J.P.モルガンで働く5人の社員。
「一流のビジネスを一流の方法で実践する」の理念をもとに、グローバルに展開する外資系金融機関、J.P.モルガン。社員の経験や知識の幅を広げ、それぞれのキャリアに活かすべく、勤務地や部署の異動を可能とする「モビリティ」制度を設けている。自分なりのキャリア形成につながるこの制度、5人の経験者にその活かし方を聞いた。
さらに強まる「成長したい」という思い
もともと「いつかは海外でも通用する知識や仕事のやり方を身に付けたい」と思っていた。26歳のとき、「モビリティ」制度を利用し、ロンドンオフィスに異動した。
島津さんは「投資銀行部門」で企業のM&Aや資金調達をサポートする仕事をしている。世界の産業動向や国の政策など、深い知見と高度なスキルが必要とされる立場だ。
ロンドンオフィスではさまざまな国籍の社員が働いていた。そんな職場では、曖昧な指示を出してしまうと必ず「それはどういうことか」と聞き返された。非難されているのではなく、島津さんの指示を正確に理解するための質問だ。
「それぞれが異なるバックグラウンドを持っているため、日本でいう『阿吽の呼吸』ではなく、自分の考えをきちんと言葉にして伝えなければならないのです」。日本人とのコミュニケーションスタイルの違いを実感した。
ロンドン勤務を通じて、自身を見直すきっかけも得た。
「ロンドンのメンバーは、1つ仕事が終わると『今回の働きはどうだったか』と聞きにくる。成長のため、良いところも悪いところもフィードバックしてほしいと言うのです。『成長したい』という思いを行動に移す姿を見て、とても刺激になりました」
1年のロンドン勤務を経て日本に戻ったが、今度は「場所を問わず活躍できる能力を身につけたい」とニューヨークオフィスへの異動を希望、この10月に拠点を移した。
ロンドンでの経験から8年、当時はジュニアバンカーだったが、今はエグゼクティブディレクターという立場。背負っている会社の期待も、そして責任も格段に大きい。また新たなチャレンジだ。
異動先の香港の同僚も「モビリティ」制度を利用
英語力を活かしたくて6年目に香港へ。「1年半の勤務を通して得られたスキル、ネットワークは4、5年分にあたる」
小学生のころ海外で過ごした岡崎さんは、新卒でJ.P.モルガンに入社したときから「語学力を活かして海外で仕事をしたい」と思っていた。入社から6年目、アジア太平洋地域のオペレーション部門のプロジェクトマネージャーの公募に手を挙げ、香港オフィスに異動した。
プロジェクトのメンバーは香港人のほかシンガポール人、インド人、オーストラリア人、フランス人と極めて多彩。メンバーの半数が「モビリティ」制度を使って異動していた。
「アジア太平洋地域で進行する年間300件ほどのプロジェクトを管理するというハードな任務でした。スムーズに進めることができたのは、12人のメンバーがそれぞれの地域で培った知識を持ち寄り、異なる意見にも耳を傾け、互いを尊重しながら同じ方向を向くことができたから。この制度は個人の経験値を広げるだけでなく、会社の業務そのものにも好影響を与えるすばらしい制度だと思いました」
のちに日本に戻った岡崎さんだが、この春からまた新たな部門に異動した。香港でお世話になった先輩から、新しい場に誘ってもらえたからだ。香港で一緒に働いたメンバーとは今も情報交換を行っているという。
「20代からグローバルな視点で物事を考えることができて、30代はまた別の経験を積んでいる。ここにいたら、40代でできる仕事の幅はもっと広がるだろう、と考えることができるのです」
「モビリティ」制度を通じて、岡崎さん個人のネットワークやキャリアの可能性が広がり、それが自信とモチベーションに繋がっているという。
海外への異動で、さまざまな働き方に触れた
東京からニューヨーク本社を経て香港へ。アメリカにはかつて住んだこともあったが、改めていろいろな人に出会い、一緒に仕事をすることで「仕事もプライベートも考え方が変わった」。
現在、香港オフィスで働く正木さんの海外生活は6年目を迎えた。日本ではビジネス部門を担当する人事の仕事をしていたが、その後、ニューヨークの人事部に異動して同じような仕事を担当した。さらに2年後には香港に異動して、研修や人材育成の仕事に従事、現在は社員の給与や福利厚生を担当するマネージャーとして活躍している。
