【全米騒然】米最高裁判事候補が10代に起こした性暴力疑惑——過去をかばい合うエリート男性たち

米連邦最高裁判事候補としてトランプ大統領から指名されたブレット・カバノー連邦控訴裁判所判事から、10代のころ性暴力被害に遭ったという複数の女性が続けて名乗り出た。最初の告発が浮上してからこの2週間あまり、アメリカではメディアでもSNSでも、食事の席でも、この話題でもちきりになっている。

ブレット・カバノー氏

ブレット・カバノー連邦控訴裁判所判事。10代の時の“悪事”は裁かれるべきか。今全米中が固唾を呑んで見守っている。

Reuters / Win McNamee

2018年9月27日に上院司法委員会で行われた告発者とカバノー氏の公聴会は、国民的、歴史的イベントになった。主要チャンネルは、軒並み通常の番組をキャンセルし、バーもホテルもジムも飛行機の機内も、ありとあらゆる場所に置かれたテレビが公聴会の様子をライブで映していた。

完璧な人間なんているのか

この数日、事態の展開があまりにも想像を超えているので毎日目が離せず、その度に感情が揺さぶられるので、睡眠不足になったという人々が私の周りにも数多くいる。この関心の高さ、人々のリアクションの強さは、1991年のクラレンス・トーマス現最高裁判事の承認過程で浮上したアニタ・ヒル教授のセクハラ告発、1995年のOJシンプソン裁判、1998年のクリントン大統領のルインスキー・スキャンダルを思い出させる。3つの事件同様、今回の出来事は、アメリカの政治史に末長く残ることが間違いない。

そして今回も問題になっているのは、セックスとパワーだ。恵まれた環境に生き、社会的成功を収め、権力をもつ男性たちが、その特権を女性たちとの関係の中でどう使ってきたかということが根底の問題である。

さらに今回の“事件”は、中間選挙を控えたアメリカにとって非常に重要な政治的問題であると同時に、現代社会における「過去」の扱い方に問題を投げかけている。司法の頂点たる最高裁判事にどんな資質を求めるかということも根本から問うている。

人は、10代で犯した愚行について大人になっても責められるべきなのか?完璧な人間なんているのか?でも彼が保身のために嘘をついているとしたら、そして女性に暴行した過去があるとしたら、そんなことができる人物を最高裁判事にしてしまって良いのだろうか?と。

3人の女性が実名で性的暴行を告発

クリスティン・ブレイシィ・フォード氏

フォード教授は、公聴会で時折涙ぐみながらも、冷静に証言した。

Rauters / Melina Mara

カリフォルニア州の大学で心理学を教えるクリスティーン・ブラゼイ・フォード教授は、7月にカバノー氏の指名が発表されると、カリフォルニア州の民主党議員に手紙を送った。手紙の内容は、1982年にジョージタウン・プレップという名門男子校に通っていたカバノー氏(当時17歳)がパーティーでひどく酔い、自分(当時15歳)を部屋に閉じ込め、ベッドに押さえつけ、服を脱がそうとしたというものだった。声を上げようとしたら口を手で塞がれたので、危うく殺されるかと思ったという。

部屋にはもう1人、カバノー氏の友人がおり、彼がカバノー氏の上にふざけて飛び乗った際にベッドから落ち、彼女はその隙に逃げ出したという。当初、フォード教授は匿名を強く希望していたが、まもなく名前がリークされ、9月16日付のワシントン・ポストが実名でインタビューを掲載、一夜にしてアメリカで彼女を知らない人はいない状態になった。

2人目の告発者は、カバノー氏の承認投票が延期され、フォード教授が上院での証言に同意した直後に名乗り出た。イエール大学でカバノー氏と同級生だった女性で、1983年ごろ、パーティーで酒に酔ったカバノー氏(当時18歳)が性器を露出し、自分の顔の前に突きつけたという。「ニューヨーカー」がこの記事を公開すると、民主党はFBIによる捜査を要求(注:FBIの捜査は、大統領の要請がなければ行われない)、一方、トランプ大統領はじめ共和党幹部らは、カバノー氏への支持が変わらないことを明言、世論を二分する状態となった。

