金足農・吉田投手がプロ宣言、地域PR効果は70億円という試算も。あきたこまちも爆売れ

金足農業の吉田輝星投手

プロ野球志望届を出し会見する吉田輝星投手=10月10日、秋田市の秋田県立金足農業高校。

2018年夏の全国高校野球選手権大会で、秋田県立金足農業高校を103年ぶりの準優勝に導いた吉田輝星投手(17)が10月10日、秋田市の同校で会見し、プロ野球志望届を提出したと発表した。

一方、秋田銀行系のシンクタンクは同日、地域PR効果を70億円とする試算を公表。金足農の生徒たちが開発に協力した商品も相次いで発売されるなど過熱する人気に、「収益を本人たちに還元する仕組みを」と望む声も出ている。

甲子園後のリスクマネジメント研修

吉田投手は会見で、こう話した。

「チーム全体で勝ち上がり追われていく立場になった。甲子園前より注目のされ方が変わった。大会前は大学へ行きたいと思っていたが、幼い頃からの夢だったプロ野球選手になりたいという気持ちが強かった」

会見には全国のマスコミ約50社、約120人が参集、アイドル並みの注目度の高さとなった。

甲子園大会終了後、吉田投手を含む1~3年生の野球部員全員と中泉一豊監督は、専門家によるリスクマネジメント研修を受けていた。「急に注目されてしまったので、万が一でも不祥事を起こさないよう、普段の行動も含め自覚を持ってもらうためだった」と渡辺勉校長は言う。

金足農野球部ナイン

甲子園で準優勝し、母校に凱旋した金足農野球部ナイン。佐々木大夢主将(前列左)と吉田輝星投手(前列右)=8月22日、秋田市の秋田県立金足農業高校。

人気の過熱ぶりを裏付けるのが、秋田銀行系のあきぎんリサーチ&コンサルティング(秋田市)の試算だ。新聞やテレビによる金足農の報道がもたらした地域PR効果の推計で、全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)とテレビの全国放送を対象に、優勝候補の一角だった横浜に逆転勝利して、注目度が高まった8月17日から31日までの期間で調査した。

全国紙5紙は期間中、86本の記事をスポーツ面のみならず社会面や1面に掲載、報道量を広告費に換算すると12億7100万円となる。全国放送2系列では計806分を費やし、番組の視聴率やCM費用などから推計した効果は19億5200万円。全国6ネットでは約58億円とそれぞれ推計され、新聞と合計で約70億円の効果があったという。

「あきたこまち」の販売25%増

地域PR効果の一例では秋田県産のブランド米「あきたこまち」の販売量がある。米卸大手の全農パールライス(東京都千代田区)によると、同社の8月の販売量は前年同月比25%増の1634トン。関東地方でスーパーなどの新規取引先が増えた。「米の消費量が減少傾向にある中で、特定のブランドが急上昇するのは極めて異例。他の米から消費者が移ってきたとみられる」と担当者は分析、新米の季節を迎え期待がかかる。

この勢いをビジネスやPRに活用しようとの動きが多くある。

だが高校野球の商業利用を禁ずる日本学生野球憲章が「待った」をかける。高野連の見解は「部活動の一環で不可」。ただ「学校の事業は妨げず報道の枠内は可」と判断はケース・バイ・ケース。何がOKで何がNGなのかの基準は曖昧だ。

秋田県が作成したPRポスター

「ギリギリの範囲で野球を取り入れた」という秋田県作成のPRポスター。

高野連の見解を順守する秋田県は「秋田の熱い夏 応援ありがとう~黄金色の農村から~」と書いたPRポスターを制作。花火を背景に「金」と「農」の字を金足農のイメージカラーである紫色で染め、県のPRキャラクター「んだっチ」がバットで球を打つイラストを使った。

「ギリギリの範囲で野球を取り入れた」(県観光文化スポーツ部)という苦肉の策だが、県民の反応は総じて「わかりにくい」と微妙だ。「本当は新米のあきたこまちの出荷で『金足農、準優勝おめでとう』とお祝いのシールを貼りたいのだが」と県の担当者は肩を落とす。

野球部とは関係ない学校事業ならOK

大手コンビニエンスストア、ローソンは、金足農の生徒たちが開発に協力し、初夏に秋田県内で限定販売した「金農パンケーキ」(税込145円)を8月末から再発売した。各店で品切れが相次ぎ、9月下旬から販売地域を東北6県(青森、秋田、岩手、宮城、福島)に拡大した。大手食品メーカーの東洋水産(東京)は同じく生徒たちが開発に協力、2016年に発売したカップスープ「誉れの秋田」(税込216円)を9月下旬から秋田県を中心とした東北地方限定で再発売した。

高野連によれば、野球部とは関係ない学校の事業なのでOKだ。いずれも金足農にマージンは入らない。ただ渡辺勉校長は「商品化は生徒たちの励みになり、全国に『金足農』の名前が有名になるのはありがたい」と歓迎している。

「報道の枠内」での活用に疑問を呈する声もある。

多くのメディアが発行した金足農の特集号だ。地元紙、秋田魁新報社(秋田市)が8月末に発行した報道写真集「金足農 感動の軌跡」(税込1000円)は6刷4万7000部を発行。県大会からの報道を網羅したことで、一時はアマゾンのランキングで1位になるほど全国的な人気を呼んだ。「報道の枠内を出ないよう、積極的な宣伝はしていない」と担当者。

秋田県内では新聞の特集記事やテレビの特集番組にあわせ、広告やCMを募った事例も散見された。いずれも商業利用との端境にある「グレーゾーンではないか」との指摘がある。

「収益を高校野球に還元する仕組みを」

吉田輝星投手

報道陣の取材に答える吉田輝星投手=9月24日、秋田市の秋田県立金足農業高校

ファン垂涎の「金足農グッズ」は販売されていない。甲子園の応援団席で目立った「KANANO」の文字入りの紫色のタオルは、同校に「買いたい」との問い合わせが相次いだ。だが入学時に生徒たちに配布されるもので、一般に販売していない。野球部員のキャップやユニホームも同様だ。

同校ではあきたこまちや野菜、果物、卵など農産品を育てているが、地域住民向けに校内で販売するのみ。米は農協に出荷され、県産あきたこまちの一部になる。「金足農産」とすれば高値で取引されそうだが、渡辺校長は「そこまで対応している余裕がない」。販売の大きな「機会ロス」が生じていることになる。

政府組織の委員などを歴任する経営コンサルタントの冨山和彦氏は、高校野球のビジネス利用を一定のルールのもとで推奨する。

「高校野球で金が動くことへの罪悪感は捨てた方がいい。産学協同の一環と考え、収益を高校野球に換言する仕組みを作ればよい。スポーツを商業利用して稼ぐことは、経済力のない家庭の若者やハンディキャップのある人がスポーツを楽しむ可能性を高める原資にもなる」

高野連の竹中雅彦事務局長は「金足農ほどの盛り上がりは近年なかった。商業利用にはグレーゾーンが多いことも確か。新しいルール作りが必要として内部で検討中」と話す。

商業利用では、自治体のPRなど地域貢献に値する内容には低料金で開放する、学校の負担を軽減し、スポーツ界に利益を還元する仕組みを作ることなどが課題となる。

(文・写真、藤澤志穂子)

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