中国とバチカンが“和解”——カトリック信者の有望市場狙うローマ法王の思惑

キリスト教カトリックの総本山バチカン(ローマ法王庁)が、長年対立してきた中国と司教任命権問題で暫定合意した。

対中関係改善については、「バチカンは地下教会の信者を中国共産党に売り渡そうとしている」と、カトリック内部からも批判が噴出している。フランシスコ法王が改善に舵を切ったのは、中国が有望市場であること、さらに法王が進める改革に反対する保守勢力との権力闘争を有利に進めようとの思惑もあるようだ。

知られざる「三つの思惑」を説明する。

合意利用し宗教弾圧と批判

ローマ法王フランシスコ

ローマ法王フランシスコ。「外交好き法王」として知られている。

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9月22日の合意は、バチカンの承認がないまま中国が任命した8人の司教(うち1人は死亡)の正当性を法王が認めたもので、中国側の主張に全面的に譲歩する内容。これを受け10月3日バチカンで開かれた「世界司教会議」には、中国から2人の司教が初参加し、法王は「彼らの出席が、法王と司教全体が一つであることを示した」と歓迎した。

法王はその後、「最終的な司教任命権は自らが持つ」と述べ、譲歩イメージを薄めようとしている。しかし、教会保守派で香港教区の元司教である陳日君枢機卿は、「中国は合意を利用して、政府非公認の『地下教会』をさらに弾圧しようとしている」と強く批判、習近平政権が宗教弾圧を強めているだけに、保守派を中心に改善反対論が根強い。

それを押し切って法王が改善を進める理由は何か。

中国は信者の有望市場

上海の人混み

人口14憶弱の中国には、カトリックとプロテスタント教徒が計4400万人いる。さらに非公認の「地下教会」信者を合わせると1億人を超えるとされ、カトリック教会にとっては“有望市場”。

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第一は、中国はカトリック信者の有望市場ということだ。バチカンが2017年4月発表した世界のカトリック人口は、12憶8500万人と5年間で約7%増加した。信者の約49%が南北米大陸に集中しており、ヨーロッパ22・2%、アフリカ17・3%。一方、経済成長著しいアジアは11%と少ない。インドやインドネシアは人口は多いが、ヒンズー、イスラム教徒が圧倒しており、カトリックが入り込むスキはない。

これに対し人口14憶人弱の中国には、カトリックとプロテスタント教徒が計4400万人いる。さらに非公認の「地下教会」信者を合わせると1億人を超えるとされる“有望市場”。

中国は建国2年後の1951年に駐南京バチカン公使を追放し、以来、関係は断絶した。しかし、改革・開放路線を歩み始めた1983年、ヨハネ・パウロ2世が当時の最高実力者、当時の鄧小平党総書記に親書を送って以来、改善を模索し続けてきた。

現在のフランシスコ法王が就任した2013年3月は、習近平党総書記が国家主席に就任した時期と重なり、対話の機運が高まった。作業グループが設置され、北京とバチカンを定期的に相互訪問し協議を重ねてきた。2014年にはフランシスコ法王の韓国訪問の際、中国が法王の中国上空通過を初めて許可した。

米・キューバ国交回復も仲介

2016年、ローマ法王はロシア正教の最高位キリル総主教と会談し、歴史的な対立関係を修復した

外交に積極的なフランシスコ法王は、ロシア正教の最高位キリル総主教と会談し、歴史的な対立関係を修復した(2016年2月12日)。

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フランシスコ法王は2013年3月の就任以降、2018年3月までに22回の外遊で計33カ国を訪問している。前法王ベネディクト16世が在位中の約8年で訪問した20数カ国を上回る「外交好き法王」だ。

特に2015年にはアメリカとキューバの国交回復を仲介、翌2016年にはロシア正教の最高位キリル総主教と会談し、歴史的な対立関係を修復した。大国で関係が絶たれているのは中国だけとなった。法王は6月に前田万葉大司教ら14人を新たな枢機卿に任命。2019年に日本を訪問する希望を表明するなど、アジア重視の姿勢も見せる。

法王は訪中にも強い意欲を示す。国交はないが、イエズス会日本管区のレンゾ・デ・ルカ管区長は共同通信のインタビュー(9月27日)に対し、「外交関係がなくても、文化的なイベントの招待などであれば訪問は可能」と述べ、「中国が法王を招くことが得策だと判断すれば、何らかのきっかけを作ることもあるだろう」とみる。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長も、韓国の文在寅大統領に「(法王フランシスコが)平壌を訪れれば熱烈に歓迎する」との意向を表明。文大統領は10月後半のバチカン訪問の際、その意向を法王に伝えると述べている。

同性愛、離婚に柔軟、分権化も推進

キスをするレズビアンたち

フランシスコ法王によって任命されたセバスティアン枢機卿が、「同性愛は身体的欠陥」と発言したことを受け、抗議の意味でキスをするレズビアンたち(2014年)。カトリック信者は、同性愛に対し厳しい姿勢をとる人が多い。

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三番目の思惑は法王が進める一連の改革。バチカン法王庁は2012年、内部告発文書の流出や前法王ベネディクト16世の執事逮捕などのスキャンダルに揺れた。聖職者による児童の性的虐待の発覚も後を絶たない。フランシスコ法王は就任直後から、国務長官(首相に相当)を代え、マネーロンダリング(資金洗浄)疑惑がある「バチカン銀行」への調査委員会を設置。法王庁の予算や資産管理を統括する「財務省」も新設した。

それ以上に保守派の抵抗が根強いのは、タブーとされてきた同性愛や避妊、離婚に法王が柔軟な姿勢をみせていることに対してだ。さらに、フランシスコ法王は教会運営の分権化を目指し、法王に権力が一極集中する「バチカン中心主義」を改めようとしている。枢機卿も欧州だけでなく、中東やアジア、アフリカ、中南米からも幅広く登用、教会の多様性実現を目指す改革だ。法王からすれば、中国が選んだ司教の容認もその延長線上にある。

しかし、既得権益を守ろうとする保守派の抵抗は根強い。

法王の訪中受け入れが焦点

台湾の蔡英文総統

台湾の国慶日の式典に出席する蔡英文総統。中国は蔡政権に打撃を与える「断交ドミノ」を、より効果的に進めるタイミングを計算している(2018年10月10日)。

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中国にとってもバチカンとの関係改善は、地下教会を潰して、国家が公認する教会に信者を統合することにつながる。さらに台湾孤立化を進める上でも大きなプラスだ。中国はさまざまな国に台湾との断交を迫ってきており、バチカンにも台湾を見放すよう求めている。

一方、台湾にとって、ヨーロッパで唯一の国交国バチカンの存在は大きい。

台湾は中国とバチカンの暫定合意の際には「合意は、台湾との外交関係に影響しないと説明している」と強調。バチカンも合意は「政治的なものではない」と明言しており、直ちに中国と国交樹立する可能性は低そうだ。しかし蔡英文総統は、カトリック教徒でもある陳建仁副総統をバチカンに急きょ派遣した。陳副総統は10月14日、法王フランシスコとの会談で台湾訪問を要請した。何としても関係をつなぎ留めたいのだ。

台湾では2020年1月に次期総統選が予定されている。習近平政権は蔡政権に打撃を与える「断交ドミノ」を、より効果的に進めるタイミングを計算している。2019年の法王の日本訪問で、訪中ないし訪台を受け入れるかどうか、国交問題のリトマス試験紙にもなる。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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