欧州の大型基幹ロケット「アリアン5」100機目の打ち上げ。
Arianespace
「現在はスペースXとの競争について聞かれることが多いですが、10年前にはロシアのプロトンロケットとの競争について質問されましたね」と語るのは、日本のスカパーJSATとインテルサット社による静止通信衛星を搭載した大型ロケット「アリアン 5」打ち上げを成功させた仏アリアンスペース社、ステファン・イズラエルCEOだ。
全高54.8メートル、総重量780トンの大型ロケット、アリアン 5は2018年9月25日の打ち上げ成功で通算100機目のマイルストーンを迎えた。
そもそも国家間の競争の中で誕生したアリアンスペースは、幾多の打ち上げ失敗を乗り越えて、世界の主要な通信衛星企業から、静止軌道への通信・放送衛星を打ち上げる信頼を勝ち得てきた。
現在の主力大型ロケット「アリアン5」は1996年の初打ち上げ以来100機目。搭載されたのは、スカパーJSAT・インテルサット共同運用によるアジア太平洋地域向けの静止通信衛星「Horizons 3e」だ。
打ち上げ予定日の9月25日。筆者は現地にいた。
打ち上げ当日、射点に設置されたアリアン5ロケット。
打ち上げは午後6時50分過ぎに行われる予定だったが、7分前に地上側のレーダーの不具合で最終カウントダウンがストップするなど、衛星側関係者をやきもきさせた。遅れること約40分後の午後7時38分、アリアン5ロケットの第1段エンジンに点火された。
およそ7秒後にリフトオフし、大気を音と振動で満たしながら、大西洋に向けて開けている東の夜空へと昇っていった。光点が雲に照り映える美しい打ち上げだった。
打ち上げ後、中継モニターに予定時刻に衛星切り離しが表示されると、関係者の間には安堵と喜びの拍手が湧いた。
スペースXだけではない「老舗の民間ロケット企業」の姿
打ち上げ成功の翌日、民間ロケット企業同士の競争について、ステファン・イズラエルCEOに聞いた。
100機目の打ち上げを成功した翌日の9月26日、ステファン・イズラエルCEOに話を聞いた。
アジアでは日本とシンガポールに事務所を持つアリアンスペースは、毎年4月にCEOが来日して、日本の顧客企業向けの事業説明を行っている。
その席で報道関係者から出る質問は、ここ数年はイーロン・マスクCEO率いる米民間ロケット企業、スペースXとの競争についてだ。正直に言って、同じ質問が繰り返されてうんざりしないのだろうか? 率直な感想を聞いてみた。
イズラエル氏:民間ロケット企業の競争は今に始まったものではありません。現在はスペースXとの競争について聞かれることが多いですが、10年前にはロシアのプロトンロケットとの競争について質問されましたね。
スペースXとは、“衛星打ち上げのサービスプロバイダー”同士の競争というだけではなく、メディアの注目を引き付ける企業戦略の競争でもあります。あるときはメガコンステレーション※1、あるときはリユーザブル※2、衛星の代わりにテスラの自動車を打ち上げてみたり、常に新しいプロジェクトが発表されます。
※1 コンステレーション:地球周回軌道上に多数の衛星を打ち上げ、地球観測や通信、測位などの機能を持たせる衛星網。スペースXは4000機以上の巨大(メガ)通信衛星コンステレーションを計画している。
※2 リユーザーブル:複数回の打ち上げ(再利用)が可能なロケットのこと。機体を再利用することで、コストダウンや高頻度打ち上げを目指すことができる。スペースXは2015年にファルコン9機体の回収に成功、リユーザブルロケットを実現した。
イズラエル氏:相手は「メディアマシーンカンパニー」(メディアコントロールが巧みな企業)だと思います。スペースXは現在の顧客がいなくなっても(次が現れるので)構わない、というところがあるのですね。
そこでアリアンスペースの強みは何かといえば、“信用して任せられる”信頼性です。技術的なものだけではなく、カスタマーはアリアンスペースを信頼してくれ、お互いが信頼できる関係性を築いています。
私達は、毎日のようにクレイジーな新しいプロジェクトを発表したりしません。恒常性があります。宇宙は長期的戦略に基づいて活動するものなのです。
とはいえ、アリアンスペースにとって新たな創造となるのは、(新型ロケットの)『アリアン6』です。液体酸素とメタンを推進剤としたエンジンや再利用を可能にする『プロメテウスエンジン』など。私達は信頼性、恒常性、透明性と創造性を同時に提供します。他のコンペティターの後追いはしないのです。
これが、40年近くに渡って米露との競争を生き抜いてきた欧州のロケット企業を率いる人物の言葉だ。もちろん、ロケットの側がいくら堅牢であろうともビジネス環境そのものが変化する部分はある。
これまでは、1機で10年から15年も軌道上でのサービスを提供する大型静止通信・放送衛星がビジネスの主要な顧客だった。しかし、今後はもっと小型の衛星を多数打ち上げる「コンステレーション」ビジネスに変化していくことが予想されている。
アリアンスペースの次世代ロケットは、こうした小さな衛星を次々と任意の軌道に投入する機能を持とうとしている。スペースXだけでなくアマゾンのジェフ・ベゾス率いるブルー・オリジン社や、中国・インドとの競争も始まりつつある。日本と欧州は宇宙政策をとりまく環境が似ていると言われており、今秋に施行される日本の「宇宙活動法」はフランスの宇宙法を参考にしている。アリアンスペースの今後は、日本の宇宙ビジネスの将来を占うものでもあるのだ。
