2018年9月8日、北海道厚真町の土砂崩れ現場でドローンを活用して捜索救助活動を行う自衛隊。
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北海道で初めて記録された震度7の震源地、厚真町の大規模な土砂崩れを上空からとらえた映像には、多くの人が震撼したのではないか。地震発生直後の撮影に大きな役割を果たしたドローンだが、いまや救助や復旧の現場、さらには物流という大きな領域で不可欠の存在になりつつある。
ドローンを活用して社会課題のソリューションを提供するiROBOTICS(アイ・ロボティクス)の最高財務責任者(CFO)を務める齋藤和紀氏に、ドローンの技術開発と市場拡大の現状を整理してもらった。
物流分野のデジタル化に目を向けよ
ロシア東部、バイカル湖岸に位置するブリヤート共和国で郵便物の試験配送飛行を行うドローン。国営ロシア郵便のプロジェクトである。
REUTERS/Anna Ogorodnik
ドローンの現在を手っ取り早く知るためには、物流分野のデジタル化に目を向けるのがいい。
情報と同じく、物流もかつては人馬の動きと同じスピードでしか進まなかった。それが今では、巨大な物流倉庫の中で自由自在にロボットが動き回っているのが普通になっている。そこに人は介在せず、スピード、正確性、反復性をもって驚異的な量の物流をさばいている。
この自動倉庫は、ロボティクスやコンピューティング性能の向上、アクチュエーターやセンサー価格の下落、そして人工知能による機械学習やビッグデータ解析などの進展によって産み出されたものである。そして、それは一度システムとして完成するとコピーされて増殖し、巨大化して一気に普及する。
貨物輸送を例にとれば、これまで社会の発展に貢献してきた鉄道による大量輸送システムは、残念ながら、駅まで運ばなければいけないという点で電話交換手を通す電話システムと同じ不完全なシステムである。社会には残るだろうが、早晩物流の本質ではなくなるだろう。
「材料だけを運び、現地で組み立てる」が当たり前に
2018年7月、宮城県登米市で試験飛行を行う農薬散布向けドローン。物流の発展と並行して、農業などさまざまな分野で活用法の研究が進められている。
REUTERS/Yuka Obayashi
物流の領域でデジタル化をもたらす技術としては、自動運転モビリティ、ドローン(およびエアモビリティ)、自動倉庫+サービスロボット、3Dプリンター、シェアリングエコノミーなどが挙げられる。
自動運転モビリティは、自動倉庫が実社会に飛び出してくるようなものだ。1台1台がデジタル回路上のパケット(伝送単位)となり、P2P(端末間で直接通信を行う方式)で場所と場所をつなぐ。その流れはデジタルに調整され、最適最短最速なルートが自動的に選ばれるため、今の何十倍の車輌が同時並行的に稼働できる。人だけではなく、物も同様に運ばれる。
3Dプリンターは、パケットを最小単位に分割する役割を果たす。物を作るという行為は、限りなく末端の消費地に近い場所で行われるようになる。缶コーヒーを運ぶのではなく、豆だけを運び、コンビニなどに据え付けられた現地のロボットでカスタマイズしてコーヒーをいれるイメージだ。
これから先は、材料の状態で運び、現地にデータを送って製品を組み立てることが増える。そのため、最終製品を運ぶよりも物流は圧倒的に定型化する。薬品やプラスチック成形品については今すぐにそうなってもおかしくない。
深センドローンは計算力で飛ばしている
イスラエルのレホヴォトにあるエルビッド・システム社のドローン工場。軍用無人ドローンの研究開発が行われている。
REUTERS/Orel Cohen
そして今、世界的に注目を集めているのがドローンによる配送である。
ドローンはそもそも自律航行・自動運行を前提として技術開発が行われており、地上運送よりもはるかに速いスピードで技術開発が進み、議論が進んでいることも注目に値する。
モビリティ分野でのリーダーシップに国の威信をかける経済産業省も国土交通省も鼻息が荒い。政府は、2020年代には大都市圏上空でも物流ドローンや乗用ドローン(エアモビリティ)が飛べる世界を目指している。もし日本がやらなくてもどこかの国がやるだろう。実際、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイやシンガポールなどが先進的な実験を行っている。
中国・北京にあるDJIの店舗でドローンをいじくり回す子どもの姿。
REUTERS/Jason Lee
世界ナンバーワンシェアを誇るDJIなど、中国・深セン製のドローンをよく見かけるが、それ自体の仕組みはきわめて単純だ。ネット上にはドローンを分解する動画があふれているが、それらを見ると、基礎工業力的に驚く点がないところに驚かされる。
外側の見た目こそそれなりにキレイだが、中身は基盤が雑多に詰め込まれており、iPhoneのような洗練された製品に比べたら、工業的緻密さはあるもののデザインを感じるほどではない。
それでも、非常に緻密に飛ぶ。なぜ飛ぶかといえば、大量のCPUとセンサーを積んでいるからだ。ソフトの力をもってモーターを制御し、計算力で飛ばしているのである。つまり、この中国製の強みはドローンというハードではなく、それを飛ばす頭脳部分が非常に進化している点だと言える。
