[更新]東京五輪ボランティア問題、11万人“動員”はやりがい搾取か ── 支給は1000円のみ、不安な熱中症対策

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けたボランティアの募集が9月26日から始まる。目標は11万人。暑さが予想される中での過酷なスケジュールに加え、文部科学省を通じた学生への呼びかけ、マイナンバーとの連動など、国をあげての“動員”に「やりがい搾取」だと批判の声も上がっている。

活動補助として1日1000円カード

広瀬すず

東京五輪・パラリンピックボランティアの募集がいよいよ始まる。キャッチコピーは「青春のど真ん中」だ。

出典:東京ボランティアナビ

東京五輪・パラリンピックで必要とされるボランティアは、競技会場や選手村で競技運営や観客のサポートをする「大会ボランティア」が8万人、空港や会場の最寄り駅などで交通案内をする「都市ボランティア」が3万人。前者は大会組織委員会、後者は東京都がそれぞれ運営主体になっている。

2012年のロンドン五輪が約7万8000人、2016年のリオ五輪が約5万人だったことを考えると、破格の多さとなっている。

応募期間は12月上旬まで。2019年以降、チームワークを高めるためのオリエンテーション、基礎知識を学ぶ共通研修、役割別・会場(配置場所)別の研修、さらにリーダー候補者はリーダー研修を受ける必要がある。

大会ボランティアは1日8時間程度(休憩・待機時間含む)で10日以上、都市ボランティアは1日5時間程度(休憩時間含む)で5日以上活動できることが基本条件だ。

支給されるのは、ユニフォーム一式、活動中の飲食物、ボランティア活動向けの保険。だが、交通費も自腹、という批判が高まったせいか、組織委は9月18日に、1日あたり1000円相当を支給すると発表した。現金や交通機関のICカードではなく、独自のプリペイドカードを作るという。 新しくカードを作ると決めたボランティア検討委員会の座長を務める清家篤・慶應義塾学事顧問は「組織委員会の予算枠の中で最大限出せる額を提示していただいた」(NHKより)、同じく検討委の二宮雅也委員・文教大准教授は「交通費に限定して考えるより、滞在中の(活動)補助に1000円を出すと理解していただければ」(産経ニュース9月18日)と発言したと報じられている。

これに対し、「無償ではないと主張するための“アリバイづくり”にしか思えません」と指摘するのが、『ブラックボランティア』などの著者、本間龍さんだ。博報堂に17年間勤務した経験から、組織委とスポンサー企業との関係性など、商業化する五輪の問題点を指摘してきた。

国内スポンサー収益は推定4000億円以上

本間龍

五輪ボランティアをテーマにしたトークイベントに出演した本間龍さん。

撮影:竹下郁子

「ただ働きだという批判に応えたつもりかもしれませんが、時給に換算すると125円新しく作るというカードはスポンサー企業に発注するのではないでしょうか。それこそ予算の無駄使いです。この五輪がアスリートでも国民でもなく、スポンサーファーストだとよく分かります」(本間さん)

さらに本間さんが疑問視しているのは、ボランティア検討委が「予算枠の中で最大限出せる額」だと主張したことだ。

東京五輪のスポンサー企業は国内スポンサーだけでも50社を超える。

スポンサーはIOCと直接契約を結び、4年で400億円程度の協賛金を支払うと言われているコカ・コーラやトヨタ自動車などの「ワールドワイドパートナー」と、組織委と契約する国内企業が「ゴールドパートナー」「オフィシャルパートナー」「オフィシャルサポーター」という3つのランクに分かれている。本間さんは契約金がゴールドで150億円、パートナーで60億円程度だと見ており、組織委は4000億円以上の協賛金を集めると推測している

2017年に2度、本間さんがメディアを通じて組織委に協賛金の総額とその使い道を尋ねたところ、「国内スポンサー予算は2500億円を計上している」(現在の最新予算では3100億円「大会経費V2(バージョン2)」)「大会運営費に関しては、スポンサーセールスの状況にかかわらず楽観視できない状況」という回答しか得られなかった。総収入額と計上額では差があるのは当然だ。予算の内訳も不透明なまま「最大限出せる額」と主張し、国民にボランティアを強いることに納得がいかないと本間さんは言う。

