トヨタ・ソフトバンク提携の本質は自動運転ではない。全産業の「秩序と領域」がこれから激変する

孫正義 豊田章男

ソフトバンクの孫正義会長(左)とトヨタの豊田章男社長。豊田社長は壇上で「未来は決して一人ではつくれない。志を同じくする仲間とつくるものだ」と語った。

REUTERS/Issei Kato

10月4日、トヨタ自動車とソフトバンクが共同記者会見で提携を発表してから、両社の狙いや提携の意義について、数多くの記事が公開され、さまざまな見方がオンライン上を飛び交いました。

時価総額で国内1位と2位のトップ企業が手を組むというのだから、それも無理はありません。確かに従来の発想では「ありえない組み合わせ」でしょう。しかし、この世紀の提携が持つ意義は、両社が組むことそのものだけではありません。

決定的に重要なのは、クルマ、IT、電機、通信、電力、エネルギー、金融などのさまざまな業種が融合し、「全産業の秩序を激変させる異業種戦争の攻防」が始まる号砲が鳴らされたことなのです。

ソフトバンクの経営戦略の「核心」

孫正義 ソフトバンク

提携会見の孫正義・ソフトバンク会長。豊田章男・トヨタ社長が来社すると聞いて「マジかという感じだった」と率直な感想を語って会場を沸かせた。

REUTERS/Issei Kato

ソフトバンクは以前から、「Bits(情報革命)」「Watts(エネルギー革命)」「Mobility(モビリティ革命)」の三つの要素を「ゴールデン・トライアングル」と名付け、その中でプラットフォーマー(基盤提供者)となることを経営戦略の核と位置付けてきました。

第一次産業革命が石炭、印刷機、鉄道(蒸気機関車)の組み合わせから、第二次産業革命が石油、電話、自動車の組み合わせからそれぞれ生まれたように、次なる革命は自然エネルギー、PC・携帯・インターネット、電気自動車(EV)・自動運転・シェアリングサービスから生まれるという見立てにもとづく大戦略です。

ソフトバンクが着目した三つの要素は今、「デジタル化」によって結び付けられようとしています。そして、以前書いた記事で指摘したように、現代においてひとたびデジタル化したものは、水面下で静かな成長を経たのちに爆発的あるいは破壊的な成長を遂げるのです。この現象は「エクスポネンシャル(指数関数的)」成長と呼ばれ、アメリカのテクノロジー業界では最重要概念の一つになっています。

参考記事:SBI決算から見えた“旧態依然”金融業界の終わり——「エクスポネンシャル企業」が破壊するもの

自動運転分野で爆発的成長を遂げるNVIDIA

NVIDIA

半導体メーカーから人工知能(AI)コンピューティング企業へと脱皮したNVIDIA(エヌビディア)。

REUTERS/Tyrone Siu

自動運転の分野では、トヨタとソフトバンクの提携に触れるまでもなく、すでにエクスポネンシャルな成長の段階に入った企業が現れています。それが、半導体メーカーから人工知能(AI)コンピューティング企業へと脱皮したNVIDIA(エヌビディア)です。

筆者は9月13日に日本で開催されたAI開発者のカンファレンス「GTC Japan」で、同社のジェンスン・フアンCEOが行った基調講演を聴きました。最も印象に残ったのは、自動運転車両を実現するAIシステムにトレーニングを積ませるため、仮想空間を利用したテスト環境でシミュレーションを繰り返しているということです。

米ランド研究所の研究によると、AIによる運転の安全性を人間より20%向上させるためには、自動運転(テスト)車を約110億マイル走行させてデータを蓄積し、学習させる必要があると言います。これは現実世界に置き換えると、100台の車両を24時間365日走らせて518年かかる計算になります。

ところが、NVIDIAは、明るさや天候から、建物や路面の形状、街路樹の葉っぱまで厳密に再現した仮想都市空間を構築した上で、さまざまなセンサーを使って取得した車両データを活用して、仮想車両の側も力学的に実際の動きを再現。地域によって異なる交通ルールも含めたあらゆるシナリオをシミュレーションできるプラットフォームをつくり上げ、AIの学習時間を劇的に短縮させたというのです。

開発プロセス「デジタル化」の意味するもの

NVIDIA

2018年3月、米サンノゼで開催されたGPUカンファレンスで講演するNVIDIAのジェンスン・フアンCEO

REUTERS/Alexandria Sage

これは言ってみれば、自動運転の開発プロセスそのものがデジタル化されたということです。フアンCEOは講演で、自動運転が実用化されるタイミングを2年以内と宣言していましたが、AIトレーニングのデジタル化による今後のエクスポネンシャルな発展を考えれば、まったくの夢物語とは言えません。

半導体の世界では、回路の集積密度が18カ月(あるいは24カ月)ごとに2倍になるという「ムーアの法則」が定説とされてきましたが、もはやそのような(展開の遅い)時代も終わる、フアンCEOは講演でそう断言しています。

フアンCEO講演の日の午後、筆者はカンファレンス自動運転セクションのトップバッターとして、「『AI×自動運転』のビジョン・テクノロジー・戦略」をテーマに講演し、その後は日本の自動車メーカーなどによる自動運転テクノロジーに関する現状報告が続きました。

