就活ルール廃止は日本型雇用破壊の始まり——新卒一括採用がイノベーションを阻害するという大企業の焦り

経団連の中西宏明会長が、企業の採用活動の時期を定める「就活ルール」を廃止するとの発言が波紋を広げている。だが、このルール廃止は単に就活・採用の再編に止まらず、「大企業が日本型雇用から脱却する意思表示だ」との声が聞こえてくる。新卒一括採用や終身雇用はすでに制度的にも「金属疲労」を迎えている。

これが日本型雇用の終わりの始まりなのか。

就活ルール廃止を言い出した意図

横断歩道

経団連会長による、就活ルール廃止の真意とは。

撮影:今村拓馬

「今回の中西会長発言は、就活の話に止まらない。今の日本企業は、新卒一括採用では、採りたい人材が採れないということ。せめて3分の1くらいは中途や外国人のハイスキル人材を採りたいのが本音だ

とある大手金融の幹部はそう漏らす。経団連に加盟するのは、業界トップクラスの日本企業1300社超だ。加盟企業は規模も大きく、銀行など多いところで1000人超規模の採用を繰り返してきた。

新卒で入った社員を10年以上かけて育成し、「長く勤めるほど有利」な年功序列と終身雇用で長期にわたり人材を確保することで、育成コストを回収してきた。ただし、近年は、事情が大きく変わりつつある。新卒採用では、この10年ほどで大きく3つの変化が起きている。

  1. 社会やビジネスの変化のスピードが早くなり、自社の育成手法やスピードでは、欲しい人材の育成に間に合わない。
  2. 優秀層の学生による、横並び採用・育成をする日系大手企業離れ。
  3. インターン時から実質、採用スタート。経団連の自主規制である、就活ルールが形がい化。

経団連会長

就活ルール廃止に口火を切った、経団連の中西宏明会長(左)。写真は2018年9月、経済界の訪中団の様子。

2や3については、苦い思いをしてきた企業は少なくない。

「採用選考の解禁となる6月には、データサイエンスや人工知能などの最先端技術を勉強してきたような学生は、すでに外資や人気ベンチャーの内定を持っている」

あるメガバンクの採用担当者は、渋い顔を見せる。

「会社説明会の解禁は3年生の3月、選考の解禁は4年生の6月」というのは経団連が自主的に決めたルール。当然ながら経団連に加盟しない外資系企業やベンチャーは、この自主規制である就活ルールにとらわれない。早い企業は1年生や2年生時のインターンからアプローチをし、早期に採用を決めてしまうからだ。

ただ、もっと大きな問題は1の、新卒一括採用ではイノベーションを生み出すような人材を育成できないという、限界にあるかもしれない。

学生の一括採用がイノベーションを阻害?

傘

採用の大半を、大学卒業してすぐの新社会人で行う雇用慣習は、日本独特だ。

撮影:今村拓馬

今回の経団連会長の発言は「決して突然、降って湧いたものではない。すでに企業側の問題意識は、醸成されていた」(大手金融幹部)という。経済同友会は2017年6月に発表した報告書、「生産性革新に向けた日本型雇用の改革へのチャレンジ」の中で、新卒一括採用の問題点として、こんな見解をあげている。

「社会人経験のない学生を大量採用し、均質なマインドセットを行うことが、画一的な人材を生み出し、イノベーション創出を阻害している可能性がある」
「外国人材、海外大学卒業生、留学生の採用が困難」
「育成に時間を要する。若い才能が力を発揮できなかったり、変化への対応が遅れる」

グローバル競争が激化する時代に、新卒一括採用では対応しきれないという焦りが浮き彫りだ。

さらに報告書では「キャリア採用(中途など経験者採用)を3分の1以上にするなど(新卒と中途の)比率を見直すべき」と、人材の多様化を提言している。

真面目にルール守ると損?

「採用現場を見ていても(就活ルールは)完全に形がい化してしまっていて、真面目にルールに則った方が損をするような状況になっていた

そう話すのは、SNSを活用し企業と就職希望者とのマッチングサービスを運営するウォンテッドリーのCFO、吉田祐輔さんだ。

ウォンテッドリーは、学生の間ではインターン先企業を探すのによく使われるサービスだ。それが実質的な就活につながるケースも少なくない。

経団連ルールが、実際にはほとんど機能していない実態を、同社は目の当たりにしてきた。

就活

日本の新卒一括採用は、横並び人材を作り出すとの指摘もある。

Reuters/Yuya Shino

「(就活ルール廃止は)当然の流れと受け止めました。そもそも意識の高い学生にとって、外資や人気ベンチャーを目指すのに、就活ルールは無関係です。ただ、すでに前倒しの就活競争が激化する可能性はありますね」

そう話すのは、「外資就活ドットコム」を手がける、ハウテレビジョン取締役の長村禎庸さんだ。

外資就活ドットコムは、外資系企業やグローバル展開するトップ企業を目指す学生の就活支援で知られている。「日本型雇用は世界のスタンダードからかけ離れていることは明らか」と、長村さんは言う。

「世界の人材獲得競争はますます激しくなっていて、初任給から差をつけたり、ポジションを提示したりは、当然です。一方、横並びの新卒一括採用は、効率よく採用できるメリットがあったが、同じような人しか採れなくなる

そんな中での就活ルールの廃止発言は、ようやく市場の実情に近づくと言える。

経団連会長の発言は「寝耳に水という企業も多かったようだ」(経団連関係者)というが、ウォンテッドリーCFOの吉田さんは、中西会長の発言の意図をこう見る。

「企業だけでなく学生やその親世代も含めて、各自の認識を変えていかないといけない、もう時代にそぐわなくなっているんだから日本社会として直視していかないと、と訴えたいということでしょう

一括採用見直しで学生に問われること

経団連会長の発言どおりに進めば2021年春入社から、そうでなくとも、遅かれ早かれ新卒一括採用が、形を変えていくことは間違いない。

それでは、就活はどうなっていくのだろう。

nihonngakusei

日本型雇用が崩壊すると、学生時代の過ごし方も変わるだろう。

Reuters/Issei Kato

新卒採用のコンサルティング、採用アナリスト、谷出正直さんは「一括採用は残り、通年採用は限定的」と見る。

「高いスキルを持った理系人材やエンジニア、起業家タイプらは、早々に外資や人気ベンチャーから内定をとっていた。スケジュールの固定されていた『一括採用』では採用できない、この層を採用するために、早期からの動きと『通年採用』という形で窓口を設けることにはなるでしょう」

一方で、「大手企業にとって『一括採用』は効率的かつ効果的な採用手法です。一般の学生をある程度のボリュームで採用し、育成するための一括採用は残る。だいたい、4年生の4月前後で実施することになるのでは」という、現実的な見方だ。

ただ、中長期的には、年功序列、終身雇用に支えられてきた日本型雇用が崩壊していくことは、時代の要請かもしれない。日本市場は縮小し、右肩上がりの経済成長時代は終わった。企業競争はグローバル化し、企業にとってもスキルの高い多様な人材の獲得こそが戦略となっている。

「外資就活ドットコム」を手がける、ハウテレビジョン取締役の長村さんはこう投げかける。

「横並びの一括採用がなくなれば、学生にしても、グローバルの競争環境に置かれることになります。人口減少社会で仕事はあるでしょうが、仕事を選べずにただ働くのか、自分のスキルを磨いて成長し続けるのか。学生時代の過ごし方や、勉強の仕方も問われることになるでしょう

近年の学生の売り手市場も、変化を帯びそうだ。

(文・滝川麻衣子)

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