さらに公聴会前日には、3人目の女性が出現した。高校時代、酒に酔ったカバノー氏と仲間たちが女性を酔わせたり、薬を使ったりして性的にもてあそぶ姿を何度も目撃され、それらのパーティーの一つで自分は強姦されたことすらあるという。彼女も実名を公表し、証言する意思があることを明らかにしている。

共和党議員もトランプ氏も同意

カバノー氏はこれらの告発に対し、一貫して

「そんな記憶はない。まったくの事実無根」「フォード教授が暴行を受けたというのが本当だとしても、それは自分ではない。人違いだ」

と否定し、夫人同伴でFOXテレビのインタビューにまで出演し(最高裁判事候補としては異例のこと)、無実を主張している。

真っ向から対立する2つの証言。9月27日の公聴会は午前10時、フォード教授の証言から始まった(2人目、3人目の告発者も上院司法委員会での証言に同意しているが、委員会側は彼女たちに証言を求めていない)。この公聴会でのやりとりは、あちこちのメディアで報じられているので 詳細は省くが、フォード教授とカバノー氏の証言はさまざまな意味で対照的で、興味深い点が数多くある。

フォード教授の証言はこう始まった。

「私は、ここに来たくて来ているわけではありません。実は怖くてたまりません。でも、真実を話すことが市民としての義務だと思ったので、勇気を出して来ました」

教授は36年前に体験したこの性的暴力のせいで長年苦しんだこと、夫とセラピストには5年前に告白したこと、今も閉所恐怖症などのトラウマがあることなどを、時折涙ぐみ、声を震わせながらも、決して感情的になったり取り乱すことなく語った(フォード教授が読み上げた全文は、こちら)。

司法委メンバーたちに対しても終始礼儀正しく、できる限り正確に答えようとしていた。この点に関しては、共和党の議員たちも同意しているし、トランプ大統領も「彼女の証言は力強く、説得力があった」と言っている。

共和党側はフォード教授が受けた暴行が真実だとしても、「それはカバノー氏ではなく人違いではないのか」という論法で教授の記憶の曖昧さを突こうとしていたが、「どのくらいの確証を持って、あなたを襲ったのがカバノー氏であると言えますか?」と聞かれた彼女は、一瞬の迷いもなく「100%です」と断言した

「トラウマというものは、頭に焼き付けられるものなのです。他のことが時間と共に霞んでいっても、それだけは鮮明に残るんです」「海馬から決して消えないのが、彼らのけたたましい笑い声です。私にひどいことをしながら、カバノー氏と彼の友人は、とても楽しそうに笑っていました」

そう語る姿は、心理学の博士号を持つ研究者ならではという感じだった。心理学者としての彼女の研究テーマは「トラウマ経験後の鬱、不安、その克服」なのだ。

わがままで攻撃的な10代が想像できる

午後2時から始まったカバノー氏の証言は対照的に、怒りと涙で始まった。冒頭でまず、

「この承認プロセスは国家の恥だ」「クリントン大統領のスキャンダルの扱いを恨み、トランプ氏が大統領になったことに今でも腹を立てている民主党の陰謀だ」

と、怒鳴り声で興奮ぎみにまくし立て、時に涙を流し、自分の経歴と名誉が汚され、家族がめちゃくちゃになったこと、自分こそが今回の被害者であることを主張した。

また、自分がいかに重要な仕事を手がけてきた優秀な判事であるか、名門学校で文武両道に励む健全な若者であったか、信心深く真面目で人々に愛される男であるかを繰り返した。フォード教授が暴行を受けたことが真実だとしても、それは人違いである、と無罪を力説した(カバノー氏が読み上げた全文はこちら)。

このカバノー氏の態度について、民主党のファインスタイン議員は「25年間、司法委員を務めてきて、あんな好戦的な態度を見せた候補者は1人として見たことがない」と辛辣に批判、多くのメディアも激昂するカバノー氏の写真を掲載し、同様の指摘をしている 。その数時間前に証言したフォード教授の落ち着いた様子とはあまりに対照的だった。

さらに彼は、自分がこれまでいかに頑張って成功への道を築いてきたか、いかに優秀かということを熱心に語った。「だから最高裁判事という名誉ある職業につくべき人間なのだ」と訴えていたのだろうが、自分が「選ばれた人間」だと強調しようとするあまり傲慢に映った。民主党議員たちの発言を頻繁に遮り、特に女性議員たちに対して失礼な態度を取り続け、まともに質問に答えない場面も多かった。

