MBAより鎌倉。コンサル、建築士…“キャリア極めた”私たちが感じた東京の限界

東京から電車で1時間ほどの、海と山に囲まれた街・鎌倉。この地を選び、移住する人たちの中には、東京でキャリアを積んで、“成果”をあげてきた人も多い

由比ヶ浜

こないだ、ヤナさんが言ってたことなんだけど……」「ああ、シッシーに会ったんだね

海外のスピーカーを呼ぶ大規模なイベントについて話しながら、お互いをニックネームで呼ぶ。ビジネスと地域活動と、お隣さん同士の助け合いがぜんぶ混ざり合って「なにか」が生まれる。鎌倉にはそんな不思議な空気感がある。

鎌倉に移り住んできた人たちに聞いてみると、「東京」という街に“限界”を感じて、という人が多い。

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グローバル人材育成の最先端がある

鎌倉は

鎌倉に住んでいる宍戸幹央さん(42)と名刺を交換すると、4枚ももらった。そのうちの1枚が「鎌倉マインドフルネス・ラボ 代表取締役」、もう1枚が「江ノリンピック盛り上げ隊・MICKY」。この多面性が鎌倉らしいな、と思わず笑ってしまった。

宍戸さんが鎌倉へ来た理由にも、紆余曲折がある。

高校時代に「“人間の意識”と“科学”がどう関係しているか」に興味を持ち、東京大学では量子力学を専攻。

その後、IBMを経て、企業の人材育成を手がけるベンチャー、アルー社に創業期のメンバーとして転職した。

転機は2011年の東日本大震災だった。東京のライフラインの貧弱さを痛感し「いまの働き方や暮らしは長くは続けられない」と思うようになった。

と同時に、日本企業の人材育成のあり方にも限界を感じていた。

日本企業の人材育成でやりがちなのは、“企業にとって使いやすい、型にはまった人材”の育成。いまの経済の仕組みが変わろうとしている中で、本質的に人間の可能性を伸ばしている、とは思えなかった」

同じ頃、宍戸さんはあることに気づき始める。

「海外では、グーグルが『マインドフルネス』を使った人材育成をするなど、東洋的な思想が体系化されて組織づくりに活かされている。世界が学ぶような叡智が東洋や日本にはあったのに、工業化の過程でそれを捨ててしまったのでは」

宍戸幹央さん

組織開発コンサルの宍戸幹央さん。1976年生まれ。

個人として座禅ワークなどにも参加し、その考えを強めていった。「もっと本質的に人間の可能性を高められることをしたい」と、2012年に仕事をやめ、思い切って鎌倉に移住した。

今はコンサル業や企業の人材育成を続けながら、「鎌倉全体をキャンパスとした、世界の人が学べる大学のような学びの場をつくる」というプロジェクトにも取り組んでいる。

これは鎌倉に人を増やし、新たな雇用を生み出すことにもつながる、と考えている。

効率に縛られず、人間らしくいられる場所

岩濱サラさん

「Think Space鎌倉」を運営する岩濱サラさん。

「私自身が感じていた、東京で働く息苦しさやストレスを、ちょっとでも解放できたらな、という想いが根本にあったので、都内に軸足を置きながらすぐに行ける場所、というのはすごく重要でした」

稲村ガ崎で、マインドフルネスを活用したコワーキングスペース「Think Space鎌倉」を運営する岩濱サラさん(37)は、まるでかつての自分に語りかけるように、そう言った。

岩濱さんは、2017年に東京から鎌倉へ移り住んだ。2014年に独立するまでは、ITコンサルや不動産の開発営業、リーシング(賃貸業務)の仕事をしていた。

一級建築士でもある岩濱さんは、同時に東京の不動産企業のあり方に限界を感じていた。パンフレットでは「自然と共生する生活」と謳っても、優先されるのは容積率や収益性を最大化すること。効率性に縛られず、もっと人間が人間らしくいられる場作りをしたい、と考えるようになった。

2015年にニューヨークに行った際、世界的なブティックホテル「エースホテル」のロビーで人々がパソコンを開き、仕事をしていることに気がついた。これを日本の文化に合うようにアレンジして持ってくれば、と思いついた。

ThinkSpace鎌倉

コワーキングスペース「ThinkSpace鎌倉」。ヨガ瞑想やお茶会も開かれている。

2017年にオープンした「Think Space鎌倉」は、元は陶芸家の制作活動の場として使われていた家を改装。囲炉裏や土間、畳のスペースなどを残した、一風変わったコワーキングスペースだ

目を閉じて深呼吸すると、風が家を通り過ぎていく音や、庭の緑がささめく音が聴こえてくる。

都心に住む20代から40代くらいのビジネスパーソンたちが、週末にふらっと立ち寄ったり、企業経営者など数人が集まって、オフサイトミーティングに使われることもよくあるという。

2017年にオープンした複合施設「渋谷キャスト」にあるシェアハウス、Ciftとも提携しており、Ciftの住人は「Think Space鎌倉」を利用することもできる。

リストラ後、禅に救われた

江ノ電

湘南の海岸沿いを走る、江ノ電。

「鎌倉の人たちは、基礎能力が高い人が多いですね。東京でビジネスの最先端にいってしまった人たちが、『もう東京はいいや』となって、ここで自分の本来やりたかったことをする。そんな人も増えているように感じます」

そう語るのは、マインドフルネスの国際カンファレンス「Zen2.0」の主宰者でもある三木康司さん(50)。三木さん自身、会社からリストラに遭い、禅によって救われた、という経験を持つ。

前述の宍戸さんには、その考え方や生き方を講演で話してほしい、という東京からのラブコールが相次ぐ。今度スピーカーとして登壇する講演のタイトルには「Beyond MBA~世界はいま、こんなことを学んでいる!? ~」「ニューエコノミー時代の知性を学ぶ」などのタイトルが並ぶ。

鎌倉

鎌倉には、外国人観光客も多く訪れる。

鎌倉は、いろいろな文脈がつくれる街ですね」、と宍戸さんは語る。

宍戸さんの家の近くには竹林があり、山を散歩しているとリスやタヌキが出ることもあるという。娘を保育園に送ったあとは、目の前に広がる海を見て、心を整える。

禅の文化も根付いており、ヨガ瞑想や座禅のワークショップがあちこちで開かれている。

その一方で、決してテクノロジーに背を向けているわけではない。

例えば「Think Space鎌倉」では、「“関係性”によって築かれる経済圏をどうつくるか?」をテーマに、ブロックチェーンや地域通貨に関する勉強会なども、開かれている。

「東京のあたらしいオルタナティブ」として広まっている「鎌倉移住」。この街から、これから何が生まれてくるのだろうか。

(文・写真、西山里緒)

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