米中貿易戦争の影響をなぜ金融市場は軽視しているのか。実害という「返り血」見るまで目覚めないのか

中国習近平国家主席(左)とアメリカのトランプ大統領(右)

中国習近平国家主席(左)とアメリカのトランプ大統領(右)。

REUTERS/Damir Sagolj

米中貿易戦争が深刻の度を強めているにもかかわらず、金融市場はこれを意に介する様子が一切見られておらず、本邦でも円安・株高が勢いづいている。これと調子を合わせるようにやはり米金利も上昇しており、米10年金利は3%台を回復している。足許の金融市場は米中貿易戦争など恐れるに足らずという様相だ。

しかし、アメリカの対中輸入全額に20%以上の関税がかかろうとしている状況下、このようなリスク選好ムードが支配的となることには強い違和感を覚えざるを得ない。

作戦変更で一気に叩き込む方針に

現状を整理しておきたい。トランプ米政権は9月17日、通商法301条を根拠に対中輸入2000億ドル(22兆4000億円)を対象とした10%の追加関税を9月24日に発動すると発表した。これを7月6日発動の160億ドル(1兆7920億円)、8月23日発動の340億(3兆8080億円)ドルに続く「第三弾」と報じる向きが多いが、元々トランプ大統領は「当初は500億ドルに25%を課税する。これに報復があった場合は2000億ドルに10%を課税し、さらに報復があれば、また2000億ドルに10%を課税する」という三段構えを主張していた。

要するに、9月24日発動の2000億ドルは当初予定に沿った「第二弾」という位置付けである。第一弾は金額を細切れにして中国の譲歩を狙ったものの思惑通りに動かなかったので、第二弾は一気に叩き込んだというのが実情に近いのだろう(以下、今回の2000億ドルを第二弾と呼ぶ)。

なお、この第二弾に係る税率は年内10%で運用され、2019年1月以降は25%に引き上げられるという。金額ではなく税率を細切れにすることで譲歩を狙う作戦に切り替えたと読める。いずれにせよ、2017年の対中輸入額(約5063億ドル=56兆7056億円)の半分に相当する2500億ドルがいよいよ制裁対象となる。

これまで同様、中国はすぐに報復措置で反応しており、第二弾に対しては米国産の液化天然ガス(LNG)など600億ドル分への関税を同日(9月24日)に発動するとしている。トランプ大統領は第二弾への報復があれば、追加的な2670億ドルへの課税で対応すると宣言しており、これは当初予定(2000億ドル)から増額している。

要するに対中輸入全額を対象とするという意思表示であり、これも近日中に詳細が出てくる可能性がある。このように3カ月前に500億ドルで始まった対中制裁は瞬く間にその規模が拡大しているのだが、市場は事態の深刻さに全くついて行っていない。

米国も「返り血」は不可避の情勢

米国の対中輸入

だが、「対中輸入全額を対象とする」と公言しながらも、自国の大手IT企業が擁する一部製品を除外するとの話も出ており、図らずとも現在の強硬路線に伴う「返り血」を恐れているという胸中も透けて見える。

アメリカの対中輸入に関し、シェアの大きい順に並べると「携帯その他」が13.9%、「PC」が9.0%、「通信機器」が6.6%、「PC周辺機器」が6.3%となっているが、図①に示されるようにアメリカが輸入するそうした製品の4割強から7割弱が中国由来である。

今後、課税対象を広げていけば、やはりこれら製品へ値上げの波が到来することは不可避だろう。まずは年末商戦への影響有無などを見定めることになるだろうか。こうした論点に目をやるだけでも、やはり現在のリスク選好ムードには違和感を覚える。

IMF分析 vs. 金融市場

なお、7月にはIMFが貿易戦争の影響度を分析した報告書を公表し注目された。これは厳密には7月21~22日にブエノスアイレスで開催されたG20 財務相・中央銀行総裁会議に合わせた討議資料『G20 Surveillance Note』の別添資料(Annex)「貿易戦争の国際的な影響(The Global Impact of Escalating Trade Actions)」であった。