この印象は大きく、「証言を見れば、恵まれた環境で育ったわがままで攻撃的な10代のカバノーの姿を想像するのは容易である」という批判が、メディアでもSNS上でも多数見られた。

10代の愚行を引っ張り出してくるな

質疑の最大の焦点がカバノー氏が飲酒に関して問題がある人物かどうかという点だった。彼はその数日前のFOXニュースのインタビューで、「酒を飲み過ぎて記憶を失ったことは、人生の中で一度たりとももない」と答えているのだが、学生時代の同級生たちによる、それに反する複数の発言が報道されていることもあり、公聴会では若い頃の彼のアルコール消費量について繰り返し質問が出た。

だが、カバノー氏は答えをはぐらかしているという印象を残し、何かやましいことがあるから、正面切って答えたくないだろうという疑念をむしろ深めることになった。

もう一つ、カバノー氏が明らかに避けたがっていた質問がある。FBI による捜査に関してである。告発者側はFBIによる捜査を希望している。名誉を取り戻したいのであれば、捜査を希望するか、と10回以上問われたにもかかわらず、彼は一度として正面からイエスと答えなかった。

今回のように長い年月がすぎてしまった場合、物的証拠はほとんどなく、人間の記憶は書き換えられ、しばしば歪められてしまう。同じことを体験した2人が同じ記憶をもっているとは限らない。特に被害者と加害者では、覚えていることが全く違うということは十分あり得る。もしフォード教授が正確に真実を語っているのなら、カバノー氏は嘘をついているのか。もしくは本当に何も覚えていないのだろうか?

カバノー氏を擁護する共和党は、2人目の告発者が浮上してきた時、判事指名を取り下げるどころか、むしろ承認手続きを急いだことがわかっている。共和党側の言い分はこうだ。

「物的証拠も証人もないものを、罪の立証の仕様がない」「10代に酒を飲んで行った愚行は、誰にでも多かれ少なかれある。そんなものを今更引っ張り出してきて、彼のように優れた判事の人生をめちゃくちゃにするのはおかしい」

9月27日の公聴会翌日には、上院司法委員会で判事承認の投票が行われると予想されていたのだが、それは土壇場でひっくり返された。

現在、上院司法委は11人の共和党議員と10人の民主党議員からなる。21人のうち11人以上が承認を支持すれば、カバノー氏の承認プロセスは上院での投票に移る。上院100人(現在51人の共和党議員と49人の民主党議員からなる)のうち過半数を得られれば、カバノー氏は最高裁判事となる。

性暴力被害者が上院議員に直訴

上院司法委員会の様子

最終承認投票は1週間延期になった。上院議員数人の票次第でカバノー氏の運命が決まる。

Reuters / Tom Williams

しかし、上院司法委員の共和党議員のうち、公聴会の段階でカバノー氏支持を明言していない議員が1人だけいた。この重要な1票を握るアリゾナ州のフレイク議員は28日朝の段階で、カバノー氏承認の票を投じる用意があると表明し、承認は事実上決まったものと思われた。

しかしこの直後、フレイク議員は上院のエレベーターで、抗議に来ていた女性2人に止められ、こう言われた。

「あなたは、すべての女性たちに向かって、君たちの声には意味がないと言っているも同然です。彼女たちに黙っていろと言っているんです。彼女たちが自分に起きたことを話したとしても、無視するんですから。それが私に起きたことです」

女性は、性暴力の被害者だった。このビデオは、一瞬のうちにSNSで拡散され、大反響を呼んだ。

午後1時半に再開された委員会の冒頭で、フレイク議員はこう発言した。

「私は、今日の司法委員会での承認投票にはイエスと言うつもりです。でも、FBIによる捜査を行わないまま上院でカバノー氏の最終承認投票を行うのは間違いだと思います。1週間という期限を設け、FBIの捜査を行い、不透明な部分をクリアにしてから先に進むのが正しいと思います。そうでない限り、私は、最終投票においてカバノー氏を支持するとは約束できません」

最終承認投票は、1週間延期になった。トランプ大統領も、FBIによる捜査を支持した。

「女性に暴力を振るったことのない人を求めているだけ」

人は若い時に犯した愚かな過ちで、一生責められなくてはならないのだろうか?だとしたら、最高裁判事や、政治家などという仕事に相応しい人などいるだろうか?

