米中貿易戦争、日本はかすり傷? 「グローバル化の黄昏」衝撃は未知数

エスカレートする米中貿易戦争。世界の二大経済大国が深手を負えば、日本企業にも悪影響が及びかねない。そう心配する声が広がっていたが、ここにきて専門家の間では「当面はかすり傷で済みそうだ」という分析が目立ち始めている。

上場企業の経常利益減「1%以下」

2017年11月、中国を訪問したトランプ米大統領と、中国の習近平国家主席。

2017年11月、中国を訪問したトランプ米大統領と、中国の習近平国家主席。世界の二大経済大国の間で「やられたらやり返す」関税引き上げの応酬が続く。

Photo by Thomas Peter-Pool/Getty Images

「極めて限定的な影響しかありません」

米中の関税引き上げの応酬が日本企業に与える短期的な悪影響について、こんな見方を示すSMBC日興証券の牧野潤一チーフエコノミストの試算を代表例として紹介する。

アメリカが中国に課した追加関税の対象となる中国からアメリカへの輸入品総額は年2500億ドル(約28 兆円)にのぼる。日本企業への影響としてまず考えられるのは、多くの生産拠点がある中国からアメリカへの輸出がどれだけ減るかだ。牧野氏によると、日本の主な輸出企業の中国現地法人からアメリカへの輸出は3000億円規模。これらの法人の連結売上高合計のわずか0.1%にすぎないという。

2012年、尖閣諸島の領有権を巡る日中間の対立が激化。対日感情が極端に悪化した中国では、パナソニックの工場設備が壊されたり、トヨタ自動車系やホンダ系の販売店が焼き討ちにあったりし、日本企業関係者に大きな衝撃を与えた。それ以降、自動車や電機をはじめとする国内企業は「中国リスク」を強く意識するようになり、生産拠点を他国へ分散させる傾向が加速した。

今回の米中貿易戦争を受け、富士通ゼネラルが中国でのアメリカ向けエアコンの生産をタイに移すなどの動きも報じられたが、ほとんどの有力メーカーは静観の構えだ。

このほか中国企業の対米輸出が減ることで、部品などの調達先である日本企業との取引も減るマイナス効果がありえる。逆に、高関税のハンデを負う中国企業から日本企業がアメリカで市場を奪うプラス効果も期待できる。

こうしたマイナス、プラス両面の効果を総合して牧野氏が試算したところ、日本の上場企業全体の連結経常利益を押し下げる効果があるものの、鉄鋼、非鉄、電機といった影響が比較的大きい業種でさえ「1%以下」だと結論づけた。

27年ぶり株高、勢い増す強気派

日系自動車部品メーカーの中国工場。

中国にある日系自動車部品工場。日系メーカー全体でみれば、中国の生産拠点からアメリカへの輸出はわずかだ

REUTERS/Aly Song

もちろん、予想される悪影響は直接的なものだけではない。米中が互いに打撃を受け、そのあおりで世界経済全体の成長も鈍れば、日本企業も無傷では済まない。

牧野氏の試算では、米中間の関税引き上げの影響に加え、2018年7月に「一時休戦」したアメリカと欧州連合(EU)双方が導入済みでそのままになっている高関税措置などを考え合わせても、世界経済の成長を押し下げる効果は0.1%程度にとどまる。

貿易戦争による世界経済の成長への影響については国際通貨基金(IMF)が2018年7月、「0.5%減」との予測を公表している。ただし金融市場が混乱するなどの深刻な前提を置いたもので、今のところ実現性が高いとは言えないシナリオだ。

こんな見方を裏付けるかのように、最近の日経平均株価は約27年ぶりの高値圏に。もともと日本企業の業績自体はおおむね好調に推移していたこともあり、日経平均は「年末までに2万5000~2万6000円まで上がる」といった強気な見方も目立つ。

