政府は10月、農業や介護など人出不足が深刻な分野を対象に、単純労働者を含む外国人労働者の受け入れを拡大する、新制度の概要を決定した。しかし、「単純労働者を受け入れない」という従来の日本政府の方針は、すでに「建前」。飲食や小売、建設など、人手不足の職場はもはや「外国人留学生」なしには成り立たない。その実態を追った。
群馬県の農園で働くタイ人労働者。農業や建設など十数分野が、新たな在留資格の対象として検討されている。
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「外国人人材の需要はリーマンショックで一度大きく落ち込んだのですが、この2年ほどは引き合いがものすごいですね。10年前から外国人労働者のニーズが増えるとは思っていたけど、正直ここまでとは想像していなかったし、競合他社もかなり増えました」
都内で外国人人材の紹介事業に十年間携わる30代の女性は、こうも続けた。
「日本の成長のために、世界の高度人材を獲得しないといけないという考えは、皆一致していますが、単純労働人材の受け入れはなし崩しに進んでいって、業界内では不安の声も大きいです」
早ければ2019年4月に新制度開始
法務省は10月12日、人材不足が深刻な分野を対象に、単純労働者を含む外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法などの改正案の骨子を明らかにした。一定の知識・経験を要する業務に就く「特定技能1号」と、熟練した技能が必要な業務に就く「特定技能2号」という二つの在留資格を新設。技能実習生(最長5年)から1号、1号から2号への移行も可能になる。改正案は秋の臨時国会に提出され、早ければ2019年4月に新制度が始まる。
現在、就労目的の在留資格は「高度な専門人材」に限られている。2016年末現在の高度外国人材の在留者数は5549人で、そのうち中国人が65.3%を占め、アメリカ、インド、韓国、台湾と続く。単純労働での在留資格を認める新制度は大きな政策転換となり、就労ビザで働く外国人の国籍分布も大きく変わりそうだ。
実習生と留学生に頼ってきた人手不足業界
とはいえ、「単純労働者を受け入れない」という従来の日本の方針は、もはや「建前」だ。
東京・神楽坂の焼き肉店で厨房スタッフを務めるベトナム人男性は昼は日本語学校に通い、夜はアルバイトに勤しむ。飲食店ではカタカナの名前の名札を付けた外国人従業員が注文を取り、コンビニに至っては、日本人従業員の姿が見えない店舗すらある。
彼らの大半の在留資格は「留学」。留学生は、授業のある期間は週に28時間の範囲でアルバイトができる。
日本学生支援機構(JASSO)の調査では、日本で学ぶ外国人留学生は約26万7000人(2017年5月時点)で、10年前の倍以上に増えた。一方、厚生労働省の調査では、2017年10月時点の「資格外活動(留学)」の外国人労働者は、約26万人だった。増える留学生がそのまま、日本の人手不足を埋めている構図となっている。
長きにわたって、建前と現実のダブルスタンダードのひずみは拡大する一方だった。その象徴的な存在が、出稼ぎ目的の留学だろう。
建設現場も人手不足が深刻化している。
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関東にある専門学校の副校長は、「留学生の募集を始めたばかりに、事務職員が体調を崩すほど運営に混乱をきたした」と打ち明ける、
この専門学校は、少子化に伴う受験生の目減りを懸念し、数年前に外国人留学生の受け入れを開始。海外の複数エージェントと提携し、現地での入学試験を委託した。ところが受け入れ2年目、合格を出した中国人20人弱の半分が、過去に技能実習生として日本で働いていたことが発覚し、ビザの発給を許可されなかった。
技能実習生制度の趣旨は、本国に技術を持ち帰ることであるため、実習生は実習を終えると帰国し、関連する職業に就くことが義務付けられている。日本再入国のハードルも高い。
