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ノーベル賞「オプジーボ」はがん万能薬ではない——正しい知識こそがん難民を防ぐ

2018年のノーベル医学生理学賞に、免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(商品名オプジーボ)の開発につながった京都大学の本庶佑名誉教授が選ばれ、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬に関心が集まっている。「夢の新薬」という言葉で形容されるケースも見受けられる。

「夢の新薬」というと、不治の病であったがんがすっかり治ってしまうような印象を受けるかも知れないが、具体的にオプジーボとはどんな薬なのだろうか。その効果に加えて、限界についても解説したい。

手術できない事例に使われる

ノーベル賞

ノーベル医学・生理学賞を受賞した本所佑名誉教授。20年以上の研究が、新薬の誕生へとつながった。

Reuters / TT News Agency

オプジーボは、もともと皮膚のがんである悪性黒色腫の治療薬として開発された。本庶氏らのグループは、1992年に「PD−1」という、活性化T細胞の表面に発現するタンパク質を発見。がん細胞は、このタンパク質を通じて、がん細胞を攻撃するT細胞の活性を低下させるのだが、免疫チェックポイント阻害剤はこの部分を阻害することで、T細胞の働きが抑えられ免疫力が低下するのを防ぐ役割を果たす。

免疫チェックポイント阻害薬はオプジーボだけではない。本庶氏と同時受賞したジェームズ・アリソン氏はCTLA-4というタンパク質を発見し、オプジーボと同様に現在幅広い治験が行われている免疫チェックポイント阻害薬・イピリムバブ(商品名ヤーボイ)の開発に貢献した。

その後も続々と新薬が開発され、国内でも発売されているベムプロリズマプ(商品名キルトイーダ)、アテゾリズマブ(商品名テセントリク)など、国内外で膨大な臨床試験が進行中である。

なお、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬は、現在のところ多くは再発や転移がある、手術できない例の生存率改善目的に使用される薬であり、切除可能ながんを診断された人が、「オプジーボだけで治しましょう」ということはまずあり得ない。そのようなことをすすめるクリニックがあったら、それは怪しいクリニックだと考えて差し支えない。

薬価は低下しているが依然として高額

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京都大特別教授の本庶佑氏のノーベル医学生理学賞受賞で、注目されるオプジーボの働きのイメージ。

Getty/Murata Yuki

オプジーボは2014年に海外に先駆けて日本で承認・発売されたが、悪性黒色腫という、比較的稀な疾患を対象にして開発されたこともあり、治療に使われる範囲が限られるため当初高額新薬として話題になった。当初は100mgあたり72万9849円で、体重60kgの人が半年間治療すると1500万円程度かかるということで、将来的に保険診療を逼迫(ひっぱく)させるのでは、と危惧された。

2017年2月より50%引き下げられ、さらに2018年4月に再度引き下げがあり、100mgあたり27万8029円となった。2018年11月からは用法・用量の変更に伴い、さらに引き下げられる予定で、100mgあたり17万3768円となる。

今後、適応される疾患の拡大とともに、薬価はさらに低下していくことが予想されるが、それでも現時点では1カ月約83万円(3割負担とすると25万円)、半年使用して500万円程度となっている。依然として高額であり、高額療養費制度(1カ月にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額を超えた分が後で払い戻される制度)を使う必要がある。

生存期間の延長は数カ月の可能性も

小野薬品のホームページ

小野薬品のホームページには、医療関係者、患者両方に向けてオプジーボに関する知識を伝えるコーナーがある。

小野薬品HPより

悪性黒色腫の治療薬として開発されたオプジーボだが、その後徐々に適応が拡大された。まず再発、転移を来した非小細胞肺がんに拡大され、対象患者の数は劇的に増えた。その後、腎がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がんなどにも続々と適応が拡大されている。

現時点では、再発/転移をきたした化学療法の効果がない症例に使われることが多いが、今後は再発や転移がわかったらすぐに使用するケースも増える可能性がある。術前化学療法や術後補助療法としての臨床試験も試みられている。

また、オプジーボの使用により、多くのがんで、3年生存率の有意な改善が報告されているが、生存期間中央値の改善は数カ月である。例えば腎がんでは、治療歴を有する進行腎細胞がんに対して、オプジーボとエベロリムス(腎細胞がんに対して使われる分子標的治療薬)との比較が海外で行われたが(Checkmate-025試験)、3年生存率はオプジーボ39%、エベロリムス30%であり、全生存期間中央値はオプジーボ25.8カ月、エベロリムス19.7カ月だった。

非小細胞肺がんに関しては、効果があるのは投与したうちの4分の一ほどで、効果がある人、ない人を前もって予測することは困難と言われている。

「最期どう生きるか」と一緒に考える

このように免疫チェックポイント阻害薬は、「不治の病」といわれたステージⅣ(他臓器に転移があり手術などはできない状態)のがんの生存率を改善する画期的な薬剤ではあるものの、現時点での効果は生存率を数カ月延ばすということ、効果がない人も多いこと、さらに全てのがんに効果があるわけではない、ということをきちんと知っておいた方がいい。

現段階では、「末期がんを直す薬」と位置づけられず、「生存期間を少し延長する薬」というほうが妥当である。 また、人によっては強い副作用が出ることもあり、免疫チェックポイント阻害薬の使用を考えることは、「人生の最期をどのように生きたいか」という問題や終末医療をどの程度受けたいか、などと一緒に使用を考えることも大切だ。

「免疫療法」うたうクリニックは安全か?

クリニックイメージ

自由診療のクリニックが「免疫療法」をうたい、高額な治療費で効果が証明されていない悪質なケースも存在するのは事実だ。

Getty/Pattanaphong Khuankaew / EyeEm

以前から多くの自由診療のクリニックが「免疫療法」をうたい、高額な治療費で効果が証明されていない診療を行ってきた。エビデンスのある治療薬が開発される前は、「免疫療法」というとインチキ医療の代名詞のように言われていた時代もある。

現在でも治癒は不可能とされたがん患者さんや、抗がん剤の副作用で標準治療を受けることを諦めてしまった「がん難民」の患者さんたちを食い物にしている「悪徳クリニック」は多数存在する。最近は法律改正で医療に関する誇大広告は取り締まられるようになったが、「末期がんが治る」などの、非現実的な効果をうたっているものはまずインチキと言っても差し支えない。

しかし、全ての自由診療が必ずしもそのような目的で行われているわけではないかもしれない。日本では海外で使用されている薬でも承認されず使用できないことがあり、承認されるまでの海外との期間の差は「ドラッグラグ」と言われ深刻である。

「がん難民」生み出さないために

アメリカでは開発された新薬に対し速やかに多数の治験が行われ、患者さんは治験に参加することで、「はっきりとした効果は検証途上だが、可能性はあると考えられている薬」の投与を受けられる。

日本でも同様だが、治験の数はアメリカに比べ少なく、情報提供体制が充実しているとは言いがたい現状だ。再発や転移で、ただでさえ残された時間の少ない患者さんたちにとって、ゼロから情報を集めるのは容易ではないだろう。

こういった背景がインチキ療法にわらをもすがる思いで希望を託す「がん難民」を作り出す一因になっており、治験の充実や情報提供の体制を速やかに整えていく必要がある。自由診療を行うクリニックも、エビデンスの構築に協力していく責任があるのではないだろうか。

オプジーボに関しても、今回話題になったことで問い合わせが相次いでいると聞く。しかし、ここで書いたように、オプジーボは万能の「夢の新薬」というわけではない。現状では効果にも限界があり、それを知った上で、適切な治療を受けることが必要であろう。

(文・松村むつみ)

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