日米新関税交渉で自動車関税は避けられるか

横浜港から輸出される日本製の自動車。

横浜港から輸出される日本製の自動車。アメリカが高関税をかければ日本経済への打撃は大きいが…。

REUTERS/Toru Hana

だが、「米中」以外にも視野を広げたうえで中長期的な影響を考えると、決して楽観はできない。

まず焦点となるのが、2019年の年明け以降に始まる日米の二国間関税交渉の行方だ。2018年9月の日米首脳会談後、安倍首相は、アメリカが日本製自動車への高関税措置を交渉中は発動しないことをトランプ大統領に「確認した」と記者団に明言した。

万が一、米国産の農産物や自動車の輸入拡大に向けた具体策を日本に求めるアメリカとの協議が不調に終わり、自動車の対米輸出に高関税が課されるなどした場合、日本経済が深刻なダメージを受けかねないのは当然だ。「米中貿易戦争の影響」どころの話ではない。ただ、今のところその可能性は低そうだ。

米国の保護主義、2020年以降も?

米大統領候補だったトランプ氏の後ろに並ぶ労働者たち。

2016年9月、米共和党の大統領候補だったトランプ氏が会議に出席した際、後ろには労働者たちが並んだ。「中国などの輸出攻勢のせいで生活が苦しくなった」と感じる働き手らの支持がトランプ氏の当選を後押しした。

REUTERS/Jonathan Ernst

より大きなリスクは、米中貿易戦争が泥沼に陥ることだ。

中国の輸出攻勢のあおりで、仕事を失うなどして生活が苦しくなったと感じる労働者らの支持を得て当選したトランプ米大統領は、2020年に再選を果たすまでは強硬姿勢を維持する。しかし再選されても大統領が代わっても、自国が返り血を浴びる保護主義的な政策を米政府は転換するだろう——。市場ではこうした見方が根強かった。

BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは、「2020年に自由貿易を重んじる新大統領が誕生した場合でも、米中貿易戦争は終結しない恐れがある」とみる。

冷戦終結後、アメリカは唯一の超大国となった。ところが2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟してグローバル経済に組み込まれた中国は、国家資本主義体制のまま猛スピードで膨張を続け、2030年前後にはアメリカの経済規模を抜き去るという予測が目立つ。

「中国が覇権を握るのを阻止するには、これが最後のチャンスかもしれない。そんな危機感がアメリカのエリート層にも広がっているからこそ、トランプ大統領がしかけた貿易戦争に対して国内で全面的な反発が生じていないのではないでしょうか」(河野氏)

「中華民族の偉大な復興という中国の夢」を掲げて一強体制を固めた習近平国家主席も、簡単には引き下がれない。泥沼の貿易戦争の末、堅調な成長を維持する米中経済が持ちこたえられなくなり、そのあおりで世界経済が失速すれば日本への打撃も避けられない。

グローバル化の時代に終焉の兆し

北京の夕方のラッシュ

北京の夕方のラッシュ。グローバル化の恩恵による高成長で自動車を持つ中間所得層が爆発的に増えた。

REUTERS/Thomas Peter

さらに本質的な問題は、2000年代以降に本格化した「グローバル化の時代」が終わりを告げる兆しが見えてきたことだ。

モノだけでなく人やマネーも国境を越えて行き来しやすくなったことで、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)といった新興国が先進国向けの生産拠点などとして急成長し、世界全体の経済成長は大きく底上げされてきた。一方、生産コストが安い新興国に工場がどんどん移転されたため職を失うなどした先進国の工業労働者らは、グローバル化への反感を強めている。

河野氏はこう指摘する。

「保護主義的な主張を含むポピュリズム運動は、米国以外の先進国でも支持を広げています。米中貿易戦争が長引くなかで、グローバル化そのものがついに黄昏を迎えるのではないでしょうか」

その時、私たちの目の前に広がっているのはどんな世界だろうか。

( 文・庄司将晃)

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