「就活をもっと自由に」CMで訴えるP&G —— 就活生の違和感と企業の本音埋めたい

9月末、一風変わった広告が新聞や地下鉄に表れて、Twitter等で話題になった。

広告主はP&G。同社のヘアケアブランド「パンテーン」の広告だが「髪が綺麗になる」といった製品の効能を全く訴えていない。代わりに記されていたのは「自由な髪型で内定式に出席したら、内定取り消しになりますか?」という、就職活動に関連したメッセージだった。

今の就活に疑問を投げかける

P&G広告

「#1000人の就活生のホンネ」として、渋谷駅構内に張り出された「パンテーン」の広告。就活生達から集めた声がモザイク状に埋め込まれている。

撮影:伊藤有

メッセージは9種類。いずれも就職活動と髪型に関する学生の「迷い」や「不安」を表したものだ。その横には髪をひとつに結んだ女性の後ろ姿。就活シーズンになると見慣れたリクルート姿と窺えるが、その横には、

「ひっつめ髪をほどいた就職活動が、この国の当たり前になりますように」

これらの広告は日経新聞や、東京メトロの車内、東横線渋谷駅構内などに9月25日~30日に出現した「#就活をもっと自由に」と銘打ったキャンペーン。Twitterでは「攻めてる」「メッセージが素晴らしい」「パンテーンの広告素晴らしい!」といったコメントが続出した。

Twitterアカウントの自己紹介から推察すると、共感は就活生に限らず社会人からも、そして男女問わず広がっている。

そして10月1日から始まった第2弾で、新聞や山手線渋谷駅で展開された広告のメッセージは、

「内定式をきっかけに、ひっつめ髪をほどいた就職活動が、この国の当たり前になりますように。」

9月末の広告に登場したのと同じ女性が同じ角度で、今回は髪をほどいてみた、という設定。さらに10月1日から3日まで公開されるテレビCMとYoutube動画では、多くの企業で10月1日に開かれる「就職内定式」に向かう女性が主人公。最初は少し不安そうだったものの、最後には一歩踏み出して髪をほどき笑顔で歩いていくという内容になっている。

ビジュアルとメッセージの文言を少しずつ変えつつ、既存の就職活動のあり方に疑問を呈し、現状を変えていこう、という強いメッセージが伝わってくる。

就活生1000人の声をモザイクで

よく見ると、新聞広告や駅・電車内の広告はモザイクアートになっていることに気づく。一面びっしりと文字で埋まっているのだ。例えば9月末に掲出された広告には、

「自分らしくない自分を偽っているようだった」「内定のためなら仕方ないと思う」「個性を失わせるよくない習慣だと思う」

といった言葉が並ぶ。疑問を感じつつも、染めていた髪を黒髪に戻してひっつめ、同じ黒のスーツという全く同じリクルート姿で就活をすることへの違和感が表れている。

パンテーンの広告

9月末、新聞、渋谷駅、東京メトロ線内に表れた就活生の本音を描いた広告は、性別、学生・社会人を問わず話題になった。

提供:P&G

一方、髪をおろした女性を描いた広告はこんな言葉で埋め尽くされている。

「本当の自分を見せられる気がする」「好きな髪型で、会社に忖度せずできれば自分が出せると思う」

パンテーンの広告

10月1日~7日は、内定式を意識した自由な就活を願うメッセージが、新聞や駅の広告として表れた。

提供:P&G

実はこの広告は、就活生の「本音」から作られたものだ。

キャンペーンに先駆けてP&Gが就活生1000人を対象に「#1000人の就活生のホンネ」としてウェブアンケートを行ったところ、81%が「企業にあわせて自分を偽ったことがある」と答えた。広告にびっしり書き込まれた文字も動画CMに使われているフレーズも、アンケートの自由記入欄に書き込まれた生の声なのである 。

「就活には日本の同質性が表れている」

P&G大倉さん

P&Gでパンテーンのブランド・マネージャーを務める大倉さん。現在、勤務しているシンガポールオフィスで採用の面接をすることもあるが、日本の就活のよう画一的な髪型・服装は見られないという。

発端はパンテーンのブランド・マネージャー、大倉佳晃(よしあき)さんが長年抱いていたもやもや感にさかのぼる。新卒でP&Gに入社、3年の日本勤務を経てシンガポールへ赴任し、現在8年目。

「就職活動には、日本の同質性が象徴的に表れている……」

自身も最近まで黒髪ではなかった、という大倉さん。ファッションは自己表現のひとつというポリシーから、就活でもリクルートスーツを着なかった。しかし、周囲を見れば大学生は同じ髪型・同じ服装で就活に臨んでいた。出張で日本を訪れるたび、就活生の髪型と服装が皆同じであることが気になっていた。

