アマゾン「音声AI経済圏」の快進撃が止まらない。
2018年9月20日、米アマゾンは同社の音声アシスタント「Alexa」に関する戦略の発表会を、アメリカ・シアトルの本社で開催した。
シアトルのアマゾン本社隣にある「The Sphere」という施設で発表会が行われた。アマゾンが世界から記者を招いた発表会を行うのは異例のこと。
The Sphereの外観。シャボン玉が複数ならんだような、植物園のような有機的なデザインの建物だ。
スマートスピーカーと音声アシスタントを巡る競争は、日本以上にアメリカで過熱している。CTA(全米民生技術協会)は、2018年中に4360万台のスマートスピーカーが販売されると予測しており、そのほとんどを、アマゾンとグーグルの2社が販売している状況だ。
ライバルに競り勝ち、新しい市場をどう作るのか。同社でAlexa関連製品を作る人々への取材から見えた戦略を分析してみよう。
ネット家電に進出「ではない」アマゾン製電子レンジ
新「Echo Dot」。日本でもすでに予約を開始しており、10月末より出荷が開始される。
アマゾンは今秋、スマートスピーカーであるEchoシリーズを中心に、多数の製品を発表した。残念ながら、日本で販売されるのは「Echo Dot」「Echo Show」などの4製品に過ぎない。
日本市場には初投入となる、10.1インチディスプレイ搭載の「Echo Show」。発売は12月12日を予定。
だがアメリカでは、より多数の製品が発表され、驚きをもって迎えられた。
特に驚かれたのは、「電子レンジ」をアマゾンが販売することだ。「Amazon Basics Microwave」というこの製品は、宅内にあるEchoなどのスマートスピーカーと連動して動く。Echoに「電子レンジでポテトを蒸して」と言えば、適切な時間だけ電子レンジが動く。要はAlexa対応の家電だ。
家の中にあるEchoに向けて命令を話すと、電子レンジが動く。
なんとAlexa対応の電子レンジも登場。Amazonブランドで販売される。
これを見て、いくつものメディアが「アマゾンがネット家電に本格参入」とかき立てた。けれども、アマゾン自身はあまりそのことを意識していない。
米アマゾンでEchoデバイスの製品開発チームを統括するトニー・リード氏は、「電子レンジをはじめとした家電を売りたい、ということ以上に、家電開発者に見て欲しい、という思いがある」と、意図を説明する。
米アマゾンでEchoデバイスの製品開発チームを統括するトニー・リード氏。
音声対応した電子レンジや、ネット対応した電子レンジはすでにある。けれども、それらの製品とアマゾンが発売した電子レンジには大きな違いがある。それは「安さ」だ。
Amazon Basics Microwaveは59.99ドル(約6870円)。ヨドバシカメラなど大手量販店で買える最安値クラスの電子レンジと比べても安いほどだ。
電子レンジもピンからキリまであって、日本でもアメリカでも、「暖めるだけのシンプルなもの」は非常に安い。今回アマゾンが売る電子レンジは、シンプルな電子レンジに、「Alexaと連携する機能」を入れた。それだけで付加価値ができ、しかもコスト上昇がほとんどない、というのがポイントだ。
低価格なIoT家電を産み出すアマゾンの秘策
Alexa Connect Kitの開発ボード。通信関連のモジュールもセットで数ドル。これを組み込めば「Alexa対応家電」が完成。Amazon Basics Microwaveでも使われている。
その秘密は、アマゾンが開発者向けに公開した「Alexa Connect Kit」にある。
これは、Wi-FiやBluetoothを搭載するためのパーツと、Alexa連携を担う半導体がセットになったもの、と考えていい。開発情報は公開されており、無線通信関連の認証も終わった形で提供される。Alexa連携家電を作りたいところは、このモジュールをアマゾンから入手して家電に組み込むだけでいい。モジュールの追加コストは「数ドル以内」(アマゾン関係者)としており、確かに費用負担は小さい。
Alexa Connect Kitを使ったファンのコントロール機器。非常にシンプルなソフトだけで、声でファンをコントロールする機器ができあがる。
「Amazon Basics Microwaveを見れば、家電をAlexaに対応させることでどんなことができるかを理解していただけるはず。EchoとAlexaにとって、最初のキラーは音楽でした。今も重要な要素です。しかし、次のキラーアプリのひとつは、間違いなく『スマートホーム』。数年前まで技術に詳しい人しかやらないことでした。しかし、今は利用が増えています」
リード氏はそう説明する。
アマゾン側は、スマートホーム機器の盛り上がりを示すために、ひとつのデータを示した。