だが、技能実習は実態として途上国の労働者の出稼ぎの手段になっている。この専門学校のケースでは、出稼ぎを前面に出して留学希望者を募った中国エージェントと、帰国間もない元実習生たちが結託、学校側に経歴を隠して受験し、合格通知を得た。もちろん、入国管理局が見逃すはずもなく、専門学校は厳しい注意を受け、今は海外エージェント経由の募集をストップしている。
実習生や留学生を低賃金、単純作業の労働力として重宝がる雇用側と、留学や技能実習を抜け道に出稼ぎにやってくる外国人。今回の政策転換は、外国人労働者が単純労働の重要な戦力になっている現状の追認とも言える。
高度人材でも建前と現実のかい離
外国人のビザ業務を長く手掛けてきた吉岡さんは、「日本で長く働ける外国人が増えると、彼らの家族の問題も考えないといけない」と指摘する。
撮影:浦上早苗
「日本は2012年に高度人材ポイント制を導入し、点数の高い高度人材に出入国管理上の優遇措置を設けました。あの時、政府は移民容認にかじを切ったのでしょう」
国家公務員を定年退職後、行政書士として外国人のビザ業務を多く手掛けてきた吉岡誠一氏はそう指摘する。
「この10年、外国人のビザ申請は増える一方で、国籍も多様化しています。高度人材は日本の大学や大学院を卒業した中国人が中心ですが、技能実習生や留学生をみると、東南アジア、特にベトナム人の増加が目立ちますね。地方都市には、かつてのチャイナ・タウンのようなベトナム人社会が形成されつつあります」
吉岡さんによると、現在就労ビザは高度人材にしか認められていないが、そこでも通訳職で採用し、ほとんど通訳が必要ない販売業務に従事させたり、エンジニア職で採用し、建設現場で働かせる行為が横行するなど、建前と現実のかい離があるという。
吉岡さんは、「外国人実習生に原発事故に伴う除染作業をさせる悪質なケースも発覚しましたが、日本人の引き受け手がいない仕事を、安い賃金で外国人にさせようと考える中小企業はまだまだ多いです」と話す。
十数年後に迎える移民社会
少子高齢化に伴い、介護される人は増える一方で、介護スタッフは以前から不足している。
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新制度は、「特定技能1号」の在留期間は5年で家族帯同を認めないが、「2号」は長期間の滞在を可能とし、配偶者と子の帯同を認める。日本人と同じ水準の給与も求めており、吉岡さんは「技能実習生に比べて労働者をしっかり守ろうとしているし、長期間滞在できるため、きちんと育成しようとする日本企業も増えるだろう」と評価した。
一方で、技能実習生から1号に移行した際は、最長で10年働けるものの、家族の帯同ができないことから、吉岡さんは「20歳前後で来日し、10年働いたら30歳。結婚、子どもを持つ年齢なのに家族帯同が許されないのは、定着にはマイナスになるでしょう」と指摘する。
また、就労資格の大幅な拡大によって、日本で働きながら結婚・出産する外国人が増えるのは間違いなく、十数年後には日本は本当の移民社会を迎える。目先の人手不足を解決することだけに気を取られていると、将来の社会に大きな宿題を残すことになりそうだ。
多国籍の人を巻き込んだトラブル
今後、人手不足業界では、職場の多国籍化も進む。冒頭の女性が勤める人材紹介会社では、以前は中国人と韓国人の紹介が中心だったが、最近はベトナム人が非常に増えているという。
「中国人の考え方や教育に慣れてきたところで、違う価値観を持つベトナム人への対応に追われています。日本人はアジア人をひとくくりにしがちですが、隣国でも価値観や習慣はかなり違い、多様性に慣れていない人たちは、今後大変だと思います」
吉岡さんは、実際に相談を受けた事例をこう紹介してくれた。
「韓国企業の日本拠点で、インド人上司が中国人の従業員にセクハラをし、中間管理職の日本人がめんどくさがって対応せず、韓国の本社を巻き込んでのトラブルに発展しました。複数の国籍の労働者が絡むと、これまでの常識は通用しなくなります。日本人管理職にとっては、試練になるでしょう」
(文・浦上早苗)