今回の一連の出来事に対する反応は、大きく二つに分かれる。共和党の男性議員を中心に「若い時に酔ってやったことじゃないか」「男子高校生がやりそうなことだ」「なぜ30年以上も昔の話を今更」という同情的な見方をする人が少なくない一方で、「1人の女性の人生をこれだけ傷つけておいて、時効というわけにはいかない」「年をとっても人間の本質は変わらない」「彼は、自分のキャリアのために嘘の証言をしている可能性がある。そんな人物に最高裁に座ってもらっては困る」という意見も強い。

ノースダコタ州のクレイマー下院議員は、こう述べている。

「彼らは10代で、いずれも酒を飲んでいた。彼女の告発内容でも、結局のところ何も起きなかったじゃないか。暴行を試みたかもしれないが、実際に強姦した訳ではない。こんな厳しい基準で人間を評価するなら、最高裁判事のような仕事を引き受ける人物を探すのがとても難しくなってしまうだろう」

この発言が報道されると、SNS上で炎上し、「私たちが求めている『完璧』は、『女性に暴力をふるったことがない人』という、極めて基本的な話です」と反論する女性議員も出た。

最高裁判事という極めて重要な職業につく人に、「女性に暴行をはたらいた過去がないこと」「アルコール問題を抱えていないこと」「自分の保身のために嘘をつかないこと」等を求めるのは、ごく基本的な要求ではないか?

だが、クレイマー議員に似た指摘をする男性は少なくない。このような男性たちの反応からわかるのは、高校や大学の男子学生がパーティーなどで酒に酔い、女性に(本人の同意もなく)手を出し、さまざまな形の性的暴力をふるうことは、この国の文化の中で暗黙のうちにOKとされ、女性たちは長年それに耐えて黙ってきたということだ。

公聴会でルイジアナ州のケネディ議員が、カバノー氏に高校時代どんな学生だったか、品行方正だったかを尋ねる場面があった。カバノー氏は、ニヤッと微笑んで、その質問には曖昧にしか答えなかったし、質問をした側もそれ以上追及せず、そこには男同士の暗黙の了解があるという風に見えた。公聴会を見ていても、共和党男性議員たちのカバノー氏への態度から、同情が垣間見えるような場面がいくつかあった。

その最たるものが、公聴会の最中にいきなり民主党への怒りを爆発させたリンゼイ・グラハム議員(共和党)で、「民主党はこの男の人生をぶち壊そうとしている」「あなた(カバノー氏)は何も謝ることなんかないんですよ」とまで言った。

名門校出身者によるエリート・ボーイズクラブ

ブレット・カバノー氏

白人エリート男性たちの間にある、暗黙のかばい合い。

Reuters / Andrew Harnik

「ニューヨーカー」は、ワシントンで名をなすようなエリート男性たちの間にある、暗黙のかばい合いの構造について、「カバノーを守るボーイズ・クラブ」と題した記事を掲載し、恵まれた環境で育った名門学校卒業の(多くは白人の)男性たちは、学生時代だけでなく、生涯にわたって互いを守り合い、支え合うのだと指摘している。そこでは、過去の愚行はお互い忘れたことにし、秘密は生涯守り合い、それぞれがもっと出世できるよう、互いに助け合い引き上げあうシステムになっているのだと。

トランプ大統領も、一貫してカバノー氏を支持し続けている。カバノー氏への告発が次々浮上した後でも、「たぐいまれな素質を持ち、最高裁判事に値する」「私がこれまで出会った中でもっとも素晴らしい人物の一人」と誉めちぎり、「今起きていることはカバノー氏に対して最高に不当なことだ」と怒りをあらわにしていた。

トランプ大統領

一貫してカバノー氏を支持し続けているトランプ大統領。

Reuters / Joshua Roberts

これはトランプ氏の行動パターンにきれいに当てはまるので今更驚くことでもない。彼自身、20人もの女性からセクハラや性暴力被害を告発されたにもかかわらず、大統領を務めている人である。選挙キャンペーン中に浮気相手2人に口止め料を支払っていたこともわかっているし、音声テープまで出てきた。それでも、「陰謀だ」と言い切り、女性たちを全部まとめて嘘つき扱いしてきた。

