「打席に立てない」と焦る大企業の若手へ。33歳広告マンが経営会議に参加するまで。「辞める」だけが選択肢ではない

今いる会社がつまらないと考えた人がとる道は、3つある。「辞める」か「染まる」か「変える」か

松坂 俊さん

チャンスが少ない状況に危機感を感じ、McCANN MILLENNIALS(マッキャンミレニアルズ)を立ち上げた松坂俊さん。

撮影:岡田清孝

100カ国超で展開する世界有数の広告代理店、マッキャンエリクソンに勤める松坂俊は、現在33歳。一時期は、大企業で自分の存在感を示すことができないことに、焦りばかりを感じていた。だが、少しずつ自分の働き方や会社の制度を変え、今では「やりたい仕事を自ら作って働く」ことができている。

若手リーダーとして経営会議にも参加

例えば、松坂が手がけるプロジェクトの多くは、広告主ありきの受注案件ではない。まずは同世代の若手とともに、自主的に企画を立ち上げる。それを数カ月のスピードでプロトタイプにしたのちにスポンサーを募る。この方法で、AIをクリティティブディレクターにしたCM作りなど、世界的に話題となるプロジェクトやプロダクトを次々と生み出してきた。

若いうちにアジアで仕事をしたいと上司に直訴して認められ、現在はひと月のうち3週間は家族とともに移住したマレーシア、1週間は日本で働いている。

アジア各国の若手有志をとりまとめるリーダーとして、ミレニアル世代が抱える課題や興味を上層部に提案するために、経営会議にも出席する。

現在は、マレーシアで国策に関わるプロジェクトを推進し、10月末には副首相との対話も予定されているという。

なぜ、大企業にいながらにして、このような自由な働き方が可能になったのか。

松坂がどのように社内で実績を作り、会社と交渉し、今の働き方を勝ち得てきたかを知ることは、企業、特に大企業に勤めるミレニアル世代にとって多くのヒントがあるのではないだろうか。

若手は打席に立てない焦り

今は「やりたい仕事ばかりやらせてもらっている」と言う松坂も、入社当初から自分のやりたいことができたわけではない。20代の頃は、いつまでたっても打席に立てない焦りを感じていた。コンペで戦ったりクライアントの前でプレゼンをしたりしているのは、30代半ば以上の先輩ばかり。クリエイティブな仕事なのに、一度もプレゼン経験がない20代も少なくない。

問題の本質は、プレゼンができないことではない。自分で提案するプロジェクトと、上から降ってきたプロジェクトでは、思考の量が桁違いになる。

20代に自分のアイデアを形にする事から遠ざかっていることは今後のキャリアにおいて致命傷になるのではないか。松坂は焦りを感じていた。

その焦りがピークになったのは2015年、海外研修で「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)インタラクティブ」に参加した時のこと。過去にはTwitterなども生み出した展示会である。このイベントに参加して、松坂の焦りは明確な危機感に変わった。

「何よりショックだったのは、広告業界の人たちのセッションは、過去の事例を語るばかりで、未来への挑戦の話がなかったこと。IT業界の人たちの意気込みやスピード感に比べて、いかにこの業界が危機的状況なのかをまざまざと感じました」

と、松坂は言う。

「このままではヤバい。業界ごと衰退する」

マッキャンエリクソン松坂

若手有志でスタートしたマッキャンミレニアルズ。現在はアジアにも展開。

提供:松坂俊

松坂は、帰国後すぐに、アメリカで見た現実を社内の友人2人に伝えた。

「このままではヤバい。何かを変えないと、自分たちの仕事はもちろん、この業界ごと衰退する

松坂が入社以来感じていた課題意識は、彼らも感じていたことだった。

SXSWで見たIT企業のスタープレイヤーの多くは、自分たちと同世代。イノベーションのコストが下がり、ガレージでつくったサービスがいつしか世の中を変えている。これは、ポジティブに捉えれば、自分たち若手にも何か生み出すことができるはずだということ。マッキャンのブランドを使って、自分たちが良いと思うものごとや社会のためのアウトプットをすることが、会社のためにもなるはずだ。