「今のオリンピックにアマチュアリズムはありません。今回のスポンサー収入は異例の額で、組織委とスポンサー企業、そして両者の窓口になっている電通は収益など多くのメリットがあります。商業イベントである五輪でなぜ無償ボランティアを使うのか、私が言いたいことはそれに尽きます。これまでも開催国はそれぞれの事情に合わせてお金を支払ったり、環境を整えたりしてきたんですよ」 (本間さん)

過去には有償、交通費支給・宿泊支援も

リオ五輪

リオ五輪のボランティアたち。「シティ・ホスト」は有償だった。

shutterstock/Shahjehan

2016年のリオデジャネイロ五輪では日本の都市ボランティアにあたる「シティ・ホスト」はリオ市が有償で雇用しており、2018年の平昌冬季五輪では交通費が支給され宿泊施設も用意された。1998年の長野冬季五輪でも宿泊が必要な県外からの参加者には県が支援をしている。 五輪ではないが、今夏にジャカルタで開催されたアジア大会では路線バスの無料パスに加え、1日あたり30万ルピア、日本円にして約2300円の日当が支払われた。これは現地の会社員が1日に稼ぐ金額に相当するという。

翻って日本は、1日1000円のプリペイドカードのみだ。日当はもちろん宿泊費や施設の支援もないことを考えると、長野冬季五輪からも後退していると言えるだろう。

「長野冬季五輪ではボランティアが足りず、県や市の職員が動員されました。彼らはもちろん有給です。東京でも人が足りなかったら都や近郊の公務員が有給で動員される可能性はあると思います。ボランティアは無償なのに、ね」(本間さん)

なぜ日本は無償ボランティアに頼るのか。本間さんが前出のスポンサー協賛金と同様、組織委に尋ねたところ、以下のような回答があったそうだ。

過去大会においても、無償で活躍する多くのボランティアを前提に運営している。

他では決して得られない感動を体験していただく貴重な機会になる。

活動意欲を高め、一体感や誇りを感じられるようなユニフォームや研修、飲食の提供などについて、今後詳細を検討していく。

近年の五輪ボランティアの待遇が日本で現在想定されているものより遥かに良いのは前述の通り。「感動」「一体感」「誇り」という言葉は“やりがい搾取”の常套句だろう。

さらに、ボランティアの原則である「自主性」を軽視するかのような動きも広がっている。

大学生は「就活に有利」?中高生の「内申書」は?

東京五輪ボランティア

五輪ボランティア募集のPR動画。本間さんは「組織委がどんな人材を求めているかよく分かる」映像だと言う。

出典:東京ボランティアナビ

「みなさん、青春のど真ん中にオリンピック・パラリンピックがやってきます。さぁ、世界をもてなそう」

俳優・広瀬すずさんの呼びかけに、学生たちが同じ方向に向かって一斉に走り出す。真っ赤なワンピースを着た広瀬さんと、黒い制服の学生たちが対照的な動画が、五輪ボランティア募集のPRのために作成された。

五輪ボランティアの参加条件は「2002年4月1日以前に生まれた方」。比較的自由に時間が使える大学生、未来の大学生である高校生がメインターゲットだと本間さんは見ている。

2018年7月、文部科学省とスポーツ庁から国公私立大学長 と国公私立高等専門学校長宛てに通知が出されたことが大きな話題を呼んだ。大会期間中に授業や試験を行わないよう授業開始日を繰り上げたり、祝日授業実施の特別措置を学則の変更や文科大臣への届出無しでできること、またボランティアに参加する学生に単位を付与することができると強調した。新たな規定を設けたわけではないが、改めて協力を要請したかたちだ。

これまでも選手村の施設建設のための地方自治体からの「木材供出」、メダルのための携帯電話やパソコンの回収などが「まるで戦時中」だと批判されてきたが、この時もネット上に「学徒動員」などの声が上がった。

しかし、都内119校の大学のうち66%が授業や試験日をずらすことを検討または予定しており、ボランティア参加を単位として認めるまたは検討していると回答した大学は49%にのぼる(NHKより)。