コーネル大学で哲学を教えるケイト・マン教授は、社会が権力を持つ男性に同情しがちであることを「Himpathy」という造語で描写し、トランプ氏はじめ、カバノー氏の肩を持とうとする人々がまさにこれを体現していると指摘している。これらの人々は、男性側の傷つけられた名誉、成功、キャリアに同情し、「なんたるひどいこと」と言うが、もう片側にある、被害者女性側の傷つけられた人生についてはさっぱり無頓着であるというのだ。

ネット時代における「過去の過ち」 高校時代や大学時代にどんな人間だったかを、大人になってまでいちいち追及されるというのは、しんどい話かもしれない。でも、これからの世界では、間違いなく、今回のケースのように、過去がのちのちまで追いかけてくるケースが増えていくだろう。

なんでもデジタルに残る。無限にコピーできる。消したつもりの証拠もどこかにデータが残っているかもしれない。世界中に瞬時に情報や映像が流れる。秘密はリークされ、過去に書いたメールでもTwitterでも、バカな写真もビデオも常にリスクになる。テクノロジーが進化すればするほど、過去は消しにくくなる。完璧な秘密を持つことなど不可能だと思っていた方がいいだろう。

今回の出来事が明らかにしたことの一つは、このような時代に、一点の曇りもない清廉潔白な、パーフェクトな人でいることの難しさだ。そんな環境の中、8年間一つとしてスキャンダルがなかったオバマ大統領夫妻(彼ら2人はもちろんのこと、スタッフや家族も含めて)は驚異的であったと、今更ながら感心する。

男女の間にあるダブルスタンダード

Twitterで、こんな意見を見た。

「今の高校生たちがこのカバノー騒ぎを見て、高校時代にやったバカなことのせいで、人生がめちゃくちゃになるかもしれない(だから俺も気をつけよう)」と思うとしたら、それは結構なことではないか?」

子どもを持つ父親の意見だった。男の子たちは何歳であれ、女の子に対して敬意をもった態度で接するべきで、「10代にやったバカなことだから」という言い訳で何でも許されるなどと思うな、と。大人になった時に世間に知られて恥ずかしいようなことは、若い時であってもするべきでないというのだ。

日本でもアメリカでも、年頃になると女の子には「男性に襲われないように気をつけなさい」「男の子とお酒を飲む時には用心しなさい」などと、自己防衛の必要性を言い聞かせる。でも、男の子に対してはどうだろう?「相手の同意もなく、女性の体に触ってはいけないのだよ」とか「酔っ払って女の子を襲ってはダメですよ」ということを、同じくらいの真剣さをもって叩き込もうとしているだろうか?女の子にばかり責任を押し付け、一方で、男の子には「男の子は男の子らしく(のびのびと)」などと言っていないだろうか?

飲酒についても似たことが言える。性暴力が起きた時、女性側がお酒を飲んでいたとわかると、「彼女は酔っていたんだから(酔った彼女が悪い)」と、彼女の落ち度として捉えられる。女性自身も、「自分に隙があったのだ」「あんなところに行った私が悪いのだ」と自分の行動を責める。

15歳のフォード教授もそうだった。一方、男性側が酔っていた場合には、「彼は酔っていたんだから(羽目を外してもしょうがない)」と、言い訳に使われる。こういったダブルスタンダード自体を見直し、もっと両方の性に平等な教育の仕方を考える必要があるのではないだろうか。

11月の中間選挙への試金石

アメリカ国会議事堂

1カ月半後に迫っていきている中間選挙。一刻も早く保守派の判事を承認したいと共和党と政権も焦っているが……。

Gettyimagies / miralex

アメリカは11月6日に中間選挙を控えている。共和党としては、上院・下院両方を自分たちが支配している間に、保守派の判事をさっさと承認してしまいたい。選挙後には状況が変わってしまっているかもしれないからだ。

トランプ大統領にとっても政治生命に関わる重要な岐路だ。共和党の支持者の中には、「トランプ大統領になれば、保守の最高裁判事を指名するだろう」と目論んで2016年の選挙で彼に投票した人たちもいるからだ。

