ADKはなぜ世界最大の広告会社と決別したか。トップが語る「過去との決別」

ADK 植野伸一 田中道昭

ADKの植野伸一社長(左)と 立教大学ビジネススクールの田中道昭教授。東京・虎ノ門にあるADKオフィスにて。

撮影:竹井俊晴

広告代理店業界第3位のアサツー ディ・ケイ(ADK)が、世界最大の広告会社である英WPPグループとの提携を解消し、米投資ファンドのベインキャピタル傘下で経営改革への道を歩みだしてから半年。かつてない大改革の陣頭指揮をとる植野伸一ADK社長と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が対談。広告業界の現状と未来、同社の次なる戦略について語り合った。

デジタル広告がテレビ広告を追い抜く

田中道昭(以下、田中):テレビを見ない人、持たない人が明らかに増え、国民の7〜8割がスマートフォンを使う時代になりました(※)。モバイル広告媒体費は、2018年見通しで前年比25.3%の1兆417億円へと拡大。PCも含めると1兆4397億円となり、テレビ広告媒体費に迫る勢いです(電通「2017年日本の広告費」)。

テレビ普及率……内閣府「消費動向調査」によると、2018年3月時点で、世帯主が30歳以上59歳以下の世帯では95.4%、60歳以上では95.3%だが、29歳以下では89%と世代間の格差が広がっている。

スマートフォン普及率……総務省「通信利用動向調査」によると、2016年の時点で71.8%。民間では、メディア環境研究所(博報堂DYメディアパートナーズ)「メディア定点調査」によると2018年で79.4%。

世界に目を向けると、2018年にデジタル広告費がテレビ広告費を上回り、トップシェアとなる見通し(電通イージス・ネットワーク「世界の広告費成長率予測」)で、まさに広告業界は激動の時代の渦中にいると言っていいでしょう。こうした状況を植野さんはどうご覧になっていますか。

植野伸一(以下、植野):日本の広告費そのものは減っておらず、わずかながら増えています。ただ、テレビや新聞のようなマスメディアに投下する広告費は、田中さんが指摘するように減少傾向です。クライアントのメディア広告枠に対する予算の考え方が変化し、インターネットへの投下が増えているのだと思います。

ただ、私たちはマス向けの広告がなくなるとは考えていません。日本の市場は独特で、中国やアメリカのように(インターネット過重に)はならないでしょう。これからどう変化していくのか注視しています。

クライアントはもう「曖昧なデータ」に満足しない

日本の広告費

「2017年 日本の広告費」媒体別構成比。インターネット広告費がテレビ広告費に迫る勢いだ。

出典:電通「2017年 日本の広告費」解説

田中:日本の広告の媒体別構成比を見ると(上図参照)、新聞・雑誌の落ち込みが著しく、両者で全体の11.3%と1割を切る勢いです。その一方で、従来広告業界のプレーヤーではなかった戦略・IT系コンサルティング企業や、グーグル、アマゾン、フェイスブックのようなメガテック企業が大きな存在感を放つようになっています(下図参照)。

広告業界 ポジション

田中道昭教授が作成した「広告代理店の競合はもはや広告代理店ではない」新たな広告業界のポジショニング・マップ。

出典:立教大学ビジネススクール・田中道昭教授作成

植野:私たちもそうした市場の変化に強い危機感を持っています。ポイントになるのは、やはりデータです。クライアントの購買データ、消費者データを徹底的に活用したマーケティングなしではもはや生き残っていけない。

具体的に言えば、ROI(投資対効果)を数字ではっきりとクライアントに示す必要がある。日本のマス広告は、テレビがその最たる例ですが、視聴率データに依存してきました。確かに、視聴率は「広告をどれだけ見てもらえたか」という点では、大きな意味を持つ重要な指標です。

しかし、ある広告投資が、購買行動など消費者を動かすことにどれだけ直接的に貢献したのか、視聴率からは見えにくいため、ROIを重要視するクライアントはそれだけでは満足してくれない。広告業界、マスメディアの双方が足並みを揃えて、基準・モノサシを可視化していく必要があると思います。

これからは、世帯視聴率に代わって個人視聴率が取引の指標になっていきます。広告業界の方でも、テレビ視聴データと購買データの連携を進めるなど、変化に対応した動きが出てきています。

「誰がやるか」ではなく「どれだけやれるか」の世界

テレビ スマートフォン

世界の家電店のテレビ売り場でもスマートフォンは手放せない。消費者の感覚は大きく変化しつつある。

REUTERS/Kim Hong-Ji

田中:消費者とのコミュニケーション戦略について、従来は「アイドマ(AIDMA)」に基づき(※)、クライアントは消費者のアテンション(注目)・インタレスト(興味)という入り口部分で広告代理店(経由でマスメディア)を活用してきましたが、小売り店頭のPOPや対人販売のような消費者の購買に近い部分では広告代理店を絡めることはあまりなかった

