世界同時株安から学ぶこと——2月ショックとの違いはどこにあるのか?

2018年10月10日、NYダウ平均株価の急落を発端として世界同時株安が発生した。

NYダウ平均株価は2日間(10月10~11日)で1400ドル弱という下げ幅であり、2018年2月の世界同時株安に次ぐ暴落となった。値が落ち切ったのかどうか不安を抱く市場参加者も多い。

再び破られた慢心

2018年10月11日、ニューヨーク証券取引所で苦い表情を見せるトレーダー。

2018年10月11日、ニューヨーク証券取引所で苦い表情を見せるトレーダー。この日も株安が続いた。

REUTERS/Brendan McDermid

2月のショックは通称「VIXショック」と呼ばれた。米株式市場の予想変動率を反映するVIX指数が投資家の想定以上に急上昇し、多数の投資家が大幅かつ急激にロスカットを強いられた。

VIX指数は上昇すれば相場の変動に対する市場の警戒度が高く、下落すれば低いとされ、市場心理を図る代表的な計数として用いられるものである(ゆえに別名「恐怖指数」とも呼ばれる)。2月時点では歴史的な低水準で張り付いていた(図表)。

VIX指数の推移

それだけ安定した市場環境を想定する投資家が多く、市場の慢心があるのではないかとの声が出ていた。

今回のショックも2月と同程度までVIX指数が下がっていたところで発生した。しかし、VIX指数など見なくとも、市場が楽観に傾斜し過ぎていることは多くの人の目にも明らかだった。

激化する米中貿易摩擦、米連邦準備制度理事会(FRB)の「中立金利超え」シナリオへの移行、新興国からの資本流出、イタリア政局不安、ブレグジット(イギリスのEU離脱)交渉の混迷など株売り材料が満載であるにもかかわらず株価も金利も上がるという構図が無理筋だった。

調整は起こるべくして起こったというのが、筆者の基本認識である。

とりわけ米中貿易摩擦に関しては、過去の寄稿「米中貿易戦争の影響をなぜ金融市場は軽視しているのか。実害という『返り血』見るまで目覚めないのか」でも取り上げた通り、あまりにも市場の無関心が過ぎていると言わざるを得ない。

VIXショック時との相違点

中国の港で船積みを待つ輸出向け鉄鋼製品。

中国の港で船積みを待つ輸出向け鉄鋼製品。貿易戦争が激化するなか、アメリカは中国の主な輸出品の一つである鉄鋼製品も追加関税の対象としている。

REUTERS/Stringer

米株が本格的に崩れ始めた場合、(資産価格の下落が景気を冷やす)逆資産効果を通じて米経済の6割を占める個人消費への影響は必至である。

2月のVIXショック時には、幸い大事には至らなかった。今回もすぐに収束するのだろうか。

2月と現在の最大の相違点は①米中貿易摩擦が「脅迫」ではなく「実行」のステージに入っていること、②FRBの金融政策に関し「中立金利超え」シナリオが浮上していること、③ブレグジットがどうやら交渉期限に間に合いそうにないことの3つと考えられる。

米株の調整という意味で看過せないのはとりわけ①と②だろう。

まず①に関しては2月以降、矢継ぎ早に制裁措置が連発され、しかも口先だけの「脅迫」ではなく「実行」に至っているという点は明確な変化である。

対中輸入の半分に追加関税が課されているのに、「何の影響も無い」と想定すること自体が無理筋なのだが、不透明感が大き過ぎるせいなのか適切に織り込まれてこなかった経緯がある。

FRBや欧州中央銀行(ECB)が淡々と引き締め路線を歩んでいることが、市場に自信を与えているのだろうか。だとすると、中央銀行の能力を過信し過ぎであろう。

「中立金利超え」シナリオは適切なのか?

2018年9月、FRBが3か月ぶりの利上げを決めた後、記者会見するパウエル議長。

2018年9月、FRBが3か月ぶりの利上げを決めた後、記者会見するパウエル議長。「アメリカ経済は力強く、良好な速度で成長している」と強調した。

REUTERS/Al Drago

また、9月中頃から金融市場で支持され始めているのが②の「FRBは中立金利水準(3%)を超えて利上げを続ける」というシナリオであり、これも2月にはなかった要素だ。

10月に入り、パウエルFRB議長自らが中立金利を超えて利上げを続ける可能性に言及しており、市場もこの読みに乗り始めている。

中立金利とは端的に言えば、「米国経済の地力にとって、引き締めし過ぎでもなければ緩和し過ぎでもない政策金利」であり、これを超えての利上げは理論的には「正常化」ではなく「引き締め」である。「引き締め」なのだから、やはり株価は下がって当然である。

そもそも中立金利を超えて利上げをするという行為は本当に正しいのだろうか。

FRBは建前では「インフレ予防のために利上げを続けている」ということにしながらも、本音では「のりしろ論」(「将来利下げするために今、利上げする」という理屈)の下で利上げ路線を邁進していると見られる。

現実のインフレ率は加速しておらず、インフレ期待も年初来で横這いなのだから、インフレ予防と言われても実際のところピンと来ない市場参加者が多いはずだ。

市場でもFRBの本音を承知している向きは多いと思われるが、楽観ムードが支配的な中、なし崩し的にFRBの情報発信に盲従しているのが実情なのではないか。

こうした状況では大幅な調整が急に生じやすい。本当に実体経済が良いからFRBが利上げしているのかどうか誰も考えていないのだから当然である。

百歩譲って「中立金利超え」の利上げが米国経済にとって適切だったとしても、それが世界経済とりわけ新興国経済にとって適切なのかは別問題である。FRBの引き締め路線は新興国の金融当局を防戦一方に追いやっているのが実情であり、複数の新興国の中央銀行が今年に入り連続的な利上げを強いられている。

「中立金利超え」シナリオの浮上は2月ショック時との大きな違いだが、その妥当性に対する検証はまだ十分済んでいない。株価は当然不安定になる。

「大統領 vs. FRB」という構図も2月にはなかった

2017年11月、パウエル氏のFRB議長への指名を発表するトランプ米大統領。

2017年11月、パウエル氏のFRB議長への指名を発表するトランプ米大統領。トランプ氏は最近、パウエル氏が率いるFRBの利上げ路線に対する批判を強めている。

REUTERS/Carlos Barria

2018年2月のVIXショック時との違いは上記のような論点が主だが、政治的に気になる変化もある。それはトランプ米大統領と金融政策の関係である。

2月時点でトランプ大統領は金融政策にさほど関心を示してこなかったが、7月以降は矢継ぎ早に利上げへの批判を繰り返している。

トランプ大統領はこの株安に乗じてFRB批判を先鋭化させており、今回の株価急落は「FRBが狂った(The Fed has gone crazy)」ことに原因があるとまで述べている。細かな経済・金融情勢をフォローしていないトランプ大統領であっても、株価の下落が継続的かつまとまった幅で起きれば、自身の金融政策への批判が正しかったことを一段と喧伝してくることだろう。

大統領が議長ないし理事を任期途中で解任することは基本的にできないものの、さまざまな形で政治的圧力をかけ辞任に至らしめる可能性は無いとは言えない。可能性の低いリスクシナリオの1つとして考慮すべきなのかもしれない。

いずれにせよ今回の世界同時株安が「一時的なショック」にとどまるのか、「本格的な調整の始まり」なのかは現時点では定かではない。ただ、少なくとも後者であっても不思議ではない、というくらいの心持ちはほしい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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