「まずは、この現状を変える一歩を踏み出そう」

そう決めた3人は、自主的にアウトプットを生み出す若手チームをつくることに決めた。名前は「McCANN MILLENNIALS(マッキャンミレニアルズ)」。

このチームを作ったことが、松坂の会社員人生のターニングポイントになる。

デビュー作で花火をぶち上げる

通常、広告業界の仕事はクライアントからの発注があって初めて成立する。しかし、SXSWで最先端の共創事例を見た松坂は、クライアントありきのプロジェクトでは、広告業界自体をアップデートするような発想は生まれないことを実感していた。

そこで上司にかけ合い、「まずは自分たちがつくりたいものをつくり、その後にクライアントを見つけてくる。お金はかけないようにするので、自主的な活動を承認してほしい」と話した。

この時、松坂たちには2つの目論見があった。

まず、このような若手主導のプロジェクトを、いずれ会社の本業のプロジェクトとして進めていきたい。3人だけではなく、チームをつくろうとしたのはそのためである。参加人数が増えれば会社も無視できないに違いない。

そのために最初のアウトプットは、このチームの旗印になるものでなくてはいけない。最初の挑戦にインパクトがあってこそ人が集まるし、その後の活動がしやすくなる。話題性と同時にスピード感も重要だ。若手が自主性を持って動けば、こんなに早いアウトプットができることも見せなくてはならない。

デビュー戦として打ち上げた花火が、「AIでクリエイティブディレクターをつくり、そのAIが導き出した指示のもとに、人間がCMをつくる」というものだった。

このAIには日本最高峰の広告賞受賞作品のほか、 様々なCMを構造分解させ、最適なCMをつくるためのクリエイティブディレクションを学習させた。

業務の10%を有志活動に

マッキャンエリクソン松坂

ドイツで行われた広告業界のカンファレンスADCkongress2017に招待され、AI-CDを紹介する松坂さん。世界10カ国以上から呼ばれてプレゼンした。

提供:松坂俊

コンセプトに共感し、スポンサーに名乗り出てくれたのは「クロレッツ」の販売元であるモンデリーズ・ジャパン。 2017年6月には、AIが導き出したコンセプトに基づいたCMが発表された。

このプロジェクトはテレビ、雑誌、新聞など、世界40カ国 で120回以上の露出を果たす。たった半年でAIの開発を進め発表したことも話題となり、若手主導のプロジェクトが、ここまで大きなインパクトを出せるのかと業界を揺るがせた。

この華々しいデビュー戦の実績をひっさげて、松坂は経営会議で若手の自主的活動の承認を提案した。マッキャン・ワールドグループはカンパニー制なので、各社のミドル、トップ、社長に何度も面会を重ね、「McCANN MILLENNIALS(マッキャンミレニアルズ)」の構想を伝えた。その結果、チームメンバーは業務内10パーセントまでを「マッキャンミレニアルズ」の活動に充てていいと承認された

その後も「マッキャンミレニアルズ」のメンバーは次々と新しい発想のアウトプットを重ね、経営会議にも召集されるようになる。カンパニーの社長が悩んでいる課題解決を持ちかけられることもあるし、「マッキャンミレニアルズ」が気づいた課題を上層部にあげることもある。

2015年には想像もできなかった会社に対する働きかけが、「マッキャンミレニアルズ」を作ったことでできるようになった。

「自主的」をドライブにする強さ

大企業の若手有志団体が集まる「ONE JAPAN」に参加してからは、さらに活動の幅が広がっている。

ONE JAPANとは大企業の有志団体を運営する若手が集まる組織だ。結成2年を迎え、現在50社1200人が参加する団体となっている。

どの企業でも、「打席に立つ機会がない」という若手の課題感は同じ。若手から会社を変えていこうとする仲間たちと出会ったことも、松坂にとっては大きな刺激となった。若手同士であれば話もしやすい。企業の枠を越えた協業も多数進んでいる。