ただ、この承認を強引にやりすぎると、選挙において共和党にネガティブに響く恐れがある。共和党は、選挙で女性票を取るのに苦労することがすでに分かっている。一方、民主党は女性とマイノリティが歴史的な人数出馬し、特に下院で議席を伸ばすのが確実と見られている。

カバノー氏の疑惑がクリアにならないまま押し切って彼を最高裁判事にしてしまったら、女性たちは怒り、民主党にさらに勢いがつくだろう。今回、共和党が土壇場でのFBI捜査を支持したのも、ここに理由があると思う。

逆にカバノー氏を中間選挙までに承認できなかった場合には、福音派キリスト教徒たちが選挙をボイコットするのではと言われている。そして民主党が上院の多数派を抑えた場合、トランプが保守の判事を任命できる可能性はぐっと下がる。そのくらい、この承認は政治的に重要なのだ。

アメリカ社会のダイナミズム

深く分断された現在のアメリカの民主主義は、美しい状態にあるとはとても言えない。だが、このたびもまた、こういう時にアメリカ人たちが見せるダイナミックさを見せつけられた。さまざまな意見を持つ個人や団体が、自分たちの信じるもののために意見を発信し、素早くアクションを起こしている。上院のエレベーターでフレイク議員に直訴した2人の女性がいい例だ。彼女たちがあそこで行動を起こさなければ、ただ承認が進んでいたかもしれないのだから。

フォード教授の告発に対し、政治的動機があるのではなどとという疑いの声が出てくると、彼女の同僚、学生、友人たちがわずか6時間の間に200人以上の署名を集めた。彼女の高校時代の同級生たちも同様に、「私たちは、彼女を信じる。本件は、きちんと調べられるべきである」という手紙に署名し、議会に提出している。

イエール大学の学生たち

カバノー氏のFBI捜査を望むイエール大学法科大学院(カバノー氏の母校)の教授ら。

Reuters / Joshua Roberts

カバノー氏の母校であるイエール大学法科大学院の教授らが上院司法委員会あてに公開書簡を出したのも興味深かった。書簡は、カバノー氏の承認を推奨するどころか、「最高裁判所の重要さを考えると、国民が裁判所に対して抱く信頼を傷つけるような形で今回の承認手続きを行うようなことがあってはならない」と強調している。最高裁判事は女性の人権はじめ、アメリカ国民の生活に関わる重要な決断を任される立場なのだから、その承認プロセスは、国民が納得するものでなくてはならないと。

全米弁護士協会(American Bar Association)も公聴会の後、上院司法委あてに公開書簡を送り、FBIの捜査なしにカバノー氏を焦って承認すれば、上院と最高裁に対する人々の信頼と尊敬が損なわれることになると述べている。全米弁護士協会が候補者についてこのような手紙を送るのは異例だ。しかも協会は、公聴会まではカバノー候補を全面的に支持していたのだ。

フォード教授のための募金運動もすぐに起きている。彼女は脅迫とメディア攻勢のせいで、自宅に住んでいられなくなった。独自のセキュリティー・サービスを雇わない限り、安全に生活も移動もできない。当然お金がかかる。そこである女性が、「フォード教授の身辺保護の費用のために、17万5000ドル集めましょう」と呼びかけると、わずか3日で20万ドルを超える金額が集まった。 「フォード教授を助けよう」と題されたもう一つの募金サイトも、10日間で50万ドルを超える額を集めた。1人当たりの募金額は25ドルや10ドルと少額が多いので、多数のごく普通の市民たちが自分のできる範囲で送金したと思われる。

これを見て、伊藤詩織さんのことを思った。伊藤さんもフォード教授と同様、告発者バッシングに遭い、日本で普通の生活ができない状態になった。イギリスのNGOがそれを知り、彼女は今イギリスで生活をしている。フォード教授のために、たった数日間で合計 70万ドル以上を集めたアメリカ人(主に女性たち)の行動力を見て、私たち日本人は伊藤さんや、それ以外の性暴力被害者の人々のために、もっとできることがあるのにアクションを起こしていないだけなのではないかと思った。


渡邊裕子(わたなべ・ゆうこ):ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー、2018年は約1年間の自主休業(サバティカル)中。

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