AIDMAとは……消費者の購買決定プロセスを、注目(アテンション)→興味(インタレスト)→欲求(デザイア)→記憶(メモリー)→行動(アクション)に区分し、それぞれの状態に応じたコミュニケーション戦略を考える手法。

AISASとは……消費者のネット上での購買決定プロセスを、注目(アテンション)→ 関心(インタレスト)→ 検索(サーチ)→行動(アクション)→意見共有(シェア)に区分する手法。

ところが、広告のデジタルシフトは消費者へのラストワンマイルやカスタマージャーニー全体にまで影響を及ぼす。さらには消費者に推奨されることまでがテーマとなっている。広告代理店はその部分まで射程を伸ばし、「アイサス(AISAS)」全体にわたる総合的コミュニケーション戦略を求められているのだと思います。

ただ、そこは経営戦略やデジタルマーケティングを主戦場とする戦略・IT系コンサル会社の得意とするところでもある。クライアントはそれを誰がやってくれるのかではなく、どれだけ売り上げに貢献してくれるかを求めているのであって、そこでは明確な数字で戦うしかないのでしょうね。

世界最大の広告会社との決別、その「舞台裏」

ADK 植野伸一

経営改革の陣頭指揮をとるADKの植野伸一社長。

撮影:竹井俊晴

田中:そんな激動の時代の中で、ADKも大きく舵を切りました。世界で最も大きな影響力を持つ広告会社であるWPPグループとの資本業務提携を解消し、米投資ファンドのベインキャピタルの傘下に入るという劇的な改革の始まり。この判断までには……やはり相当な葛藤があったのでしょう。

植野:提携が始まったのが1998年、当初はWPPが経営に深く関与することはほとんどありませんでした。両社の関係が悪化したのはリーマンショックの後。ADKがなかなか業績を回復することができずにいるうちに、WPP側からさまざまな指摘を受けるようになりました。

その中には的確なもの、ピントがズレたもの、両方ありましたが、いずれにしてもWPPはADK発行済み株式の24.96%を保有する筆頭株主ながら、半数以上を持つ親会社ではなかったため、経営を動かすまでには至りませんでした。

WPP 広告会社

ロンドンに本拠を置く世界最大の広告会社グループ、WPPのホームページ。

出典:WPP

田中:当時、株式配当についても行き違いがあったと伺っていますが。

植野:それも私の就任前、2011年頃からです。配当性向、総還元性向(いずれも企業の株主還元の大きさを示す指標)を上げるよう、WPPのみならず他の機関投資家からも強い要請がありました。現金(内部留保)の具体的な投資先がないのであれば、企業は株主に還元せよとの意見に耳を傾ける必要があります。

田中:投資収益率の拡大を主な目的とするフィナンシャル・スポンサーと、事業規模の拡大などシナジー創出を主な目的とするストラテジック・スポンサーという二つの考え方からすると、同じ広告業界のプレーヤーであるWPPはどう考えても後者。ともに成長戦略を描いていくのが本筋で、業績回復に苦しむパートナーに対し、配当利益を優先というのはどうにも解せませんね。

植野:その通りだと思います。本来シナジー創出のために協働するはずのWPPとは、取締役会等で成長戦略を議論し合う場はありましたが、考え方の違いが顕在化した結果、議論にあがった多くの成長投資案件が、なかなか実行まで至りませんでした。

そのような両者の関係に加え、当時は資本市場で株主との対話を重視する動きが出始めた時期でもあり、結果として、株主はじめステークホルダーの意見を踏まえることこそが、企業価値を向上させる上で合理的であると判断したのです。

TOBへの「覚悟」

立教大学 田中道昭

アマゾンのビジネスモデルを分析した著書もある立教大学ビジネススクールの田中道昭教授。

撮影:竹井俊晴

田中:そうした苦悩の中で、訣別への最終判断をするしかなかったと。

植野:はい。私が社長に就任した後も、WPPが提供したいリソースとADKが求めるニーズが重なり合うことはありませんでした。それが半ば強制的な要求になってくると、ADKとしても断固拒否するしかなくなる。買収案件をめぐって深刻な衝突が何度か続くなど、覚悟を決めねばならないという思いが募っていきました。

田中:覚悟というのは?

