「普通」求め続けた小泉今日子プロデュースの舞台を、小さな劇場で見て思ったこと

株式会社明後日のホームページ「またここか」

舞台「またここか」は小泉今日子さんが3年前に立ち上げ、代表取締役をつとめる「株式会社明後日」のプロデュース作品。

株式会社明後日ホームページより

舞台「またここか」を見に、東京・青山に行った。小泉今日子さんが3年前に立ち上げ、代表取締役をつとめる「株式会社明後日」のプロデュース作品だ。

小泉さんは出ていない。「明後日」の自社サイトで「女優業は2019年いっぱい休み、プロデューサー業に力を入れる」と6月に宣言している。演出は豊原功補さん。小泉さんは大手芸能事務所からの独立を発表した際、豊原さんと恋愛関係にあること、彼が既婚者だということも説明していた。今年(2018年)2月、これも「明後日」のサイトでだった。

独立も、恋愛も、休養も、自分の起こした会社のサイトで発表する。カッコよし。

「もっと本気で向き合いたいのに」

舞台「またここか」

舞台「またここか」は本当にこじんまりとした劇場だった。

筆者撮影

と、思いながら、DDD青山クロスシアターに行った。

地下にある、小さな劇場だった。長めの階段を降りたら、すごく小さいロビー。「8畳間!?」くらいなサイズ。20人か30人でいっぱいな感じ。

わー、小泉さんがこんな小さな劇場かー。それもカッコいいな、と思った瞬間、なんと、そこに小泉さんがいた。ファン心、ドキッ。

オーラは出まくりなのだけど、女優然とはしていなかった。「私よ」感、まるでなし。スタッフに指示をしたり、関係者らしき人に挨拶をしたり。淡々とした、まさに「裏方」の振る舞いだった。

少し離れたところに、豊原さんもいた。やはり淡々と立っていた。プロデューサーも演出家も、必ずしもロビーにいる必要はないだろう。でも、2人はいた。自分たちの「作品」を世に出すため、頑張っているのだな、と思った。

この1週間ほど前、小泉さんのインタビューを朝日新聞で読んだ。自身の立場をリセットし、創作現場により緊張感をもって臨みたい、と書いてあった。「このごろは『小泉さん、入ります』と自然に椅子が出てきたり」する、「もっと本気で向き合いたいのに」。そう言っていた。

「作品を受けたきっかけはキョンキョン」

現在公開中の映画「食べる女」HP

9月に公開された「食べる女」では、主演を務めた。

映画「食べる女」公式ホームページより

現在公開中の主演映画「食べる女」を思い出した。

小泉さんのほかに鈴木京香、沢尻エリカ、前田敦子、広瀬アリス、山田優ら「豪華女優陣」の出演が話題だ。パンフレットを買うと、監督が「小泉今日子さんが手を挙げてくれて、そこから映画としての企画が動き出しました」と語っていた。

当初はテレビドラマにしようとしたが企画が通らず、そのままになっていた。それが3年ほど前、小泉さんの参加が決まって動き出したという。その証拠に、というのも変だが、完成披露の舞台挨拶で沢尻さんが「作品を受けたきっかけはキョンキョン」と言い、前田さんも「私もキョンさんにずっとお会いしたかった」と言っていた。

監督は「地道に単館でもいいから」スタートするつもりが、全国公開規模となり、「驚きも正直ありました」と語ってもいた。これも小泉さん効果だろう。

そんな力のある人だから、どこの現場でも「小泉さん、入ります」になり、自然に椅子が出てくるのは、多分業界では当たり前のことだろう。そういう状況は、好きな人と居心地悪い人、どちらかしかいないと思う。小泉さんは後者だった。昔から、「普通の人」でいることが好きな人だったのだ。

「逆差別をしないでください」と依頼

というのは、小泉さんの著書を愛する私の勝手な想像なのだけど、そうハズレてはいないはずだ。

小泉今日子著のエッセイ本と映画のパンフレット。

小泉さんはエッセイの名手としても知られる。

筆者撮影

『黄色いマンション 黒い猫』は胸がキュンとなるエッセイ集だが、そこに「回顧と感謝」という1編がある。80年代に暮らした原宿を「回顧」し、小泉さんが「感謝」するのは、普通に接してくれた、普通の人々ばかりなのだ。

買い物するたびに、リンゴやミカンを「はい、おまけ」と袋に入れてくれた八百屋のおばさんや、マンションに挟まれた小さな一軒家の玄関先で、たくさんの鉢植えに水をやりながら、「暑いわね」「だいぶ涼しくなったわね」と声をかけてくれた女性。そんな人たちとの思い出を綴る。

「原宿に暮らしていた十代の頃、勤労少女だった私の心が健やかだったのは、しょっちゅうこんな出来事に遭遇していたからだ」

そうあった。

『小泉今日子書評集』にも、「普通」を求める小泉さんがいる。

小泉さんが「読売新聞書評委員」だった10年を振り返る「特別インタビュー」が巻末に掲載されている。「インタビュー」なのに担当の村田記者の発言も多くて、楽しい。

村田さんは初対面の小泉さんから、「逆差別をしないでください」と依頼された。驚き、真意を尋ねると、

「アイドルだった私は、『この程度やれば十分』と言われることが多く、悔しかったんです。だから今回は、村田さんがいいと言うまで何度でも原稿を書き直します」

と答えたという。2004年の暮れのことだ。

小泉さんはこのとき、38歳。10代の勤労少女が38歳の人気女優になって、一層強く「普通」を求めていた。

「次世代の仲間をつくる大切さ」

それから10年以上たち、小泉さんは52歳。実績を積み重ね、「小泉さん、入ります」になったのは自然の成り行きなのだが、この境遇をリセットした。50歳を過ぎて、大切にしてもらえる世界をあえて捨てる。それは、本当に実力がある人にしかできない。

舞台「またここか」のパンフレット。

小泉さんは「普通の人」として、真剣勝負しようとしている。

著者撮影

芝居は儲からない。詳しい人はみんなそう言う。だからプロデューサー業というのは、楽な仕事ではないと思う。小泉さんは「普通の人」として、そこで勝負しようとしている。だから、ロビーに立つ。真剣勝負の場だから。カッコよし。

「またここか」の脚本はテレビドラマ「Woman」「カルテット」などで知られる坂元裕二さん。彼もロビーにいた。登場人物は男女4人だけ。笑いと寂しさと切なさが同居する坂元ワールドが濃密な台詞の応酬で広がり、気づけば涙が滲んでいた。

有名な役者は出ていない。気になる若手や小劇場の実力派に、声をかけたのだそうだ。朝日新聞のインタビューで小泉さんは、

「『この人』と決めた役者さんが稽古でどんどん良くなっていくのを見るのは格別の喜び。次世代の仲間をつくる大切さも感じる」

と語っていた。

小泉さんに「仲間」と呼ばれるなんて、役者はどんなにうれしいだろう。これは張り切らざるをえまい。小泉さん、プロデューサーとしての実力も、大したものだ。

矢部万紀子(やべ・まきこ):1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』

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