田中道昭 NVIDIA

2018年9月の「GTC Japan」自動運転セクションで講演する筆者。

筆者提供

そこでは、日本のプレイヤーの多くが、地方の隔離された空間で自動運転に関する実証実験を繰り返していることが明らかにされました。しかし、手厳しい言い方になりますが、NVIDIAの仮想空間シミュレーションに比べれば、その成長は現時点では「牛歩」と表現せざるを得ません。

電力ビジネスも「デジタル化」へ

東京電力 ロゴ

日本の電力会社は、デジタル化によって情報通信産業に進出していく可能性もある。

REUTERS/Yuriko Nakao

NVIDIAに約40億ドル(発行済み株式の約4.9%)を出資するソフトバンクが、NVIDIAのプラットフォームを導入したトヨタと組んだことにより、ソフトバンクが戦略の核とする三つの要素のうち、「情報革命」と「モビリティ革命」のデジタル化が一気に加速するでしょう。残るは「エネルギー革命」です。

他の産業分野と同様に、エネルギー分野においても、ビッグデータやIoT等のデジタル技術を活用した競争力強化の取り組みが広がっており、新規事業の創出や収益性の改善が期待されています。各種の情報をデジタル化させた電力のことをデジタルエネルギーと呼ぶようにもなってきています。

電力ビジネスは、これからさらにIoT、AI、ロボット、ドローンといったテクノロジーと融合していきます。電力会社は、これまで電力の「製造業」や「流通業」に従事してきましたが、デジタル化によって「情報産業」に進出することになると予想されているのです。

日本を代表するエネルギー企業である東京電力の中でも、すでにこうした変化をとらえ、エネルギーのデジタル化後にやって来る世界についての分析・検討が行われています(ただし、分析結果は個人の見解として発表)。

「変化の行きつく先は、電力会社から『小売』という事業が縮小し、究極的にはなくなるということです。(中略)消費者は電気を買うのではなく、さまざまな機器が提供する体験・成果を買うようになり、そうした体験・成果を提供する事業者が、電力販売会社の一義的な顧客になるでしょう」(伊東剛・岡本浩・戸田直樹『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』)

端的に言えば、電力を販売する企業も他の産業の企業から攻め込まれるだけではなく、自らも他の融合しつつある産業に攻め込んでいくということ。電力会社が他の産業に進出したり、逆にトヨタやソフトバンクが電力事業に進出していく未来がそこまで来ているのです。

実際、ソフトバンクはグループ会社のSBエナジーなどを通じて自然エネルギー事業のベース構築を進めていて、孫正義会長がトヨタとの記者会見で述べた「今回の提携は第一弾と捉えている。第二弾、第三弾と進めていきたい」という構想の中には、エネルギー革命につながる内容が含まれていると筆者は考えています。

ヤマハ発動機もNVIDIAと組んだ

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世界中で納入実績を持つゴルフカーをベースに、「ラストマイルビークル」の開発に取り組んできたヤマハ発動機。自動運転技術を実装することで過疎地などでの活用も期待される。

YAMAHA HP

トヨタがソフトバンクと提携したことにより、自動運転開発のプロセスや電力のデジタル化の流れが日本でも加速することが確実となりました。ここで忘れてはならないのは、トヨタの本懐である製造業でもデジタル化が決定的になったこと。決定的、としたのは、トヨタ以外にもトップランナーがいるからです。

実は、バイクなどで世界的に知られるヤマハ発動機は、先述のカンファレンスでNVIDIAとの協業を発表し、その第一弾として完全無人農業用車両の開発を進め、「早ければ2020年にも市場投入する」(同社先進技術本部の村松啓且研究開発統括部長)と宣言しています。

同社はその先に、中山間部などの過疎地・観光地における新しい交通手段としての「ラストマイルビークル」の開発を進め、産業人口の減少など社会問題を解決するという意欲的な展開を見据えています。

すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い

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2018年9月、メルセデス・ベンツが独ハノーヴァーの自動車ショーで展示した自動運転電気自動車のコンセプトモデル。ドイツでは次世代自動車産業への対応が世界に先んじて進められてきた。

REUTERS/Fabian Bimmer

日本の産業構造を支える製造業にまでデジタル化の大波が押し寄せ、今まさにすべての産業の秩序と領域を定義し直す戦いが始まりました。トヨタとソフトバンクの提携にはその号砲としての意味合いがあると冒頭で書きましたが、世界に目を向ければ、それでも遅すぎる号砲なのです。

ドイツではすでに自動車メーカーや電力会社が具体的な取り組みを進めているし、中国も躍起になってそれを追っています。

日本でも、東京電力のような電力会社やNTTドコモのような通信会社がクルマを売り、トヨタのような自動車メーカーが電力や通信を提供し、近未来はメルカリのようなシェアリング会社がクルマの最大の買い手になる時代が、遠からず現実になるでしょう。ソニーやパナソニックが次世代自動車産業の主要プレイヤーになることも十分考えられます。

IoTやセンサーなどを手段とするデジタル化によってすべてがつながり、すべての産業が融合する時代。世界に出遅れながらも、社会問題先進国である日本だからこそ気づき、生み出せる新たな価値や仕組みがあると筆者は考えています。日本企業が一気に活路を見出すきっかけになった出来事、それが今回の提携であったと、のちに転換点として振り返る時が来ることを期待したいと思います。


田中道昭(たなか・みちあき):立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。上場企業取締役や経営コンサルタントも務めている。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(PHPビジネス新書)、『「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン』(NHK出版新書)がある。

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