「打ち上げ」は今も昔もお祭りだ
今回はアリアンスペース社の打ち上げを見るというまたとない機会も得た。打ち上げ現場の雰囲気についても解説してみよう。
筆者が訪れた南米のフランス領ギアナには、フランス国立宇宙研究センター(CNES)が管理する欧州のロケット打ち上げ射場、「ギアナ宇宙センター」がある。北緯5度と世界の射場の中でも赤道に近く、地球の自転を利用してロケットを加速しやすい好条件の地だ。
ギアナ宇宙センターの入り口でビジターを迎えるアリアン5の実物大模型。18階建てのビルに相当する高さだ。
フランスの民間打ち上げサービス企業アリアンスペースは、この地で1980年以来、欧州を始め世界各国の人工衛星の打ち上げを担ってきた。
アリアンスペースには「ロケットを製造しない」という特徴がある。日本では三菱重工業やIHIエアロスペースが、アメリカではスペースXやユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)社がロケットの製造と打ち上げを両方担っている。
一方、アリアンスペースはロケットをフランス、イタリア、ロシアから調達し打ち上げオペレーションを専門に行う。民間航空業界では航空機メーカーとエアラインが別々に存在するのと同じ構図だ。
これは、1970年代のフランスと欧州が、宇宙開発で先行する米ソという超大国の都合に左右されずに独自の人工衛星を打ち上げる能力を維持しようとしたことによる。
だが、年間に数機の技術試験衛星や科学衛星といった政府系衛星の打ち上げ機会だけでは、ロケット開発費や射場の運用費が多大な負担になる。そこで、当時はまだ存在していなかった「民間の商業衛星」打ち上げを引き受けるという道をフランスは選んだ。その事業開拓を行う使命を帯びて誕生したのがアリアンスペースだ。“民間宇宙ビジネス”の開拓を最初に始めたのは、アメリカでもロシアでもなく欧州なのだ。
打ち上げ当日に現地で起こることとは?
今回の打ち上げは、ギアナの現地時間9月25日午後7時ごろに予定された。打ち上げに向けて、衛星オーナーであるスカパーJSAT社やその他の関係者向けには、打ち上げ見学ツアーが用意されている。筆者もここに同行できた。当日の朝から東京23区よりも広い総面積850平方キロメートルの射場全体をバスで巡る。
打ち上げ管制室からアリアン5ロケットの組み立て棟、機体のコントロールセンター、2020年登場予定の次世代大型ロケット「アリアン6」射点工事現場まで、専任のおもてなしスタッフがじっくり解説してくれる。現地時間10月19日に打ち上げ予定となっている日本・欧州共同の水星探査機「ベピコロンボ」を搭載する、準備中のアリアン5まで見せてくれた。
準備中のアリアン5ロケット。10月19日、日欧共同の水星探査機「ベピコロンボ」を搭載する機体だ。
見学の合間には、アリアンスペースのほか衛星運用企業のインテルサット、衛星製造メーカーのボーイングなどがホストとなる食事会が度々行われる。今でこそ、おおむね1カ月に1回は行われる打ち上げだが、新たなビジネスの始まりを意味する衛星の打ち上げは、今でも関係者にとって大イベントなのだ。
射点に最も近い「トゥーカン」見学台から夕暮れのアリアン5。
夕方になると、射点から5.1キロメートル離れた打ち上げ見学台へ移動。事前登録しなければ入れない、小高い丘の上の見学台でライトアップされた機体を眺めつつ打ち上げの瞬間を待つ。
打ち上げは午後6時50分過ぎに行われる予定だったが、なんとあと7分という微妙なところで最終カウントダウンがストップした。しかもアリアン5の機体ではなく、追跡管制レーダーの不具合によるものだという。その日のウインドウ(打ち上げ枠)は50分程度しかなく、カウントダウン再開が間に合わなければ延期だ。
衛星側の関係者がぼやく中で、午後7時38分のウインドウ終了の7分前、7時31分からカウントダウンが再スタートした。残り7分ではウインドウ枠終了時刻ぴったりでの打ち上げとなり、もしも再度カウントダウンが止まったら(打ち上げではよくある)、その日はもうチャンスがない。
見学台の全員をやきもきさせる中、午後7時38分にアリアン5ロケットは予定通り上昇を開始した。第1段エンジンに点火し、およそ7秒後にリフトオフ。大気を音と振動で満たし、大西洋に向けて開けている東の夜空へと昇っていった。光点が雲に照り映える美しい打ち上げだった。
ただし、衛星関係者の緊張はまだ続く。リフトオフが終わりではなく、28分後にロケットから衛星を切り離し、静止軌道に向かって移動を開始する瞬間が人工衛星にとっては「本番」だからだ。見学台の中継モニターにロケットの状況が逐一表示され、予定時刻に衛星切り離しが表示されると、今度こそ安堵と喜びの拍手が湧いた。
アリアンスペースと日本の関係は実は深い。今回の衛星オーナーであるスカパーJSAT社はたびたびアリアン5を通信衛星の打ち上げ機体に選んでいるほか、先ほど書いたように、2018年10月19日には日本欧共同の水星探査機「ベピコロンボ」打ち上げが予定されている。
2019年以降には、ギアナ宇宙センターで日欧共同のリユーザブルロケット開発も始まる。南米ギアナは日本の宇宙開発の将来に関わる地でもあるのだ。
(文、写真・秋山文野)
秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。