アメリカでは元軍人がドローン分野に殺到
この数年でドローンは格段に進化した。
細かい技術的な難点は指摘すればキリがないが、毎年新機種が発表されて価格が劇的に下がり、新規参入も相次いでいる。こうなると進化はあっという間だ。コピーして大きさを変えるだけで、人が乗れるようにもなるし、物流にも使える。すでに「ディスラプション(破壊)」的発展のポイントに差し掛かっていると言っていい。
そうした現状の中で、ドローンによる物流も劇的な進化を遂げている。
例えば、工場構内などでドローンを利用した物理作業を行う「ドローン・ソリューション」に実績を持つiROBOTICSの描く未来像は明確だ。輸送機で空港まで運ばれてきた物資を、ロボットでパレットごと無人ドローンに乗せ換える。同社と協業関係にある米カリフォルニア州のSabrewing Aircraft社製ドローンが、2トンもの物資を積んで300キロメートル以上先の目的地に届ける。
iROBOTICSが茨城県河内町で運営する「ドローンフィールドKAWACHI」のサイト。旧校舎や町営施設を活用したフィールドを、ドローンテストや関連カンファレンスに使える。
出典:iROBOTICS
Sabrewing Aircraftの最高経営責任者(CEO)は、米空軍のテストパイロット出身で、数々の軍用機の開発に関わったプロ中のプロだ。今でも自家用機の操縦桿を握るし、かつてはグローバルホーク(軍用無人機)のオペレーション開発に携わっていたこともある。実は、アメリカでは今こうした航空分野のプロたちが一斉に無人ドローンの開発に参入している。
無人ドローンはパイロットが乗るスペースが必要ない分、製造コストが安い。「電動垂直離着陸機(eVTOL)」と呼ばれ、海上の貨物船の上でも離着陸できるので、漁港や学校の校庭程度のスペースがあれば航空物流が可能になる。
世界には離島や砂漠、豪雨・豪雪地帯で孤立している集落への物流が必要な場所はいくらでもあり、そこで威力を発揮できるだろう。自然災害の多い日本でも役立つシーンがあるはずだ。人口減少で増える地方の廃校は、今後ドローン向けの空港として転用できるかもしれない。
業界最注目の存在は「ウーバー」
2018年4月、イタリアのサッカープロリーグ・セリエAの試合会場で行われた、ドローン試乗会。世界各地でドローンは身近な存在になってきている。
REUTERS/Alberto Lingria
さらに、その先には「空飛ぶクルマ」の存在がある。
トヨタグループやパナソニックが支援する「CARTIVATOR」は東京オリンピックでの飛行を目指して開発を進めている。米ボーイング協賛の国際コンテストに挑戦中のチーム「teTra」は世界レベルで注目を集め、すでにその後に向けた官民協議会が設立されている。この分野への注目度は高い。
空飛ぶクルマとは、数百キログラムの人や物を乗せて数十キロメートル以上の距離を自動航行できる物流ドローンであることを意味する。先述のSabrewing Aircraft社製が届けた物資を、さらにその先まで届ける役割を果たす。こうした組み合わせにより、完全無人のドローンによる物流ハブ&スポーク流通網は完成する。
この流通網を日本で実現しようとすれば、安全性の懸念などが出てくることは想像に難くない。河川の上空などを利用した空中ハイウェイのようなものが必要になるだろう。東京電力とゼンリン、楽天が、鉄塔と送電網の上を空中ハイウェイにする計画を検討しているが、これは非常に有望だ。ドローン物流網を構築するには、さらに多くの企業の連携・協力が不可欠となる。
2018年7月、ドイツで高圧線など送電関連施設の調査・監視を行うドローン。鉄塔や送電線周辺は住居や建造物が少なく、「空中ハイウェイ」の有力候補とも見なされている。
REUTERS/Ralph Orlowski
この分野には、巨大な資本力を持つ企業が雪崩を打つように次々と入ってきている。アマゾンがドローンなどテクノロジーを活用した物流網の構築を急いでいることはすでに多くのメディアが報じている。省庁への接触に熱心で、空飛ぶクルマに関する官民協議会で大きな存在感を放つ米ライドシェア大手ウーバーの動きからも、目が離せない。
ウーバーは、ドローンの製造や運航そのものを行うのではなく、巨大な資本力を投下して誰もが参入できる市場を整備することに重点を置いている。かつてブロードバンドを一気に普及させたYahoo! BBのやり方に似ている。ドローン運航のためにウーバーのシステムを使うしかない状況をつくり上げ、上空の運航データをソフトウェアによって吸い上げようというのである。
ドローンの存在は災害の現場でようやくその実用性を認知されているのが日本の現状だが、物流の現場ではすでに天下分け目の戦いが迫っていることを知っておいたほうがいい。
齋藤和紀(さいとう・かずのり):1974年生まれ。早稲田大学人間科学部卒、同大学院ファイナンス研究科修了。シンギュラリティ大学エグゼクティブプログラム修了。金融庁職員、石油化学メーカーの経理部長を経た後、ベンチャー支援に従事。エクスポネンシャル・ジャパン共同代表、Spectee社、iROBOTICS社のCFOを務める。著書に『エクスポネンシャル思考』(大和書房)『シンギュラリティ・ビジネス』(幻冬舎新書)。