植野:私たちが選んだのは、WPPとの提携解消とベインキャピタルによるTOB(株式公開買い付け)でしたから(※)、自分はクビになる覚悟をするのは当然ですよね。しかも、自分だけならともかく、失敗したら私たちと一緒に行動してくれた人たちも道連れになるので、覚悟を共有してもらわないといけなかった。

提携解消とTOB……ADKは、米投資ファンドのベインキャピタルを「戦略的パートナー」として迎え、いったん同社の傘下に入って上場を廃止し、経営改革を断行する道を選んだ。筆頭株主のWPPや第2位の英運用会社はベインキャピタルによるTOBを買い付け価格が不当として抗戦(その後の経緯は以下)。

好き嫌いでそんなことはできませんから、リスクに見合うだけの大義が必要で、ADKの将来をめぐって執行役員たちと胃の痛くなるような議論を何度も重ねました。

田中:現実には、口をつぐんで任期満了を待つ経営者だっていくらでもいます。それほどのリスクを負う理由というか、原動力はどこから生まれてきたのでしょう。

植野:ここで自分が判断しなければ、自分が辞めた後も同じ状況が続くことになる。会社に残る幹部たちも、次の社長も、自分と同じように負の財産を引き継がねばならなくなる。そんな選択肢は初めから頭の中にありませんでした。

それに、家具屋の長男として生まれ、家業を継ぐよう言われて育ちながら、結局その道を選ばなかった自分の性格も関係しているかもしれませんね。昔から将来を人に決められるのが嫌だったんです。

「企業DNAの変容」が求められている

bain capital

ADKの戦略的パートナーとして経営改革を支援するベインキャピタルのホームページ。

出典:Bain Capital

田中:最終的に、WPPはベインキャピタルによるTOBを受け入れ、植野さんは引き続き社長として経営改革の陣頭指揮をとることになったわけです。2018年3月の上場廃止から半年が過ぎた現在の状況をどう見ていますか。

植野:パートナーとして手を挙げてくれたいくつかの会社の中で、ベインキャピタルは出自がコンサルティングファームということもあり、当初からADK独自の改革をサポートする「戦略的パートナー」としての姿勢が鮮明でした。また、TOBの前に数年かけて信頼関係を築いていたこともあり、現在も当初の青写真通りに改革が進んでいます。

現在はベインキャピタルが株式を100%保有している状態ですが、彼らにとってもADKが改革を成功させて再上場することがゴールであり、そのためのサポートを全面的に提供してもらっていると感じています。

2018年9月からは、十数本動いている改革プロジェクトをマネジメントする「チーフ・トランスフォーメーション・オフィサー(CTO、最高改革責任者)」を派遣してもらい、改革が一気に加速しました。改革を進める上で足りない人材を、ベインキャピタルのネットワークから紹介してもらえるのは非常にありがたい。同様に彼らの国内外のネットワークとジョイントしてビジネスを生み出す取り組みも始まっています。

田中:トランスフォーメーションに特化した責任者を設けるというのは、目新しい取り組みです。デジタル・トランスフォーメーションは単なるデジタル戦略ではなく、スタートアップ企業のようなスピード経営を実現できる企業DNAへの変容まで求められる。そこに重心を置いたところに、企業全体を刷新しようという決意を感じますね。

アマゾン

消費者の購買行動に一番近いところで広告を打てるアマゾンのECサイトは一種のメディアでもある。日本の広告業界にとっては大きな脅威だ。

REUTERS/Mike Segar

植野:広告代理店は就職先として花形と見られ続けてきたように、長いこと良い時代が続いてきたせいで過去からなかなか脱却できない。率直に言って、これまでやってきたことが改革の邪魔になっているところもあります。今必要なのは、非連続的な改革、ディスラプション(破壊)なのです。

マスメディア側の販売代理という従来的な「総合広告代理店」の役割だけでなく、広告主が実現したい成果をマーケティング領域でどのように実現するかを提案・実行していく、クライアントのマーケティング・パートナーとしての役割も果たさなければ、もはや生き残ることはできません。

田中さんが指摘するように、戦略・IT系コンサルやメガテック企業など、競合相手はもはや大手広告代理店ですらないのですから。

(※後編は、日本と世界の広告業界、デジタル化の潮流をテーマに近日公開予定です)

(構成:川村力)


植野伸一(うえの・しんいち):同志社大学商学部卒業後、旭通信社(現、アサツー ディ・ケイ)入社。営業として飲料・精密機器などの大手クライアントを担当後、執行役員関西支社長に。その後、執行役員および取締役として、コーポレート本部長、統合ソリューションセンター総括を歴任するなど、広告会社における各機能の統括を幅広く経験。2013年より代表取締役社長・グループCEO。

田中道昭(たなか・みちあき):立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。上場企業取締役や経営コンサルタントも務めている。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン』がある。

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