女子受験生の得点を一律に減点していた東京医科大学の女性差別入試が大きな問題となったが、同校だけではなく、他の医科系大学も同様のことをしているのではないか、という疑念は未だにくすぶっている。
いわゆる女子フィルターは企業の採用でも昔からある。入試と違って男子にゲタを履かせて女子を抑制するというより、そもそも採用における“得点”がないので、会社の内規のようなもので、「女子3割、男子7割」「女子の上限4割」といった不文律が存在した。
一次通過は6割女子、最終的には男子7割
人気の総合商社の一次面接を担当した課長職の男性からこんな話を聞いたことがある。
「帰国子女をはじめアメリカの有名大学の女子学生も受けにくるし、東大や早稲田の男子学生よりも優秀な女性も多くいます。一次面接の通過者は女子が6割超えるときもありますが、なぜか最終の内定者の比率は男性が7割を占めます」
出産・育児後も働き続ける女性が増えている中、女子採用は抑制され続けている。
撮影:今村拓馬
なぜ女子の採用を抑制するのか。
消費財メーカーの採用課長は「正直言って女子学生のほうが英語力も高く、受け答えもしっかしています。採用基準に従うなら男性よりも多くなるでしょう。しかし、営業部門から女性はそんなにいらないと言われているので、抑えざるをえないのが実状です」と明かす。
採用数は会社の要員計画に基づいて決まる。各部門から注文をつけられると人事部も従わざるを得ないところもある。だが、結婚退社も少なくなり、出産・育休後も働き続ける女性が増えている中で、偏見に満ちた経営幹部がまだいるのだろう。
慶應偏重の見直しと女子規制の撤廃
おそらく最終的な責任は経営トップにある。5年ほど前に大手百貨店は採用方針を見直した。当時の人事担当者はこう言っていた。
「一つは採用者の慶應大学偏重を是正することです。また、女子は多くても5割を超えないという“5割規制”を撤廃し、優秀であれば女子が5割を超えることを容認しました。一部に抵抗がありましたが社長の強い決意で決まり、年によっては女子の採用者が男性を上回ることもあります」
経営トップの強い意志があれば、採用における男女差別の撤廃も可能だと示している。ということは、受験者数の母数に対して著しく女子の採用数が男子より低い企業は、経営者が差別を容認しているということになる。
「慶應大学偏重の是正」というのもおもしろい。確かにかつての大手百貨店は慶應大学出身者であふれかえっていた。慶應出身者優先は、まさに「学歴フィルター」の典型だろう。そもそも学歴フィルターとは、会社説明会に偏差値上位校の学生を誘導するための仕組みであるが、今も形を変えて残っている。
インターンシップに参加するにも大学の偏差値で選考が決まってしまうことも多い。
撮影:今村拓馬
その典型はインターンシップ参加学生の選考である。毎年夏から実施されるインターンシップでは偏差値上位校の学生が優先的に選抜されていると言われる。
大手医療機器メーカーの人事担当役員はこう語る。
「インターンシップ参加者は大学の偏差値で選考されているのは間違いありません。ただし、インターンシップで囲いこんで採用までフォローするには労力がかかり、それができるのは資力・体力のある業界でもトップクラスの優良企業です。当社もインターンシップを実施していますが、偏差値上位校の学生はライバルの大手企業に流れますし、学生の獲得には苦労しています」
AOより体育会系を評価する担当者
女子フィルターや学歴フィルターはいわば会社ぐるみだが、採用担当者によって独自のフィルターをかけている人もいる。
その一つが「AOフィルター」である。一般入試ではなく面接と小論文のみで受験するAO・推薦入試による入学者が近年増えている。「平成29年度の国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」によると、私立大学の入学者のAO入学比率は11%、推薦が41%で計52%を占めている。
AO・推薦入試では、本人が大学に入って何をやりたいのか、具体的なビジョンがあることを重視する。学力だけではわからないポテンシャルを評価するものだが、採用担当者の中には「基礎学力が低い」と見なし、面接で落とす人もいる。
例えばメガバンクの人事関係者は、「面接ではAO入学かどうかをそれとなく聞き出し、AOだとわかれば選考から外している」と言う。つまり一般入試で合格したという事実だけを評価し、入学後の成長度合いを評価しない偏差値至上主義であり、その構造は学歴フィルターと同じである。
じつはAO入試=基礎学力なしという基準で体育会出身の学生を評価する企業もある。
通信系企業の人事担当者はこう語る。
「体育会系学生の中で最も人気が高いのは偏差値上位校に一般入試で入った学生です。合格できる学力があり、スポーツに打ち込んで優秀な成績を収めたという実績が評価される。しかし、最近では従来のスポーツ推薦枠ではなく、スポーツ伝統校からAO入試で早稲田や慶應に入学する学生も増えています。体育会系の中でも人気の高いラグビー部や野球部でいくら活躍したとしても、AO入学者は英語力もなければ基礎学力も低いだろうと見なされ、優遇されることはありません」
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また、英語力に関しては「たとえ話せなくても中学・高校で学んだ、読む、書くといった最低限の文法能力がなければ、たとえば海外赴任前に英語の研修をしても伸びしろがありません」と語る。
大学の偏差値と基礎学力偏重の採用
基礎学力と柔軟な発想やクリエイティビィティとは決して結びつかないが…。
撮影:今村拓馬
AOフィルターに近いのが“エスカレーター・フィルター”だ。
大学附属の幼稚舎や中学・高校からエスカレーターで進学した学生はチェックしていると語るのは、自身も慶應大学の付属校出身のIT企業の人事部長だ。
「私は受験で慶應の附属中学に入りましたが、それなりに勉強はできるほうでした。でも中学に入ったら勉強そっちのけでスポーツ三昧。私だけではなく小学校からエスカレーターで上がってきた生徒も毎日遊びまくっている人が多く、大学受験して入った友人とは明らかに学力差があります。私もこのままではスポーツバカになると思い、部活をやめて大学時代は一生懸命に勉強しました。付属校出身者だから学力が低いとは言いませんが、中学・高校時代はどのように過ごしてきたのか聞き、遊んでばかりいて勉強もろくにしなかった学生は弾くようにしています」
言い分もわからないではない。だが、学歴フィルターには大学入学時の偏差値や基礎学力重視が根底にある。何より学力以外のポテンシャルを見抜いて優秀な学生を育成する目的で始まった大学のAO入試と、それを否定する企業側の評価は真逆である。
基礎学力と柔軟な発想やクリエイティビィティとは決して結びつかない。グローバルレベルの競争が激化し、ビジネスモデルの盛衰が激しい時代に、いつまでも学歴を指標にした採用を続けていてもよいのかと危惧を抱かざるを得ない。
溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。