早稲田大学

出典:早稲田大学ホームページ

組織委は全国800以上の大学と連携協定を結んでおり、ボランティア確保のために着々と準備を進めてきた。すでに亜細亜大、順天堂大、早稲田大などでスポーツボランティア養成講座が設けられているが、単位目当ての活動はボランティアと言えるのか疑問だと本間さんは言う。

「五輪ボランティアに参加すれば就活に有利になる、そんな指導をしている大学のキャリアセンター職員がいるとも聞きました」

また組織委は一般の大会ボランティアとは別に、「中高生枠」を設ける方針だ。観客の誘導、サッカーやテニスのボール拾い、入場待ちの観客への楽器演奏などを検討しているという。

「本人が希望していれば良いですが、部活やクラスでの動員になると、嫌でも参加しないといけない同調圧力が働くでしょう。中学生の子どもを育てる保護者も『熱中症は心配だけど、欠席して内申書に影響があるとよくないし……』と困惑した様子でした」(本間さん)

マイナンバーで管理、ボランティア保険の内容は不明

東京オリンピック

官民総出でオリンピックに向けて動き出している。

shutterstockNed Snowman

働く世代ももちろんターゲットだ。東京都は2018年、ボランティア休暇制度を導入した企業に20万円を助成すると発表。500社を対象とする見込みだ。

スポンサー企業にもさまざまな動きがある。ゴールドパートナーの富士通はボランティア参加を社員に呼びかけ、約300人が参加する予定だ。事業では「データセンター」として、競技運営に必要なデータを扱うためのサーバー、ストレージやサービスなどを提供していくという。

富士通は8月、ボランティアの身元確認や入場管理にマイナンバーカードを活用することに向けた調査研究事業を総務省から受諾したと発表した。まずは11月に宮崎県で開催されるITUトライアスロンワールドカップで実証実験を行うという。マイナンバーは税や社会保障など行政手続きの効率化のために導入された。その個人情報を五輪に紐付けることに、本間さんは異議を唱える。

「ボランティアに参加するだけでこんな個人情報まで差し出さなければならないなんて、おかしいですよ。途中でボランティアを辞めたらその情報が残り、どこかで不利に働くかもしれません。体調を崩して辞めたくとも、情報が残ることを懸念してためらう人だっているかもしれない」

本間龍

ボランティア検討委員会の議事録を開示請求したところ、黒塗りがあったという。

撮影:竹下郁子

熱中症も心配だ。組織委はボランティア活動向けの保険をかけると発表しているが、その内容については不明なまま。酷暑の中で活動するボランティアの命と健康に責任を持つのか、最高責任者は誰なのか本間さんが組織委に質問したところ、明確な回答は得られなかったという。

Business Insider Japan編集部からもボランティア保険の内容と暑さ対策について質問しているが、現時点(2018年9月22日)で返答はない。

Business Insider Japanからの質問に組織委が9月26日に回答した。以下に、追記する。

ボランティア保険の内容は検討中とのこと。暑さ対策に関しては、(1)冷房のある休憩エリアや屋根付き休憩スペースを設置予定であるほか、(2)連続屋外活動時間の上限の設定、(3)屋内活動と屋外活動のローテーションなど、「活動環境の整備に努めていきます」。ユニフォームなど配布物の工夫も検討している。熱中症については「早期の発見と対処で重症化を防ぐことができることから、共通研修や大会直前に実施予定の会場別研修を通して、自身のコンディション管理に関する研修等を行う予定です」

そしてマイナンバーカードについては「本人確認のための身分証の1つとしての利用は検討していますが、マイナンバーそのものを収集することはなく、マイナンバーカードに記録等が残ることはありません」と明言した。(追記ここまで)

「組織委は今回培ったものを『レガシー』として継承したいと謳っています。招致を目指す2025年の大阪万博、2030年の札幌五輪にも『タダボラ』を活用したいのでしょう。これが成功したら、新たな搾取システムが生まれてしまう。私はボランティアを否定しているのではなく、こんな無責任な組織・国のもとで動員されることに警鐘を鳴らしているんです。みなさんの命と時間にはもっと価値があるはずです」(本間さん)

(文・竹下郁子)

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