これによれば、最も深刻なシナリオが実現した場合、最大の影響を受けるのはアメリカでGDPは1年目で▲0.8%減少すると試算された。そのほか世界GDPは▲0.4%、アジア新興国は▲0.7%、日本と中南米は▲0.6%、ユーロ圏は▲0.3%と試算されている。

ちなみに「最も深刻なシナリオが実現した場合」というのは、他にも想定すべきシナリオがあるからであり、IMFは大別して4つを示している。それは

①Adopted Tariffs(発動済みの関税)シナリオ、②Additional Tariffs(追加関税)シナリオ、③Car Tariffs(輸入自動車関税)シナリオ、④Confidence Shock(信用危機)シナリオである。

復職した鉄鋼業従事者たち

トランプ大統領が支持基盤を守ろうとすれば、米国のみが損をするとIMFは分析している。

REUTERS/Lawrence Bryant

具体的に①はアメリカによる鉄鋼(25%)&アルミニウム(10%)と通商法301条に基づく対中輸入関税500億ドル(いわゆる第一弾関税25%)&これに対する中国の報復措置(500億ドルに25%)、②は対中輸入関税2000億ドル(いわゆる第二弾関税10%)&これに対する中国の報復措置、③は輸入自動車に対する追加関税(25%)&これに対する各国の報復措置である。④は貿易戦争への懸念が企業心理などを大きく毀損し、世界的に投資意欲が減退してしまう状況である。

シナリオ①から④へ進むに従い状況は悪くなるが、すでに現状は②まで来ている。いや、第二弾関税が年明けには25%へ引き上げられる恐れがあり、さらに2670億ドルの追加関税発動も示唆されている事実を踏まえれば、正確には②と③の間と考えるべきかもしれない。

このIMF分析では「全てのシナリオで損をするのはアメリカのみ」という結果になっており、シナリオ③までの事態ならばユーロ圏や日本はむしろ「漁夫の利」を得て基本シナリオ対比プラスだという結果になっている。これは当然の話である。

けんかを多方面に仕掛けたアメリカは多方面から報復を受けるので(少なくとも試算上は)最も大きな下押し効果を食らうことになる。報告書ではこれを「the “hub and spoke” nature」と呼んでいる。 一言で言えば因果応報、自業自得といったところか。

主要国株価指数の推移

だが、現実の金融市場ではアメリカだけが利上げを続け、米金利は上昇、株価に至っては「米国株独り勝ち」が鮮明である(図表②)。市場参加者としてはIMF分析とは真逆の実情を映じる市場の読みが不適当なのか、それともIMF分析が不適当なのかを判断する瀬戸際に立たされていると言える。筆者はやはり前者と考える立場だ。

上記分析に伴いラガルドIMF専務理事はブログで「結局は全ての国の状況が貿易摩擦で悪化すると見込まれるが、国際貿易の非常に多くの部分が報復措置の対象となる米経済が特に脆弱(ぜいじゃく)」と述べているが、この見解が本件に係る最も端的かつ正確な理解と思われる。2000億ドルそして2670億ドルと追加関税が発動されていけば、今度こそ米経済指標にその実害が現れる。仮にトランプ政権の先鋭化した保護主義が後退するとしたら、そうした「返り血」を見て悔い改める展開くらいだろう。

トランプ米大統領

トランプ大統領は強硬な通商政策の「返り血」を恐れてもいる。

REUTERS/Kevin Lamarque

しかし、こうした米中間の通商紛争は保護主義・自由主義というイデオロギーを超えたハイテク産業の覇権争いにあるという論評も多い。とすれば、「返り血」を浴びてもなお、報復合戦が続く可能性も否めない。

ここまでの状況が見えているにもかかわらず、市場が楽観に傾斜している理由はどうにも理解できないのだが、少なくとも今はそのような懸念を歯牙にもかけない値動きが当然のように続いている。

ただのポジション調整なのか、それとも貿易戦争の影響など大したことないと踏んでいるのか。だが、IMF分析についてはサプライチェーンへの打撃をモデルが上手く組み込んでおらず、むしろ最悪シナリオにしても楽観的だという見方すらある。

筆者はあくまでも金融市場は最後には「貿易戦争は債券高・株安要因」という「あるべき展開」に戻ってくると考え、現状のムードに流されないことが最終的に報われる取引になるという立場で市場を見ている。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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