この春、東京大学を卒業したハヤトさん(23)は、就職を前に2年9カ月付き合った彼女に別れを告げた。10月からIT企業に企画職として入社。海外留学経験もあり、頭脳明晰、語学も堪能なザ・エリートだ。それに加えて、何と彼はパイロットを目指して航空大学校を受験中。どこまでも徹底して志が高いと驚かされる。そんなハヤトさんは大学卒業のタイミングで、早く結婚したい彼女との間に“ずれ”を感じるようになった。
結婚したら自分を犠牲にしなくては
早く結婚を「クロージング」したい女子と、結婚を躊躇する男子の結婚観の違いとは?
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「結婚すると、人生が終わる気がしてて」
ハヤトさんは言う。
「結婚をするのが多数派だから、自分もいつかはしなきゃとは思ってますけど。女の子たちは結婚や子育てがゴールみたいに思ってるけど、その先に何が待ってるのかなって」
結婚自体が目的になっていることに対して、違和感を露わにした。そして結婚すると、家族を優先しなければならず、自分を犠牲にした暮らしが始まるものだと思っているようだった。
結婚したら、パイロットになるという夢を追うこともできなくなるのではないか。それが「人生が終わる」という言葉につながるのだろう。
「自分の人生の見通しがたつのが28歳ぐらいかなって思うんで、いま決断するのは時期尚早な気がして」と続ける。
女子が急ぐ「クロージング」
結婚は見通しがたってからなんて思っていると、「一生その時は現れないだろう!」と突っ込みたくなるが、少しでも「人生の終わり」を先延ばしにしたいのがハヤトさんの本心のようだ。
大学時代からの恋人と早めに結婚したい彼女と、まだまだ挑戦を続けるために独り身でいたい彼氏。その間で軋轢が生まれて別れるという事例は、24歳の筆者の周りでも散見される。
就活が終わると、気の早い女子たちの目は結婚に向かい始める。パートナーがいる人たちは「いまの彼氏と結婚するのか」としきりに聞かれる。「どうなんだろうね」と、はぐらかしながらも「そうなればいいな」という期待がのぞく。
バブル時代に言われたという「25歳をすぎたらクリスマスケーキ」なんて文化はさすがに過去のものとしても、大学時代からのパートナーと早々に結婚というのは、今の時代にも変わらない「勝ち組コース」と思われている。
したたかな女子は彼に決断を迫ったり、彼の両親と親しくなったりして、周りを固め始めたりする。筆者は、近しい友人たちとの会話の中では、この行動を営業になぞらえて「クロージング(契約締結)」と呼んでいる。早めにクロージングしたい彼女と、”結婚のための結婚”への違和感が拭えないハヤトさんの溝は埋まらなかった。
既存の家族のイメージに縛られたくない
既存の「家族像」に縛られたくない。
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そんなハヤトさんがインターンする企業のプロジェクトの一環で、筆者が代表をつとめる会社、manmaが運営する「家族留学」プログラムに参加してくれることになった。
プロジェクトは、ハヤトさんの勤務先の同僚がmanmaにインターンに来たことがきっかけ。「男性にこそ参加してもらいたい」と、8人の男子学生・若手社会人に「家族留学」に参加してもらうことになったのだ。
家族留学とは、若い世代が子育て家庭を1日体験訪問し、子どもと一緒に遊んだり、30〜40代の受け入れ家庭の夫婦に、仕事や結婚、子育てなどキャリアの相談ができるプログラムだ。就職活動や結婚などライフイベントのタイミングで、先輩世代の実態を知りたいと参加する人が多い。
ハヤトさんの留学先の希望は「共働きで性別役割分業や法律婚など、既存の家族のイメージにしばられていないところ」だった。ちょうど先述の彼女と別れたばかりということもあり、彼女が望んでいたような一般的な家庭には興味が持てなかったようだ。
「パイロットにもなって、会社の役員にもなりたい。普通の幸せに当てはまらないぞ……と。そんな自分みたいな人にとっての、結婚の意味って何だろうって思っちゃって」
青森県への旅行のタイミングに合わせて、札幌市に住む、斎藤さん一家(仮名)に留学することに。ちょうど友人の家族と札幌市内のキャンプ場で遊ぶ日に、ハヤトさんも合流し、丸一日共に過ごした。
