな話にはならないのだが、問題の所在を知る上では重要な話だ。

結論から言えば、これは企業部門にけん引されたものである。データの制約上、新興国(およびこれを含む世界)の部門別債務状況は2008年以降しか取得できないが、企業部門の債務増加ペースを見る限り、過去と比べても恐らく普通ではなかったことが容易に推測される。

具体的には企業部門の債務(対GDP比)について2008年6月末と2017年12月末を比較すると先進国は約91%から約92%でほぼ横ばいとなっているのに対し、新興国は約60%から約105%へ急拡大している。世界全体では約82%が約97%へ押し上げられているが、これも新興国の伸びが響いている(図②)。

異常な香港の企業債務の伸び

図3

図③

ここまでをまとめると「新興国の民間債務、とりわけ企業部門のそれが膨張していること」が次の危機の「芽」の候補として挙がってきそうである。

では、さらに国・地域別に考察を進めると何が言えるか。ここでも先に結論を述べておくと、アジアでは中国や香港、北米ではカナダ、欧州ではフランスといったあたりが不安を抱えているように見受けられる。中国や香港、カナダは民間債務の大きさについてBIS報告書でも名指しで警戒されている。

まず、民間債務(対GDP比)に関して2008年6月末と2017年12月末を比較すると、中国は約115%から約209%、香港は約186%から約303%、カナダは約164%から約214%へ、フランスは154%から約192%へといずれも性急な動きを示している。これを企業部門にまで掘り下げてみると中国は約97%から約160%、香港は約134%から約232%、カナダは約84%から約114%、フランスは約107%から約134%へとやはり大きな伸びが見られる。

もちろん、家計部門の債務も相応に伸びているが、図③に見るように、やはり全体をけん引したのは企業部門の債務だと考えた方が良さそうである。とりわけ2008年9月対比で約100%ptsの増加幅となっている香港に目が向かうだろう。もちろん、国際金融センターとしての特殊性が色濃く出ていると考えられ、他国と単純比較は難しいが、このような巨大な増加幅を健全なものと評価すべきなのかは意見が分かれるところだ。やはり先進国の金融緩和なかりせば、ここまでの話にはなっていなかったのではないかと思われる。

ちなみに、上述したように、日本のバブル崩壊時には企業部門の過剰債務が問題視されたが、その際につけたピークは1993年12月末の147.6%だった。つまり、現在問題視される国・地域は当時の日本を優に超えるか、もしくは肉薄する債務状況にあるということになる。

企業部門の抱える不良債権化した過剰債務が金融システムを揺るがし、その処理に手間取ったことが日本の「失われた20年」の一因として指摘された経緯を思い返せば、やはり一部の国における過剰な企業債務は次の危機の「芽」として目が離せないものだろう。

なお、ここでは全体のトレンドを規定する新興国の企業部門の債務に注目したが、韓国のように企業部門よりも家計部門の債務が明らかに伸びており、これが問題視される国もある。

資金調達環境は悪くなるばかり

いずれにせよ、FRB(米連邦準備制度理事会)が(今のところは)海外経済環境を配慮することなく利上げを続けており、2018年にはECB(欧州中央銀行)もこれに加わろうとしている中、新興国をとりまく資金調達環境は悪くなることはあっても良くなることはないだろう。次の危機の「芽」として指摘すべきは世界で見られている民間債務の拡大、とりわけ新興国の企業部門の債務が調整を迎える可能性と考えたいところである。

リーマン・ショック後の金融市場ひいては世界経済が新興国の成長神話に乗って活況を呈し、それが復調の契機にもなってきたことを思えば、新興国経済の腰折れとその停滞の長期化は考えるだけでも恐ろしい事態である。目下、国内経済情勢を理由に利上げ路線を邁進するパウエルFRB議長の目にこうした新興国の民間債務状況がどのように映っているのか。本音を聞きたいところである。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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