「地震が起きてから見舞金をバラまく」政府対応がもはや通用しないと言える理由——災害保険の視点から

地震 厚真町 北海道

2018年9月6日未明、北海道胆振地方を震源とする最大震度7の地震が発生。地すべりなど大きな被害を被った厚真町。

Kyodo/via REUTERS

これほど何度も巨大自然災害が繰り返されると、誰しも、災害保険の支払いはきちんと受けられるのか、保険会社が破たんすることはないのか、といった疑問を抱くのではないか。それはきわめて真っ当な感覚だ。

現在ともに野党の党首を務める二人の政治家が旧民主党にいた当時、政府による地震再保険の積立金(※)を「埋蔵金」と呼び、その取り崩しを主張したのにあぜんとしたことを今でもよく覚えている。

地震再保険積立金とは……日本は、民間損害保険会社が引き受けた地震保険の責任の一部を政府が再保険(支払いリスクを分散させるために保険会社が入る保険)する仕組みを採用している。巨大地震により損害額が一定の額を超えた場合、国が再保険金を支払う。支払いには、地震再保険特別会計の中の積立金が充てられる。

地震再保険のための積み立ては「ムダ金」なのか

民主党

2009年秋に政権交代を果たした民主党。ムダ金を洗い出す「事業仕分け」に期待した国民も少なからずいたはずだが……。

REUTERS/Yuriko Nakao

火災や自動車保険など普通の損害保険の場合、1年間に事故が発生する確率はわずかなので、その確率に見合った損害額を多数の人が保険料の形で負担し合う仕組みになっている。

しかし、巨大災害は1年という短い期間ではほとんど発生しない上、ひとたび発生すると多数の人に同時に損害が発生するため、普通の損害保険の考え方が当てはまらない。そこで、長期間にわたり毎年の保険料や準備金、積立金を積み立てておくことで時間軸を分散して巨大な損害をカバーしている。

そんな仕組みなので、地震再保険特別会計に大きな金額が積み上がるのは当然のことだ。そのことを踏まえてなお「ムダ金」「埋蔵金」だのと断定するには、地震予測についての高度な知見と、きわめて難解な保険数理を駆使する必要がある。そこまでしても、想定外のことが起こるのが自然災害である。

それにそもそも、万が一に備えた積立金を取り崩す前に、保険料を引き下げて余計な積み立てが生じないようにしておくことこそが、国民の利益にかなうというものだ。

いずれにしても、積立金の取り崩しが取り沙汰された直後に東日本大震災が発生したことで、それから先に「埋蔵金」という言葉は聞かなくなった。

災害後にバラまくほうが政治家にとって好都合

ボランティア 東日本大震災

2011年3月、東日本大震災の被災者たちのもとに届いた支援物資を整理するボランティア。災害時に大きな役割を担う存在だが、政府がそれに「おんぶに抱っこ」になってしまうようでは問題だ。

REUTERS/Jo Yong-Hak

実は、復旧復興のための資金調達は、災害が起こってから考えるより未然に備えたほうが効率的だし、選択肢も増える。ところが、政治家にとっては、まだ起きていないことに備えるより、起きてしまってから見舞金をバラまくほうが選挙民に対するアピールになる。そうなると国の予算に頼るしかないし、できることも限られてくる。

しかし、今年の相次ぐ自然災害を見るにつけ、事前の備えを充実させる国土強靱化の金融版、いわば「金融レジリエンス」が必要だという思いは募るばかりである。

折しも、ウォール・ストリート・ジャーナルに、2018年9月にアメリカを襲った大型ハリケーン「フローレンス」による被害を補償するための政府基金が、2017年7月に発行した「CAT BOND」のおかげで、最大で5億ドル程度費用負担を軽減できるという記事が掲載された。

政府がCAT BONDを利用するとは!いつものことながら、日本と欧米の金融リテラシーの「格差」を痛感させられる。

金融技術を駆使した画期的な手法

CAT BONDは、猫(cat)とは関係ない。

catは「catastrophe(巨大災害)」の略、bondは債券だから、直訳すれば「災害債券」。債券は、国や企業が資金調達をするために発行する証券のことなので、災害債券は、災害に備えてあらかじめ資金を調達しておくためのものということになる。

その仕組みは以下の通りだ。多少難解なので、お金の流れを大まかに追っていただけたらと思う。

CAT BOND

アメリカで採用された災害債券「CAT BOND」の資金の流れを示した図。

出典:筆者提供資料より編集部が作成

まず、米連邦緊急事態管理庁(FEMA)が所管する「洪水保険基金(NFIP)」が、大手再保険会社を通じて、債券発行のための特別目的会社(SPV)を設立。災害債券(CAT BOND)を発行して世界中の投資家(資本市場)から5億ドルの資金を集める。集めたお金はすぐに、米国債のような信用力の高い元本保証の投資対象に投資して保全する(図の①)。

その上で、SPVは大手再保険会社を通じてNFIPと再保険契約ないしデリバティブ契約を締結。アメリカが一定規模以上のハリケーンに襲われた時は、(CAT BONDの発行額を上限に)あらかじめ定めた算式に基づいた金額をNFIPに支払う(図の②)。この場合、CAT BONDの元本はその分だけ毀損することになる。

見返りとして、SPVは保険料に相当する額をNFIPから毎年受け取り、それをCAT BONDの投資家に支払う金利に上乗せする(図の③)。したがって、投資家たちは何事も起きなければ確実に元本が返ってきて利子も得られるものの、運悪くアメリカが巨大ハリケーンに襲われると、投資した元本が目減りし、最悪の場合全額返ってこない可能性もある。

投資する側にもメリットがたくさんある

ハリケーン

2018年9月、アメリカ東部に上陸して多くの死傷者を出したハリケーン「フローレンス」の衛星画像。

NASA/Handout via REUTERS

わざわざこんな面倒な仕組みを使わなくても、普通に保険を使えばいいと思われるかもしれない。しかし、巨大災害の再保険市場は資本市場の100分の1程度の規模しかないため、安定的に災害リスクをカバーするのは容易でなく、CAT BONDを活用するより費用が高くつくことが多い。

投資家の視点から見ても、ハリケーンの被害額や発生頻度を企業の倒産のそれと比べてみると、リスクの程度が同じ場合、CAT BONDのほうが社債より高い利回りを得られることが多い。

さらに、安定志向の投資家でも、ある程度の割合はリスクの高いものに振り向けるのが普通だが、自然災害リスクに連動するCAT BONDは、他の企業銘柄リスクとの連動性が低いので、その文脈でも投資分散の効果が大きい。

本質は「被災者の損害を投資家に負担させる」こと

このように、アメリカでは国家も高度な金融技術を駆使して、資本市場を活用することで災害リスクをカバーしている。ハリケーン被害者の損害を、市場論理によってウォール街や海外の機関投資家に負担させる。悪い話ではないではないか。

一方の我が国はと言えば、国の懐(ふところ)が痛まないボランティアや、見舞金中心の事後対応が相変わらず中心となっているようだが、どうだろうか。

再保険市場はユーラシア大陸の西端に位置するロンドンで発祥し、今もそのまま市場の中心であり続けている。一方で、大陸東端に位置する日本は世界有数の災害多発国でありながら、リスクファイナンスの技術はまだまだ欧米の足もとに及ばない。

日本こそ、高度な災害リスクの取引市場を創設し、「金融レジリエンス」の実現に向けて真剣に取り組むべき立場にあるのではないだろうか。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。

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