東京に戻ってきたハヤトさんに感想を聞くと、「考え方がすごく変わりました、今わりと結婚したいですもん」と衝撃的な発言が飛び出した。一体この1日で、何があったのだろうか。
性別役割分担に捉われなくてもいい結婚
結婚における性別役割分担は、世代を超えて根強い。
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斎藤家の妻のミサキさんは会社員として働いていたが、一念発起し医学部を受験。現在は、北海道に移り住み、医師として勤務している。夫のサトシさんは、ミサキさんが医師になったのを機に専業主夫になった。
もともと働くことに対して、強いこだわりのなかった夫のサトシさんは、家族全体のことを考えると「今は自分が家にいる方がメリットも大きい」と、子育てに専念している。 一見、珍しい選択をする夫婦に見えるが、ハヤトさんは「いい意味で本当に“普通"だった」と驚きを口にする。
斎藤さん夫妻は二人とも自分の人生を諦めていないし、それでいて、そんなに挑戦的だとは思えないほど、ごく普通の幸せな家族だったことが逆に印象的だったのだそうだ。
チャレンジし続けたい自分と、家庭を持つということが、実際に家族留学して初めて、実像としてイメージできたのかもしれない。
「旦那さんが引け目に思っていなかったことも、すごくいいなって」
ハヤトさんは事前の面談でも、結婚における自分自身の経済的な側面の不安を口にするなど、性別役割分業の価値観が強く残っているように、筆者には感じられた。男性が家計を担わないあり方も「あり」なんだということが新鮮に映ったのかもしれない。
斎藤家のミサキさんが夫を尊敬している様子が伝わってきたことも重要なポイントだった。
「チャレンジングな人生選択をしてると、時々孤独に『ぽつん』てなる瞬間ってありませんか」(ハヤトさん)
お互いの特殊な人生を、互いにリスペクトし合って、その孤独を感じさせない夫婦の形は、自分のこれからの未来と重なり、どこか理想的に映ったのだろうか。
結婚は挑戦を阻むのか?
人生のチャレンジを阻むのではなく、サポートできる結婚もあるはずだ。
撮影:今村拓馬
ハヤトさんは家族留学を通して、「挑戦の足かせになる」結婚ではなく、「挑戦を続ける支えになる結婚」もあるのかもしれないと、初めて思えたのだろう。筆者は、もともとそういう考え方なのだが、ここが20代男女のギャップかもしれない。
みんなが結婚するから自分も、結婚する。「みんなが何歳までにするから、乗り遅れないように」といったことばかりを考えていると、いつの間にか結婚自体が目的になる。そして、子どもを持つこと自体が、また目的になっていく。一体なんのために、パートナーと一緒にいるのか、どんどんわからなくなっていく。
結婚自体を目的にそこに向かって盲目的に走れる女性と、結婚の目的がわからず、人生の墓場に入るのを少しでも先延ばしにしたい男性——。
20代の結婚観も、揺れている。
撮影:今村拓馬
あなたとパートナーの関係が、もしそこに陥っているのであれば、一旦落ち着いて、結婚の先に何があるのか、お互いの人生における結婚の意味を考えてみたら良いのかもしれない。
家族留学を終えたハヤトさんは、「結婚は28歳ぐらいになったらかな」とイメージしているという。
「自分自身の生き方が確立されて、それにあった結婚の意味が見いだせた時、高め合える存在としてのパートナーがいたらいいなって思っています」
そして、「いつかは家族留学の受け入れ先になって、会いたいなって思ってもらえる『家族』になれたらいいな、なんて思い始めました」という嬉しい話も聞かせてくれた。
結婚は、人生の「最終目的」ではない。斎藤家との出会いを経て、ハヤトさんの新しい人生戦略が始まる。
新居日南恵(manma代表): 株式会社manma代表取締役。1994年生まれ。 2014年に「manma」を設立。”家族をひろげ、一人一人を幸せに。”をコンセプトに、家族を取り巻くより良い環境づくりに取り組む。内閣府「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」・文部科学省「Society5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会」有識者委員 / 慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科在学