豪雨直撃で被害額15億円。わずか1カ月後に「獺祭 島耕作」を発表できた舞台裏【前編】

獺祭

地震や豪雨の災害が頻発した、2018年夏。各地で地場産業の中小企業が被災した。その中でも話題を集めたのは、獺祭を製造する、旭酒造だった。

2018年夏は、大阪北部地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震と、大規模な自然災害が相次いで日本を襲った。

被災地の企業はどうやったら立ち直れるのか。その先駆例として思い浮かぶのが、一升瓶30万本相当の商品廃棄から一転、復興酒「獺祭 島耕作」を発表した旭酒造(山口県)だ。売り上げの一部、1億円以上の寄付も行った。

転んでもタダでは起きない、その舞台裏を、同社の桜井一宏社長が明かした。

豪雨直撃、変わり果てた醸造所「想像もできない光景だった」

獺祭

本社蔵と直販所の間を川が流れ、以前は橋がかかっていた。しかし、西日本豪雨の際に上流で土砂崩れが発生。土砂が押し寄せ、橋は跡形もないほどに破壊された。

出典:旭酒造

「酒蔵の前が川になっています」

2018年7月7日早朝、東京に出張中の桜井社長に社員から電話が入った。旭酒造のある山口県岩国市周東町は、6日から豪雨に見舞われた。本社蔵の近くを流れる川の上流で土砂崩れが発生。大量の土砂が押し寄せ、本社蔵と直販所の間に架かる橋が飲み込まれた。

停電が続き、酒蔵の排水設備も浸水被害にあった。すぐに帰郷したが、空港から酒蔵まで、通常なら40分の道のりが、4時間かかった。そこで見た光景を桜井社長はこう表現する。

「一瞬、言葉を失いました。想像もできない光景に、逆に客観的になってしまいました」

獺祭

豪雨発生後の混乱を振り返る、桜井一宏社長。

10月7日は土曜日にも関わらず、20〜30人が出社。敷地内に流れ込んだ土砂を撤去し、手が空いた社員たちは近隣の復旧作業を手伝った。週が明けた9日月曜日、社員全員が出社した。桜井社長は「半分くらいの社員でも」と思ったが、父・桜井博志会長と製造部長は「苦しい部分も社員に見せよう。現場を見ないと実感がわかない」と出社する方針で合致して、集まってもらった。

影響は一升瓶約30万本相当、被害額15億円

被災

蔵の周りには、大量の雨や土砂が押し寄せた。7月7日撮影。

出典:旭酒造

9日午前には記者会見を開いた。“世界的に知られる日本酒のつくり手・獺祭の悲報”は、全国を駆けめぐった。仕込み中のタンクは150本(一升瓶で30万本相当)。停電により温度調整ができなくなったため、通常の出荷はできなくなった。被害額は推定約15億円。一部では、獺祭を買い占めようとする動きさえ見られた。

そんな中、ファンからは、タオルや水などたくさんの支援物資が寄せられた。復旧作業を直接手伝いに来てくれる一般の人もいた。

被災した直後から、「お客さんから『はよ飲みたい』『いつ出荷するの?』という声をいただくんです」(桜井社長)。重たい泥をかき分けても、かき分けても、先が見えない復旧作業。それを支えたのは、獺祭ファンからの声だった。

出荷の問い合わせは、消費者からにとどまらなかった。

全国の取引先の酒店がニュースに驚き、「いつ出荷できますか」と問い合わせが殺到した。自社の営業部門は、「とにかく出荷してください」と製造部門に詰め寄る。製造部門からすれば、被災した酒蔵の片付けも残っている中で、「無茶を言わないでくれ」という状況が続いた。

「保険は使わない」獺祭が考えた被災との向き合い方

人気日本酒ブランドの酒蔵の被災。不幸中の幸いだったのは、浸水の影響を受けたのが、瓶詰めが終わった出荷前の商品で、大事な醸造用のタンクは無事だったこと。「獺祭の味わい」が失われることはなかったのである。

しかし、復旧にあたって課題となったのは、仕込み中のタンクに無傷で残った50万リットルの酒だった。泥水が入ったわけでも、汚染されたわけでもないが、停電から復旧するまでの3日間半、温度管理ができなかったために、通常の獺祭の品質を担保できない。

