豪雨翌月、1本3万円の獺祭が1200円で売られた理由。ファンが狂喜乱舞した“獺祭ガチャ”は必然だった【後編】

会見

大々的に「獺祭 島耕作」を発表!しかし、翌日から怒涛の日々が待っていた。左から、桜井一宏社長、弘兼憲史氏、桜井博志会長。

旭酒造(山口県)は、西日本豪雨による被災から、わずか1カ月で「獺祭 島耕作」を発表した。9月2日までに58万本を売り上げ、売り上げの一部にあたる総額1億1600万円を義援金として寄付した。順調に見える旭酒造の復旧、しかし、獺祭 島耕作の発表当初、大きな問題が待ち構えていた。

参考記事:豪雨直撃で被害額15億円。わずか1カ月後に「獺祭 島耕作」を発表できた舞台裏【前編】

被災

酒蔵の周辺が土砂にまみれた旭酒造。2018年7月7日撮影。

出典:旭酒造

150本のタンクを利き酒、少しでも酒を救いたい

2018年8月2日、西日本豪雨から1カ月弱、旭酒造は「獺祭 島耕作」を記者会見で発表した。

「(8月の)3日、4日、5日と、一気にお受けする注文のケタが上がっていきました」と桜井社長は振り返る。記者会見の翌日以降、取引先から数百ケースの注文が一気に入るような状態になった。

獺祭

獺祭 島耕作を発表してから、課題は山積みだった。当時のことを振り返る、桜井一宏社長。

出荷時期は、記者会見の席で「8月10日」と告知していた。が、58万本という数は、一気につくれるものではない。

「獺祭 島耕作」の特製ラベルは、地元の印刷会社がフル稼働し、順次納めてくれる手はずになっていた。そこで旭酒造の製造部門は、ラベルが届くまでに、瓶詰めを先行して開始した。

豪雨被害のために一時的に温度管理ができなかった醸造タンクは、150本。汚染されていないことは分かっていても、どのタンクにどれくらいの(味の)影響が出ているか、分からない。そこでまずは、すべてのタンクを利き酒して、品質を確かめた

獺祭

製造部門は、停電により温度調整が一時できなかった酒を利いて、品質を確かめた。

出典:旭酒造

「商品として出せるものはできるだけ出荷したい。少しでも良い状態でお酒を救いたい。(被害に遭っても)できるだけ最高の状態で届けたかったんです」(桜井社長)。

この時点で電気は復旧していたが、温度調節ができなかった3日半でタンク内の状態は変わっている。品質の程度によって、早めに瓶詰めをしたり、丁寧に手を加えてから詰めたり、タンクごとに瓶詰め時期を調整する必要がある。

桜井社長によると、「獺祭 島耕作」ではこれまで試したことのなかった、ある種の実験も行っていた。酒の品質を取り戻すために、古い文献にあるような酵母の添加や水を「打つ」(まく)などの手法を試みたのは、この時が初めてだった。

結果的にこの試みはうまくいった。「理屈では分かっていてもやってこなかったことを、取り入れるきっかけになった。リカバリー、トラブルに対する知恵、ノウハウが得られた」という。

いわゆる“獺祭ガチャ”が誕生するまで

獺祭 島耕作は、一律1200円で販売されたにも関わらず、通常3万2400円で販売される高級酒「獺祭 磨き その先へ」が一部含まれていることから「獺祭ガチャ」と呼ばれ、ファンから注目された。グレードが違う酒を混ぜて出荷したことには、避けられない理由があった。

先に書いたように、製造の現場では、ラベル印刷を待たずに瓶詰め作業が進める必要があった。58万本という大量の酒を、品質を悪化させずに少しでも早く出荷するためだ。

そうすると、酒蔵にはラベルのない酒瓶が大量に並ぶことになり、どの瓶が高価格帯の「獺祭 磨き その先へ」(になるはずだった酒)なのか、ほかの通常価格帯の商品と見分けがつかない状態になる。

そうなることは製造前から想定できたため、当初から分別するのをあきらめ、すべての商品に同じラベルを貼り、グレードによらず一律1200円での販売とするほかなかった。

ラベル貼りは連日、深夜1時過ぎまで続けられ、ついに58万本の商品は完成した。

ただ、そこからの物流を確保するのも、各地のトラックが災害対応にあたっていたため、一苦労だった。旭酒造の社員がたった1人で、電話帳の「あ」から順に物流会社へ電話をかけ続け、協力をお願いしていった。

消費者の手元にやっと届けられた「獺祭 島耕作」。しばらくして、“獺祭ガチャ”の言葉が広まったことを、桜井社長はもちろん知っていた。

「この当時、よくお客様から『(自分が買った瓶は)とてもおいしかった。これはもしかして「磨き その先へ」だったのでは?』と聞かれました。ですが、私たちも答えられませんでした」

一方、消費者からは、各地に均等に「磨き その先へ」から生まれた「獺祭 島耕作」を届けてほしいという要望も寄せられた。しかし、「緊急事態に対応して出した商品なので、『それはできません』と返さざるを得なかった。仕方がなかったんです」

100万人以上の応援が詰まった義援金

獺祭

「獺祭 島耕作」1本につき、200円を義援金として寄付した。旭酒造は、東日本大震災の時から寄付に取り組んでいる。

全国に届いた58万本の「獺祭 島耕作」は、こうして生まれた。1本あたり200円を充てた義援金は、総額1億1600万円にのぼった。その全額を山口、岡山、愛媛、広島の4県に2900万円ずつ寄付した。

桜井社長は言う。

「58万本を買ったお客さん、飲食店で飲んだ方も合わせると、応援の声はおそらく100万人以上になる。これを生かしてほしい」

こうした説明を、島耕作の等身大パネルとともに、各県庁を回って伝えた。

旭酒造は9月13日、被災後初となる通常商品の出荷を行った。酒蔵としては完全に豪雨被害の前の状態まで復旧し、これまで通りの出荷ができるようになった。土砂で流された橋は、10月22日に仮橋が架けられ、同社直営の販売所「獺祭ストア 本社蔵」の営業も再開した。

初出荷

豪雨被害の後、通常の商品を初出荷する際の様子。

出典:旭酒造

2018年は、大阪北部地震や北海道胆振東部地震、西日本豪雨など、災害が相次いだ。地場企業は、社屋や設備が被災するだけでなく、近隣に暮らす社員たちも被害に遭うケースがある。自然災害が起きた時、企業は社内外でどう対応をすれば良いのか。

桜井社長は、自社のスタッフに被害がなかったことを前提に、「できるメンバーから、一刻も早く立ち直ることが正しいと思っていました」と振り返る。実際に、旭酒造は、豪雨被害の直後から全社員が出社し、手の空いた社員が地元の小学校や近所の泥かき、清掃を手伝った

「ちょっとでも早く、私たちが立ち直ることが、実はほかに対して協力し、助け合うタイミングを早められる」という。精神的な面からも、「この状況から立ち直れるんだ、という姿を周りに見てもらい、『あ、僕も前を向ける』という考えになってもらえると思う」と話す。

「社員が元気に明るく生き生きと働いてくれて、本当によかった。会社がまたチームとして一段と強くなりました」。桜井社長は実感を込めて語った。

(取材:伊藤有、木許はるみ、文:木許はるみ、撮影:岡田清孝)

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