OneJapan

50社の有志団体が集まるONE JAPANで松坂は幹事を勤める。続々と協業やオープンイノベーションが生まれている。

撮影:岡田清孝

ONE JAPANで出会った富士ゼロックスや東芝とのコラボレーションで生まれた、「マインドフルネスを推進するロボット」もその一例だ。「CEATEC」でお披露目したところ、多数のメディアで取り上げられ「どこで買えるのか」「すぐに欲しい」と、話題を呼んだ。

この共創において松坂は、「自主的モチベーション」をドライブにすることの強さを知った。有志同士のコラボレーションなので、業務外の毎週末にミーティングを重ねたのだが、それぞれ持ち帰った仕事が1週間後には驚くべきスピードで進んで報告される。受発注で行われる普段の業務のスピード感と比べると、天地の差だった。

「全員の想いが強いし、みんなの距離感が近い。お互いリスペクトし合っているから、コミュニケーションも円滑で、驚きのスピードで物事が進んでいく。このスピード感こそ、僕がSXSWで憧れたオープンイノベーションの進め方でした」 (松坂)

マレーシアでは政府からの応援も

「SHIRO―MARU」

ONE JAPANの企業を越えた共創から生まれた「SHIRO―MARU」。

提供:松坂俊

現在松坂は、「McCANN MILLENNIALS(マッキャンミレニアルズ)」のアジア太平洋地域版を率いる責任者として、10カ国100名以上のメンバーを率いてマレーシアを拠点に活動している。「マッキャンミレニアルズ」をさらに成長させ会社に貢献するには、自分が国を超えたリーダーになるしかないと、自ら手を挙げたのだ。「グローバルに活躍するクリエイティブ人材を育てることは、社にも良い影響を与える」と、上司が日本社長とアジア太平洋の社長を説得してくれた。

このアジア版「マッキャンミレニアルズ」では、現在、マレーシアの国策に関わる新プロジェクトを進めている。

マレーシアでは17歳以上で未婚の女性をレイプなどの性的暴行から守る法律がない。そのような状況で、性的被害にあった女性たちを支援するNGOとともに、ライティングセラピー(被害について文字に書き起こすことによるセラピー)を行なっている時の脳波を可視化し、アート作品にするプロジェクトを進めている。このプロジェクトによって、国に議論を生み法律改正を促すことが目的だ。

会社にいながら「なりたい自分」になれた

stand tall

被害者たちの怒り、恐怖などを可視化する「Stand Tall」プロジェクト。社会的意義が評価されるとともに、「フロイト以来の発明」とセラピー分野での期待も高まっている。

提供:松坂俊

「僕は入社時からオープンイノベーションに興味があったのですが、正直、心のどこかで『そういった働き方をするには力をつけて独立するしか道はないだろう』と思っていました。でも、若手同士がつながり会社に働きかけることで、会社がこんなにも応援してくれるということがわかった。今は、なんていい会社だろうと思っています」

また「会社にいると、レバレッジが利く」ということにも気づいたそうだ。これはグローバルで働くようになって、さらに強く感じるようになったという。個人として発信しながら、世界中にいる同僚や各国のオフィスのバックアップを受けることができる。

会社員であれば、このレバレッジを最大限使わない手はない。独立だけが道じゃない。会社にいながら、なりたい自分になれる方法もある

若手同士、横のつながりを持ちながら、会社での存在感を増していく。その結果、自由な働き方を選択できるようになる。

大企業での若手の新しい働き方が、いま、注目を集めている。(敬称略)

松坂らを筆頭に、大企業にいながら一歩踏み出した若手の事例が『仕事はもっと楽しくできる』という書籍になりました。


佐藤友美(Yumi Sato):書籍ライター。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。本稿の松坂俊さんらを筆頭に、大企業にいながら一歩を踏み出した若手のチャレンジが集まるONE JAPANの『仕事はもっと楽しくできる』(9月27日発売)では、取材・構成を担当。

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