これら仕込み中の酒は、もともと1本(720ml)数千円から、高いものでは3万円以上する“高品質”な酒だった。

「出荷する労力を考えたら、(廃棄して)保険を適用した方がいいという声もあった」(桜井社長)

社内では販売に消極的な意見もあった。しかし、桜井社長によると、父の博志会長らの頭の中には、被災後1週間が経って復旧の道筋を考え始めた当初から、「廃棄して保険でまかなう」という選択肢はなかったのだという。

「美味しい酒をお出しすることが仕事。そのプライドは捨てられない」(桜井社長)。実はこの時期、タンクに残った獺祭を売るための名前をすでに考え始めていた。十分に温度管理され、発酵を調整してつくられた酒ではない以上、通常の獺祭としては売れないからだ。

「不撓不屈」(ふとうふくつ)

「格下げ酒」

「7月7日のお酒」

そんな“復興酒・獺祭”の名称を検討した、と桜井社長は数カ月前を振り返って明かした。

「島耕作の名前を使っていいですよ」

島耕作

被災から数日後、島耕作シリーズの作者の弘兼憲史氏から連絡が入った。

「復興酒」の発売に向け、無我夢中の日々の中、驚きの電話が入った。

「課長 島耕作」シリーズの作者である漫画家・弘兼憲史氏から、「泥水に飲まれた酒を正価で買い取りたい」という申し出だった。弘兼氏は、旭酒造のある山口県岩国市出身。旭酒造とは2013年ごろから縁があり、島耕作シリーズで獺祭を取り上げたこともあった。

桜井社長は、「土砂を被った酒は、衛生上、販売できません。ただし、仕込み中の酒は“復興酒・獺祭”のように販売したい」と伝えた。その方針に弘兼氏が共感し、即座に「島耕作の名前を使っていいですよ」と思ってもみない提案をもらった。

この電話連絡から数日後の7月23日、桜井社長と博志会長は都内にいた。ともに席を囲んだのは、弘兼氏、版元・講談社の担当編集者、日本酒のラベル印刷会社の関係者らだった。

名称が「獺祭 島耕作」になること、ラベルのイラストは過去に島耕作で使ったものを再利用すること、商品名の題字を新たに書家に書いてもらうこと、さらには「獺祭 島耕作」の発表日から製造の目処まで、すべてのロードマップがその場で一気に決まった。

弘兼氏の助言で、値段を決めた

桜井社長によると、逡巡があったのは、やはり価格設定だった。いつもの獺祭の味ではない、ということから、当初は1本1100円にして、100円を被災地に寄付する予定だったという。その時、「1200円にして、200円を寄付したら」と助言したのは弘兼氏だった。

「最初は本当に販売できるか(消費者に買ってもらえるのか)自信がないところもあって、100円でも上がると買ってもらえないのではと躊躇しました。ただ、計画上65万本を販売できる見込みでしたから、(弘兼氏の助言のように200円を寄付すれば)総額で約1億3000万円もの義援金を被災各地に寄付できることになります。軽はずみかもしれませんが、うまくいったら痛快だと考え直したんです」(桜井社長)

西日本豪雨の被災地への義援金は、台湾や中国から日本円にして2000万円以上が寄せられていた。それら国家単位の義援金より多い金額を、消費者の応援を得て寄付できるというのは、被災した企業をファンが支援する手段としてこれまでにない新しいやり方だ。

会見

8月2日に都内で開かれた会見。左から、桜井一宏社長、弘兼憲史氏、桜井博志会長。

出典:旭酒造

そして「獺祭 島耕作」発売へ

「獺祭 島耕作、発売!」

8月2日、桜井社長と博志会長、弘兼氏は、都内で「獺祭 島耕作」を発表した。被災した7月7日からわずか26日後のことだった。

このニュースは、関係者の想像以上のインパクトで日本中を駆けめぐった。発売は8月10日。この時に初めて、さまざまなランクの獺祭が同じ「島耕作」ラベルで発売されることも明らかにされた。巷では「獺祭ガチャ」などと呼ばれたが、実は当初から意図していたことではなかったという。

なぜ「獺祭ガチャ」は生まれたのか? そこには、混乱の中で製造していく、復興酒ならではの複雑な事情があった。

(後編に続く)

(取材・伊藤有、木許はるみ、文・木許はるみ、撮影・岡田清孝)

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