シリコンバレーの「詐欺」と「破壊」の一線——あるスタートアップの栄光と没落から考える

イーロン・マスクの奇行が続き、彼とテスラ社の評価は下がりつつあるが、それでも「やはり余人を持って代えがたい」という考え方もまだ強い。

そんなシリコンバレーの風潮について、少々考察してみたい。

イーロン・マスクと前川友作氏(2018年9月17日)。

テスラCEOでもありSpaceXのCEOでもあるイーロン・マスク氏。同社が提供する月旅行の最初の乗客にZOZOTOWNを運営する前澤友作氏が選ばれたことも大きな話題に。

Mario Tama/Getty Images

先日、『Bad Blood - Secrets and Lies in Silicon Valley Startup(バッド・ブラッド - シリコンバレー・スタートアップの秘密と嘘)』という本を読んだ。9月に完全に消滅したTheranos(セラノス)というベンチャーの栄光と没落のドキュメンタリーである。

同社は、「一滴の血液で、あらゆる血液検査を迅速にできる革新的な技術を開発した」ことをうたって2003年に創業した医療ベンチャーで、2017年までに合計7億ドル(約700億円)を調達、ピーク時で時価総額が100億ドル(1兆円)にまでなったとされている。

結局、このベンチャーの「画期的技術」は実は中身がなく、そのオペレーションはほとんど詐欺と脅迫で成り立っていることがバレてしまい、没落に至る。

ちょっと考えれば「これっておかしいよね」と気づくはずなのに、これだけ多くの人がだまされたのはなぜか?そこがこの「シリコンバレーの風潮」の難しいところなのだ。

医療コストを下げる「世界を救う技術」

セラノスのCEO、エリザベス・ホームズ。

セラノスCEOを務めていたエリザベス・ホームズ。一時は革新的な技術を開発したと脚光を浴びたが、それが全くの「嘘」であることが判明し、同社は9月に解散を決定した。

REUTERS/Brendan McDermid

アメリカでは血液検査は独立の検査ラボで行われ、内容によって異なるが平均で1500ドル(約15万円)もかかる。保険でカバーされることが多いが、保険の内容によっては自己負担になる。検査ラボは大手2社が寡占状態である。

アメリカのGDPの17%もが医療費に費やされており、大きな社会問題になっている。医療コストを大幅に下げる技術や仕組みは、「世界を救う」。

当時19歳だった創業者のエリザベス・ホームズは、この理想の実現のための「革新的技術」を考案した。実際にはそれはあくまで「こういうのがあったらいいな」というアイデアに過ぎず、「核」となる確固たる技術があったわけではない。最初は「小さな検査機器を家庭に置き、指から取った血液一滴でその場で検査」から始まり、技術的な壁にぶつかるたびにだんだん後退していった。

自殺者出しても膨張した成功ストーリー

それでも開発を続けるには資金が必要で、資金を集めるためには投資家を説得するなんらかの材料が必要だ。その材料として、架空の「実施事例」を作り上げたり、機器が出す検査結果をごまかしたり、取った少量の血液を薄めたり、最後には単に静脈血をシリンダーにとって市販の機械で検査するという「ごく普通」の検査になったり、といった「嘘」を積み重ねていった。

開発部門には、そもそもありもしない技術を「なんとしてでも作れ」という無理なプレッシャーがかかる。まじめな従業員が社内で異議申し立てをしても幹部は聞く耳をもたず、「訴訟」や「盗聴」などいろいろな脅迫手段を駆使して、情報を外に漏らさないように締め付けた。辞めさせられたり、良心の呵責に苛まれて自発的に辞めたり、自殺者も出るほどで離職率は異常に高かった。

にもかかわらず、会社はどんどん資金を集め、成功ストーリーは膨張していった。その理由はいろいろある。

キッシンジャーやマードックまで

まず、ホームズ自身にカリスマ性や人(投資家、協力者)をひきつける力があることだ。

彼女は、引き込まれるような大きな目の、なかなか見栄えのする女性である。最初は家族のつながりのある人から始まり、どんどん有名人の人脈を広げていき、会社の取締役にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官など錚々たる大物が並び、ウォルマートの創業家やメディアの大物ルパート・マードックなどといった大物投資家を集めていった。

ルパート・マードック。

メディア界の大物、ルパート・マードック。彼もセラノスの出資者に名を連ねていた。

REUTERS/Mike Segar

そして、「世界を救う」という目的に貢献したい多くの人の善意と、「シリコンバレーで大成功した初の女性創業者」というスターが欲しいという地元やメディアの期待が上昇気流となって彼女を持ち上げた。

疑問は「イノベーションの阻害要因」

セラノスの「事業パートナー」として、血液検査を店頭で提供することになっていた大手ドラッグストア・チェーンのウォールグリーンズは、「世界を救う」という理想と、自分が引けばライバルに権利を取られるという恐怖の両方に絡め取られ、セラノスのやり方はいろいろとおかしかったにもかかわらず、「途中で交渉を打ち切る」という勇気が出なかったという。