アメリカからアジアへ、世界を股にかける華麗なキャリアの裏にも多くの苦労と努力がある。なかでも苦労したのはニューヨーク。人事を担うからには、現地の労働法の知識は不可欠だったが、アメリカでは州によっても内容が異なるため、理解するには時間がかかった。当時は相当勉強をした、と振り返る。
また、同僚とのコミュニケーションでも初めは苦労したという。東京や香港ではチームに新しいメンバーが入ると積極的に話しかけ、あれこれ面倒を見てくれるが、ニューヨークでは受身の姿勢で待っていても、誰も自分の状況を察して話しかけてはくれない。
「分からないことは自分から積極的に同僚に聞くようにしていました。異なる国で生活し、多様な人々と仕事をすることで、自分の働き方の幅が広がりました」
現地で直面した苦労とそれを乗り越えるための努力や工夫は、人事の仕事、そして自身の価値観にしっかりと活かされている。
「ある任務を成し遂げたとき、そして同僚から感謝の言葉をもらったときはやりがいと達成感を感じます」
ライフイベントに合わせた活用も
J.P.モルガンの銀行業務を担う部門の中で、「仕事を違う面から見てみたい」とオペレーション(事務)から営業に異動、その後、オペレーションに戻った。結婚し、今は出産を控えている。
「モビリティ」制度は、社員のキャリア形成のみならず、ライフスタイルの変化もサポートする。 加藤さんは入社から8年間、送金・預金事務などのオペレーション業務を担当したのちに、営業部門に異動した。
「オペレーション業務は、社内で完結する仕事がほとんど。でも営業ではお客様とのコミュニケーションが中心で、どのようにお話しすればうまく伝わるのか、全く分からないところからのスタートでした」
法人顧客のニーズを聞きながら、取引を進めていく。加藤さんにとっては大きなチャレンジで、やりがいもあった。だが3年半後に、再びオペレーション業務を担当することに。結婚を契機に、地方出張の多い営業職からオペレーション業務への異動を希望したという。
J.P.モルガンは社員の半数が女性。加藤さんのように、ライフスタイルの変化に合わせて「モビリティ」制度を活用するケースも多いのだ。
営業を経験し、再びオペレーション業務に戻った結果、営業担当が求めていることがより良くわかるようになった。
「背景にあるお客様の実際のニーズが理解できるようになったからだと思います。営業担当から難しいリクエストがあっても、決してノーとは言わず、別の案を提案するなど、仕事の仕方の幅が広がったように思います」
まずは2週間の「ジョブシャドー」で仕事を確認
入社間もない社員にも「モビリティ」制度のチャンスがある。上司の勧めで10月からニューヨークオフィスへ。
前田さんは、2017年8月に新卒でJ.P.モルガンに入社した。この1年は日本国債の営業を担当していたが、2018年10月からニューヨークのジャパンデスクで現地の日系企業向け営業を担当する。2年後には日本に戻る予定だ。
異動を勧めたのは上司だ。金融商品の種類は、国債だけでなく、ドル金利商品、デリバティブなど数多くある。聞いてみると、上司は「日本で円金利商品を勉強するだけでなく、ニューヨークで複数の商品の知識と営業の経験を得ることは、これからのキャリアに必ず役立つ」と考えてくれていた。
「この話を受けたときは驚きましたが、すぐに前向きな返事をしました」
すると、その翌月には「ジョブシャドー」として渡米する機会が設けられ、ニューヨークオフィスでの仕事を2週間体験させてもらった。部長の横に座り、トレードについて教わり、空いている時間には模擬トレード練習を行なった。その日学んだことはレポートにまとめて提出。刺激的な2週間は、前田さんの異動の決意を固いものにした。
「さまざまな商品を扱えるセールスになるため、まずは知識の足腰をしっかりと鍛えたい。そのため、いまは一つひとつのトレードとマーケットの反応、中央銀行の動きなどに細心の注意を払いながら、その背景に何があるのかじっくりと考えを巡らせ、理解するように努めています。2年後には成長した姿を上司や先輩に見てもらいたい」
本人の意欲や意志、タイミングに応じて活用できる「モビリティ」制度。自ら一歩を踏み出した人が、可能性を大きく広げている。