2018年9月10日、自民党総裁選の候補者共同会見に参加した二人の候補者、安倍晋三首相と石破茂元幹事長。多くの国民がこの時点で「盛り上がらない総裁選」と感じていた。
REUTERS/Toru Hanai
本日9月20日に投開票された自民党総裁選で、安倍首相が連続3選を決めた。国会議員票では安倍首相329票に対し、石破茂元幹事長が73票。党員票では同224票対181票で、大方の予想通り安倍首相の圧勝劇に終わった。
安倍首相が「若い人たちがワクワクするような、未来に夢と希望を抱くことができる政策を立案し、実行していくことが何よりも重要だ」(日本ベンチャー大賞表彰式での挨拶)と期待を寄せる次世代の担い手たちは、今回の総裁選をどう見たのか。また、政治の現状をどう見ているのだろうか。
Business Insider Japanは、通信・インターネット業界を中心とする10代〜30代の若手有力起業家40人に、匿名を条件とするアンケートを実施。総裁選への関心や次の首相に期待することなどを聞いた。
意外にも、7割が総裁選に「関心がある」
この人が出れば総裁選に「動きがある」と言われた野田聖子総務相は、「20人の推薦人を集めることができなかった」ことを理由に出馬を断念。
REUTERS/Issei Kato
有力候補とされていた岸田文雄政調会長、野田聖子総務相が相次いで出馬を断念したことで、事前にある程度勝敗が見えてしまった今回の総裁選だが、若手起業家たちはそれでも興味を持っているのだろうか。
約7割が「関心がある」と答えた。
この質問に対しては、約7割が「関心がある」と答え、その理由として、「自分たちの事業に影響があるから」という声が多く寄せられた。
・ベンチャー周りの市場環境に大きく影響を及ぼすため
・実質的に次の首相が決まり、それが今後の日本を左右するから。特に東京オリンピックが控える今、ここで日本のリーダーが決まることは非常に重要な分岐点である
・「失われた20年」の後、ようやく日本復活の兆しが見えてきて、今後の舵取りがより重要と思うため
・アベノミクスの振り返りという意味合いが色濃く、両候補の「経済対策」が大きな争点になりそうだから
一方、「関心がない」と答えた人は約3割で、どちらが当選しても「影響があまりない」という理由がほとんどだった。
・誰が当選しても、私の生活への影響はそこまで変わらないため
・(良い意味で)どうなってもそれほど変わらないから
・どちらの候補にも期待できない
次期首相は……「安倍晋三」「小泉進次郎」で6割超
総裁選投開票日を翌日に控えた2018年9月19日夕、JR秋葉原駅前で開かれた安倍首相の演説会。甲高い演説の声と「安倍辞めろ」の怒号が混じり合って一帯は騒然とした雰囲気に。
撮影:川村力
総裁選への興味関心の有無はともかく、起業家たちは、誰が次の首相にふさわしいと考えているのだろうか。総裁選に立候補していない人物も含めて、政党、民間人問わず自由に回答してもらった(一部複数回答あり)。
誰を挙げてもいいという自由回答方式にもかかわらず、安倍晋三首相の続投を求める声が最も多かった。
結果は、約4割が「安倍晋三」と答え、現職の続投を望んでいることが明らかになった。次点は、世論調査でもよく名前が挙がる「小泉進次郎」。次の首相にふさわしい人は「いない」がその後に続いた。
今回立候補している「石破茂」はわずか3票。通信・インターネット業界で活躍する起業家が多かったためだろうか、「孫正義」も3票を獲得した。
「安倍晋三」と回答した人は、支持する理由を長文で付す割合が高く、支持熱の高さが伺われた。
・現在の日本には、東京オリンピック以外に好材料となる経済指標がないと感じる。人口減少は止まらず、科学技術でも他国に遅れを取っている。(そんな苦境の中で)安倍政権はこれまで規制緩和によって、経済成長を果たし、失業率も最低レベルになった。多少の疑惑はあれど、それに目をつぶりこの路線で行く必要があると感じる
・政策の細部には意見もあるが、総合的には評価している。特に外交については他にできる人物が見当たらない。今の経済成長も長期政権であるからこそ実現できている。不毛な議論を好む野党には、日本の未来を真剣に考え、与党とともに取り組む姿勢を期待したい
・安倍首相には実行力があると思う。憲法改正も重要だと思うが、その前に働き方改革をやり切ってほしい。これからの日本社会にとって非常に重要な施策だ。民間には浸透してきた感があるので、特に劣悪な働き方の残る国家公務員にもその波を
その他の名前を挙げた人たちは、次のような理由を付した(カッコ内は支持する人物)。
・リーダーシップがあり、日本の課題を正しく認識している印象がある。ポピュリズムに走らず言うべきことは言う力がある(小泉進次郎)
・何よりも若い世代の意見を自分ごととして捉えている政治家を希望する。また、年配の人たちを巻き込むことができるくらいの人気も必要。そして何より、真っ当な人間であること(小泉進次郎)
・社会保障の充実とマクロ経済政策のセットで行う産業、地域別のミクロ経済政策を期待する(石破茂)
・これからの時代は外交。資源も人も少ない日本は海外との付き合いなしで発展はありえない。プレゼンスが高く、コミュニケーション能力とスピード感のある孫さんみたいな方が各国と関係を築ければ、日本の潜在価値を大いに活かせると思う(孫正義)
ベンチャーや若い世代への投資を期待
2017年9月、国会で会話を交わした安倍首相と小泉進次郎・自民党筆頭副幹事長。若手起業家たちも小泉氏への期待は大きいようだ。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