入社3年目のアシスタントブランドマネージャー鹿山(かやま)貴弘さんに意見を求めると、就活生の髪型や服装は10年前と変わっていないらしい。

「パンテーンのブランドと、就活における髪型問題をリンクさせてメッセージを発信したい」

大倉さんはそう考えた。

P&Gはブランドマネジメントの巧みさで知られる組織だ。各ブランドが独立共和国のように独自の「ブランド・フィロソフィー(哲学)」を持つ。1945年に生まれた「パンテーン」は「美しい髪によって、女性が一歩前に踏み出す勇気を与える」ことを掲げている。各種調査からも、自分の髪の状態と女性の自身への満足感はリンクしていることが分かっている。

「パンテーンのブランド・フィロソフィーと、自分らしい自由な髪型で就職活動ができる社会を目指すことは、つながると思いました」(大倉さん)

8割が自分を偽った経験

P&G社員

「就職をもっと自由に」キャンペーンチームのメンバー。写真左から南部さん、小髙さん、大倉さん、関さん、鹿山さん。ブランドの広告で社会課題を解決するメッセージの発信に挑んだ。

さらにアンケートをとると、前述の通り就活生の8割が企業に合わせて自分を偽った経験があった。背景には「売り手市場といっても、就職活動においては企業の立場が強く、学生の方が弱いことがある」(大倉さん)と考えた。

「学生に対して、『自由になろうよ』と呼びかけるだけでは状況を変えるのは難しい、と思いました。“パンテーン”が学生の代弁者になりつつ、企業を巻き込んで前向きに動いていけるメッセージを出したいと思いました」

学生アンケートと並行して、企業にも調査を行った。すると、意外な結果が出た。

「実は企業の7割は、服装や髪では個性を出し、自社の面接を受けることに賛成だったのです」(P&Gヘアケア広報の南部かおりさん )

企業からのマイナス評価を怖れて人と違う髪型にできない学生と、個性を出してほしいと思っている企業。両者の橋渡しをすることで状況を改善できるのでは、と確信した。

「べきだ論」でないメッセージ

広告やCMのクリエイティブを手掛けたグレイワールドワイドのアソシエイト・クリエイティブ・ディレクター小髙龍磨(りゅうま)さんは、こう話す。

「こんなメッセージ性のある広告を作りたい、という気持ちは以前からありました。ただ、日本ではクライアントさんが、あまりやりたがらない現実もあります。今回議論を重ねて大変なこともありましたが、とてもやりがいがありました」

クリエイティブディレクター小高さん

グレイワールドワイド の小髙さん。就活生がアンケートに寄せた「思い」を生かしたクリエイティブにしたい、と強く思ったという。

就活生1000人アンケートでは、自由記入欄に書き込まれた言葉の厚みと多様性に驚いたという。ウェブアンケートの自由記入欄には、あまり突っ込んだことを書かない傾向が強いからだ。

「多くの人が就職活動の髪型や服装の画一性について、多種多様な言葉で語っていました。この言葉をぜひ生かしたい。広告1枚に300~400人の声が入っています。細かい文字をモザイクのように使うため、デザイナー泣かせの作業でしたが、リアルな裏付けのある広告になったと思います」

と小髙さんは振り返る。

クリエイティブは慎重に、かつ工夫をこらした。就活生だけでなく企業にもメッセージを発信するため、『べきだ論』にはしないように、誰かを批判する炎上商法にはならないように心がけた。意識したのは、「読後感が明るくなること」(小髙さん)だった。

どうしたら社会と対話できるか

就活

多くの就活生が疑問を感じながら、皆と同じ髪型・同じ服装で会社説明会や面接に臨む。「髪型のせいで落ちたら嫌だから我慢する」というのは、アンケートで寄せられた声のひとつ。共通の本音だろう。

このキャンペーンチームには異色の肩書の人がいる。マテリアル社でエグゼクティブ・ストーリーテラーを務める関航さんだ。「ブランドと社会が手を取りあえるために、どんな表現、発信が必要か」という観点からキャンペーン全体の流れを考える脚本家のような役割を果たした。

「せっかく作った広告やCMが炎上したら意味がありません。一方で、話題にならず気づかれなかったら、もったいない。人・モノ・コトがあふれる世の中で、どうしたら社会と対話ができるか考えるのが僕の仕事です」(関さん)

ところでこの広告、就活中の女子学生の髪をテーマにしながら、チームメンバーはほぼ男性。女子学生が長い髪を結ぶかほどくか、という選択には自分らしさを隠すか解放するか、という選択が重なっている。一方で、広告を目にした人は男女問わず、学生も社会人も日本の就活を経験した人の多くが共感する普遍性を持っている。

ここ数年、女性像をめぐるCM炎上が後をたたない。その理由として、意思決定に女性が関与していないこと、を挙げる向きがあるが、それは問題の一面に過ぎない。消費者の反応を想像できるか否かは、発信者の性別だけが問題ではなく、どれだけ相手のことを深く知り寄り添おうとしているか、で決まるのではないだろうか。

(文・治部れんげ、写真・今村拓馬)

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