こういう勢いがついてしまうと、それに疑問をはさむ人は「悲観論者」「イノベーションを阻害する勢力」として切り捨てられてしまい、止めることがますます難しくなる。

アップル創業者のスティーブ・ジョブス。

スティーブ・ジョブズは大風呂敷を広げても技術が後からついてきて大成功した。この形式がシリコンバレーでは賞賛されている。

Justin Sullivan/Getty Images

スティーブ・ジョブズの場合、彼がとんでもない理想で大風呂敷を広げ、それに技術があとからついてきて実現するという形で、アップルはイノベーションを推進した。アップルがあまりに大成功したために、「既存の秩序を破壊するほど(ディスラプティブ)のイノベーションは、こうした強引なやり方がある程度なければできない」と信じられ称賛され、場合によってはその理想を実現するために従業員を追い詰める「ブラック企業」であっても仕方ない、という考え方がシリコンバレーでは有力である。

「できるまではごまかせ」

『Bad Blood』の中で、この風潮は「Fake it till you make it」(できるまではごまかせ)と表現され、マイクロソフトもアップルも、過去に何度もこういうことを経てきていると指摘されている。

エリザベス・ホームズを支持した人たちも、こうした考え方があったからこそ、多少疑問をもってもそれを振り払った。そして、イーロン・マスクが一方的に切り捨てられることがないのも、同じ理由だ。

シリコンバレー在住でベンチャーとのつきあいが長い、コンサルタントの渡辺千賀さんは、ブログの中で「なぜジョブズは成功しホームズは失敗したのか」について書いている。

「コア技術の著しい進歩という背景があったからこそ、それまで『できそうでできなかったもの』『できたけれどイマイチだったもの』をコンセプトとして押し出し、それを世の広めるエバンジェリストであるジョブズのような人が成功できた。一方、エリザベス・ホームズが目指した『一滴の血液で数百種類の血液検査を可能にする』というゴールは技術的に不可能だった」

進化のスピードも、実際に世に出てユーザーに可否が評価されるスピードも早いIT技術に比べ、研究開発にもユーザーへの影響の評価にも時間のかかる、医療の分野では同じ法則を適用するわけにはいかない、ということもある。

テスラは「世界を救う」技術なのか

では、テスラの「電気自動車」の場合はどうなのか?

人によりいまだにこの点の評価が分かれていることが、イーロン・マスクの評価を難しくしている。マスクは、すでにまとまった数の電気自動車を世に出し、ユーザーからの評価も得ているので、エリザベス・ホームズほどの「無根拠・詐欺師」ではない。ここまでは、よかったのである。

しかし、私は「鋳物とプレスで金型の量産効果がとても大きいガソリン車に比べ、電気自動車の電池とモーターは量産効果がより小さい」と思っているので、彼が「テスラのモデル3を量産すれば、より多くの人の手に、低コストでエコな電気自動車が行き渡る」という「世界を救う」理想は、実現が難しいのではないかと思っている。「そもそも実在しない理想の技術を作れと従業員を追い詰めている」という面では、ホームズと同じ失敗に陥る可能性もあると考えている。

嘘を見破るに「汗をかく」

テスラの電気自動車。

テスラの電気自動車。低コスト電気自動車は実現するのか?この評価が分かれていることが、イーロン・マスクの評価を難しくしている。

Spencer Platt/Getty Images

実際にセラノスの検査機器で間違った検査結果を出されて被害を被った患者もいたが、少数のうちに止めることができたのは不幸中の幸いだった。ホームズの嘘にだまされて大損を被ったのは、億万長者の投資家ばかりで、この程度の損はハエが止まったぐらいのものだ。その意味では、スキャンダルといっても、大した被害は出ていない。

ホームズの嘘を見破っていた人たちもいる。それは、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)である。

前出の渡辺さんは、さらにこうブログに書いている。

「これだけの大規模増資ならばほぼ必ず含まれているはずのセコイアやアンドリーセン・ホロウィッツなどの大手ファンドが全く投資家リストにない。これは、シリコンバレーのベンチャーとしては異例なことである。」

「シリコバレーを代表する大手ファンドであり、医療系ベンチャーにも数々の投資をしてきたグーグル・ベンチャーズ(GV)の代表は、『何度かセラノスへの投資を検討したが、あまりに不明瞭な点が多かったため投資しなかった』と話している。実際GVの社員がセラノスの検査所に血液検査を受けに行ったら、指先からではなく腕から静脈血をたくさん取っていることが判明し、『宣伝に偽りあり』と判断したとも言っている」

海千山千のシリコンバレーのインサイダーたちは、セラノスを持ち上げる賞賛の嵐の中でも、静かにセラノスを切り捨てていた。

「誰かがほめていたから」ではなく、「自分の目で見て判断する」ことができるかどうかが、こうした嘘を見破れるかどうかの違いとなる。

そして、その判断力を養うには、現場の話を聞いたり現場を見たり、製品を使ってみたり、文献を読み込んだりなどといった「汗をかく」ことが必要である。シリコンバレーでベンチャー投資をしようとする日本企業が最近多いが、「現実歪曲空間」を称賛する空気や、有名人を並べたハッタリにだまされないようにするためには、結局「自分で苦労して経験を積む」ことしかない、と渡辺さんは結論づけている。


海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。

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