次の首相に期待することとしては、アンケート対象の立場を反映した結果そのもので、ベンチャーや若い世代への投資を求める声が大半だった。
・ベンチャー育成環境の追加支援(安倍晋三)
・若い世代への投資や新技術の活用を本格的に検討してほしい(安倍晋三)
・日本は変化せざるを得ない状況にあると考えているが、変化のためには、与野党の政治家だけでなく官僚も含めた体質変化が必要。現状、それが進んでいるようには思えないため、危惧している(安倍晋三)
・票を多く持つ高齢者向けの施策が多いので、これからの時代を作らなければいけない若者への施策を増やしてほしい(小泉進次郎)
また、次の首相にふさわしい候補が「いない」と答えた人からは、グローバルな視点のなさや統治機構の問題を指摘する厳しい声が多く寄せられた。
・日本の個別最適ではなく、グローバルな全体最適を考える人に首相になってほしい
・優れたリーダーがいても、統治機構に欠陥があってはその力を引き出すことはできない。時に痛みを伴う改革課題を先送りして、有権者の最大公約数的な同意を買い、選挙に勝つことが統治機構を動かすゲームのルールになってしまっている。ゲームの攻略が上手い政治家は誰か、ということに関心を持たざるを得ない現状は問題だ
・若者は、自分たちは日本社会全体におけるマイノリティーであり、施策対象の中心にはなりづらいと考えてしまっている。そういった環境の中で積極的に参画をしていこうという意欲は持てない
「今後も大きな変化はない」という冷めた視線
安倍首相が「聖地」秋葉原での演説会を終える頃、渋谷ハチ公前では石破茂・自民党元幹事長の街頭演説会が行われた。怒号が飛び交った秋葉原とは全く異なる、淡々とした語りが続いた。
撮影:竹下郁子
総裁選に関心のある人もない人も、現状への問題意識を強く持っていることは、ここまでの回答から明らかだ。では、若手起業家たちは、これから政治や選挙に変化の季節が訪れ、問題が解決されていく未来を予想しているのだろうか。
これについては、6割以上が「大きく変化しない」と答え、将来の政治や選挙への期待の低さが明らかになった。
6割以上が政治はこれから「変化しない」と回答した。
「変化する」と答えた4割弱の人たちは、願望も込めてだろうか、インターネットの活用や若い世代の活躍を期待する声を寄せた。
・多くの有権者が高齢化し、投票率を上げるため18歳からの選挙権が解禁され、今後はインターネット投票を導入せざる得ない。そうなれば、結果的に政治のあり方や選挙の仕方が変わるだろう
・インターネットによる投票、ロボット開票やAI分析が可能になるなど、さまざまなのテクノロジー活用により若年層の投票率を上げる施策の導入が予測される
・さまざまな組織や産業において、今までのやり方の問題が明らかになり、若い世代による改革が起きている。政治も例外ではないだろう
・国民が直接投票する首相選挙と任期4年を強く希望する。そうすることで、国民に政治への関心や当事者意識が芽生え、首相にも強い実行力が求められるようになる
最もアベノミクスの恩恵を受けている層
安倍首相の街頭演説の一角に、応援旗がずらりと並ぶ。が、実はこの周辺では「アンチ安倍」集団が声を枯らして「安倍辞めろ」を叫び続けていた。
撮影:川村力
自ら事業を起こし、社会に変革を起こすのが起業家だが、政治に関しては現状維持を望み、安倍首相の続投を支持する形となった。専門家はこうしたアンケート結果をどう見るのだろう。
東京大学先端科学技術研究センターの佐藤信助教(30)は「石破元幹事長は地方に向けてメッセージを送っており、東京に住む若手起業家にとって魅力が薄い候補に感じられるのは仕方ない」とした上で、アンケート結果はある程度納得できるものだと語る。
「世論調査でも若い世代に自民党支持の傾向が出ており、若者世代が知っている自民党は、つまり安倍政権。加えて、今回のアンケートの対象は、石破元幹事長が『東京一極集中』だと批判する、東京に住む若手起業家が中心であり、特にアベノミクスの恩恵を受けている層だと言える。地方や単純労働者が対象であれば、(若い世代でも)ここまで圧倒的な差にはならなかったのではないか」
東京大学先端科学技術研究センターの佐藤信助教
撮影:室橋祐貴
佐藤さんが「特に」アベノミクスの恩恵を受けている層と指摘しているように、2017年の国内ベンチャーの資金調達額は過去最高を更新し、好景気の恩恵を享受している(「2018年2月8日ジャパンベンチャーリサーチ」より)。
さらに、「起業家は自ら新たな地平を切り拓ける人たち。そういう意味では、政治に何かしてもらう、というよりは、政治が邪魔しなければ良いと思っているのかもしれない。ポジティブに言えば、現状に不満を持っていないが、ネガティブに言えば、政治に関心を持っても仕方ない、希望を見出していないとも言える」
そう分析する佐藤さん自身も、1988年生まれの若い世代。アンケート対象の起業家たちとは違う立場だが、政治の専門家の視点から、首相になる人物に何を望むのか聞いてみた。
「誰が首相になっても、公文書管理や官僚の働き方の改善にはきちんと取り組んでほしい。出す情報は事実、というのは信頼できる政府にとって最低限必要なこと」
森友・加計学園問題をはじめ、国民に不信感を抱かせることの多かった第二次安倍政権だが、果たして3期目は「最低限」を満たしつつ、次世代を担う若手の期待に応える政治を実現できるだろうか。(アンケート結果部分は敬称略)
(文:室橋祐貴、取材:室橋祐貴・木許はるみ・川村力・西山里緒)
※編集部より:総裁選の結果を受けて、記事をアップデートしました。2018年9月20日 16:00