Alexa連携家電に認証を与える「Work with Alexa」というプログラムをスタートして以降、関連製品の販売量が53%増加したという。総量が不明なので評価に困る部分があるが、「アマゾンがAlexa対応家電の普及を促進したい」と考え、そのために有利な情報として示した、ということだけは間違いない。
アマゾンは「自分で学んで賢くなるAlexa」を作り始めた
自動車用の「Echo Auto」。スマホと連携し、車内に配置して使う。音声でナビやニュース・音楽視聴などが可能になる。
今回、Echo Autoのようなアフターマーケット向けの車載スピーカーも発表したアマゾン。
アマゾンにとって、実質的に世界で最も普及した音声AIの1つになったAlexaを、どう賢くしていくかは重要な関心ごとだ。
音声認識の精度は良くなったが、まだ人間同士のように賢い対話はできないのは課題だ。
Amazon Alexa担当 バイス・プレジデント 兼 サイエンティストのローヒット・プラサード氏によると、「能力・文脈理解・知識・自然さ・自己学習の5点で改良を進めており、その成果のいくつかは、日本語を含む、複数の言語に対し、数カ月内に反映される予定」とのことだ。
Amazon Alexa担当 バイス・プレジデント 兼 サイエンティストのローヒット・プラサード氏。
Alexaの能力は、言語によって異なる。プラサード氏は「英語と日本語、それぞれに有利・不利がある」と説明する。
「日本語は、音の分離については英語よりずっと有利で、認識しやすい傾向にあります。一方、『同音異義語』が多く、漢字・かな・アルファベットと複数の文字が使われています。音楽ひとつとってもそうです。同じアーティストの同じ曲が、英語ではデータベースに登録されていても、日本語で登録されているとは限らない。音声認識でそれらを聞きわけ、Alexaが正確に理解するには、ナレッジベースをもっと『鍛える』必要があります」
なかでも、Alexaの進化ポイントとして重要な点が2つある。
ひとつは「スキル」の呼び出しだ。スキルはスマホにおけるアプリのようなもの。他社のサービスや機器をAlexaから呼び出し、機能を強化していくために用意された仕組みだ。
けれども、わざわざスキルを使うために「Alexa、○○を開いて」と言ってから命令を伝える必要があるため、命令を一字一句憶えなければならないという弱点がある。そのせいか、Amazonが期待したほど利用が広がっていないのが現状だ。
そこで「Alexa、○○を開いて」という命令を不要にする仕組みに導入が検討されている。
この機能が実現すると、例えば仮に「Uberで1台車を呼んで」と呼びかけていたところを「車を呼んで」で済むようになる。「今はどこにいるのか」「過去にこの人は何をしたか」という情報を元に、「この人が『車を呼んで』と言った時には、過去と同じようにUberで車を呼ぶのだろう」と判断できるようになるわけだ。
これはまさに、プラサード氏のいう「文脈理解からの学習」だ。こうした機能の搭載により、スキル市場の活性化と、Alexaの有用性向上の両方を目指すことになる。
Alexaは近いうちに「予感」を身につける?
さらに野心的なのが、「Alexa hunches(予感)」という機能だ。
「Alexa hunchesは、『いつもやっていること』をAlexaが学習し、気を利かせてやってくれるようになることを目指しています。例えば、自動車で帰宅して『ガレージを開けて』といえば、その後には照明やカギを操作するでしょう。利用履歴やGPSの情報などから、『あれもやっておきましょうか?』とAlexaが聞いてくるようになります。日常的な作業の繰り返しはプログラミングに似ています。だから、Alexaのような存在は本来、大きな助けになるはずなのです」(プラサード氏)
現状では照明やセキュリティ機器のように、状況が把握しやすいものから進めるとのことだが、すべてを人が逐一命令するのではなく、最終的には「いつものあれ、やっておいて」といえばAlexaが動作するような世界を目指している。
「Alexaのようなボイス・ユーザーインターフェース(VUI)は進化が始まったところ。まだ使えるシーンは限られていますが、将来を考えるとそうではありません。日常的な多くのことを、AlexaのようなVUIが助けてくれるようになるはずです。
そのためには、もっともっとAlexaが知識を持つ必要はあります。でも、5年から10年が経過すると、VUIは我々にとって欠かせないものになっているはずです」
プラサード氏は将来をそう展望する。
文字から始まったコンピュータのUIは、現在「音声」の時代を迎えている、とプラサード氏は説明する。
「どのIT企業もVUIの開発を行っています。我々と彼らの違いは、消費者のニーズに基づいているかどうかです。技術的に可能だからやる、ということではないのです。『こういうことができたら便利だ』というニーズを最優先に開発を進めていきます」(プラサード氏)
(文、写真・西田宗千佳)
西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。