2万円以下の脳ドック登場。医療の「価格破壊」は医師のブラック労働を助長させるか

最近、2万円以下の格安脳ドックが出現し、話題になっている 。

脳ドックは通常3〜4万円以上することが多く、脳ドックの「価格破壊」ともいえる動きである。

画像診断をいくつも組み合わせるために高額になることも多い人間ドックだが、最近は画像検査を比較的格安で行う病院が複数出現している。

なぜ格安が可能なのか。施設により異なるが、

  • ICTを使って効率化している
  • 減価償却後の機械を使用している
  • 病院が保有しているMRIの空いている枠を埋めたり、シェアしたりしている

などの背景があるようだ。

ICTを利用して画像の読影を外部にアウトソースしたりスマホで結果を送信したりすると、読影に携わる医師や事務員の人件費を減らすことができる。さらに脳は他の部位に比べると、比較的撮影が容易で検査時間が短いため、時間当たり多くの検査をすることも可能で、格安検査が可能になっている。

医療ではこれまで、価格破壊といわれるような動きは見られてこなかった。医療は規制産業であり、保険診療における価格は、厚生労働省により決められた診療報酬に基づいて決定されている。同一の検査、同一の薬剤であれば、保険診療であれば価格が競合することはあり得ず、どこの医療機関でも同一の価格で提供される。

自費診療はこの限りではないが、保険診療における価格に近い値に落ち着くことが多かった。年1回の診療報酬改定で定められる各検査や薬剤、治療行為の「価格」は、諸外国などと比べると比較的安価なものが多く、これも価格破壊が起こらなかった理由であろう。

筆者が記憶する限り、これがはじめての「医療における価格破壊」現象だと思う。

死亡率減少はエビデンスはないが…

医師から説明を受ける女性

検査費が下がれば、受信のハードルは下がるが…。

Shutterstock/Have a nice day Photo

格安で検査が受けられるのは、一見メリットのように思われるだろう。受診のハードルが下がるように感じる人もいるかもしれない。病院側にも、薄利多売のモデルで利益を出せる仕組みになると思われる。

一方、検診の中でも死亡率減少のエビデンスがあり、有効性の高いとされる乳がん検診や大腸癌検診には、基本的にけんぽ組合や市町村からの補助が出て無料か安価で受けられることが多い。それ以上の検診を望む人は、自費で検査費を払って人間ドックなどを受けることが一般的だ。

脳ドックは脳動脈瘤を早期発見できる可能性はあるものの、それによって死亡率が減少しているという明確なエビデンスがない。日本独自の早期発見の仕組みとされているが、多くの施設で実施されるようになって一定期間が経過したにもかかわらず、実施施設の規模が一般的に少さく、前向きな研究もできないためか、エビデンスレベルの高いデータは得られていない。

ドックを受けるデメリットもある。ドックで偶発的に見つかった脳動脈瘤の治療(手術やカテーテルなどで行われる)で、脳梗塞などの合併症が起こる可能性は高くはないものの、存在する。自費で任意型のドックや検診を受ける場合は、メリットがデメリットを上回るかどうか、一度よく考えてみる必要がある。

医療のコンビニ化はブラック医師を増やす?

しかし、「検査の薄利多売」がこれ以上普及してしまうことには、デメリットも存在するのではないか。「医療のコンビニ化」という点で筆者は危機感を覚える。

安い施設に受診者が流れることで、これまでの価格で検査をしていた施設は受診者が減り、経営は苦しくなる。価格を下げるなどの「経営努力」をしていないから当然だと思われるかもしれない。しかし、現状でも検査の値段は先進国中では群を抜いて安く、それをさらに下げると、医師の「ブラック労働」問題がより大きくなる可能性もある(現状でも十分にブラックなのだが)。

現在、長期的には国民の医療費は増加の一途を辿っている。日本では「誰もがアクセスできる安くて質のいい医療」が展開されているが、結果的にこのような保険制度が医療者の働き方をブラックにしているとして、東京医大入試差別問題が明るみになった際にも多くのメディアで議論された。

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間も無く始まるMRI検査

日本における検査費用は、欧米に比べて格安だ。

Shutterstock/BaanTaksinStudio

国民の支払う医療費をあげるべきではないか、という議論も起こった。 「安くていい医療」は治療にかかわる部分だけではなく、画像診断や検診などでも同様だ。

例えば、CTやMRI検査の保険点数は CT560〜1020点( 1点=10円で計算、5600〜1万200円)、MRI 900〜1620点(9000〜1万6200円)。欧米ではこの数倍の価格に設定されていることが多い。

MRIなどの画像検査機器は技術の進歩も激しく、導入には億単位の投資が必要になる。安い金額設定では、回収のためには検査を多くこなさなければならない。日本のCTやMRIの台数は世界で抜きん出ている(添付資料)。日本は世界一病院の多い国だが、こういった事情も関係しているかもしれない。

「念のため」検査が多用される日本の事情

OECDのデータから作成された各国のMRI設置台数(2014年)

OECDのデータより

筆者作成

CT検査やMRI検査は、欧米ではかなりハードルの高い検査で、治療を要する疾患が高い確率で疑われないと受けられないと言われるが、日本では比較的簡単に検査が受けられる。例えば頭痛などで、診察上はくも膜下出血や脳腫瘍などの「重大な疾患」がそれほど疑われないような症例にも「念のため」検査が行われることが多い。こうした「検査のしすぎ」がしばしば問題になり、医師側もやみくもに検査しないよう繰り返し言われる。

特に、CT検査では被曝を伴う(磁気を用いて撮像を行うMRI検査には被曝はない)。日本の医療被曝による発がんが国際誌で問題にされたこともある(Berrington and Darby, Lancet, 2004)。

一方、病院経営の側面からはどこも経営が苦しいところが多く、できるだけ多くの検査を行い、薄利多売で収入を増やしたいという事情も、過剰検査を後押ししている。

今回あげた「価格破壊」脳ドックのような薄利多売モデルがさらに広まってしまうと、「安くて美味い」医療に求める国民の意識が改まるどころか、ますます増幅するのではないかと危惧する。将来的には保険診療にも影響するかもしれない。

規制産業の中の一部の「自由化」や「営業努力」が、局所的な現象に終わるのか、それとも、より大きな影響力をもたらしうるのか、われわれは注視する必要があるだろう。


松村むつみ:放射線科医、医療ライター。ネットメディアなどで、医療のことを一般の人たちにわかりやすく伝えることを心がけて記事を執筆。一般の方の医療リテラシーが高まることを希望している。人口問題や働き方など、社会問題にも関心が高い。

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