「CEATEC JAPAN 2018」初日、基調講演の壇上に立ったローソンの竹増貞信社長。三菱商事からローソンに移った2014年5月以降、子どもと一緒に各地の店舗を行脚したことが、コンビニについて深く考えるきっかけになったと語った。
撮影・川村力
幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催中のアジア最大規模のIT・エレクトロニクス展示会「CEATEC JAPAN 2018」に出展されたローソンのブースが話題を呼んでいる。
「近未来コンビニ、支払いはゲートくぐるだけ」(産経ニュース)
「25年のコンビニはレジ不要? ローソン、無人決済公開」(朝日新聞デジタル)
「無人コンビニや“敏腕”調理ロボット…最新技術展示」(テレビ朝日)
最新のテクノロジーに関する展示会なので当然のことだが、ほとんどのメディアがローソンのブースについて、無人決済システムに焦点を当てたタイトルをつけて記事を配信。その影響もあってか、初日である10月16日のローソンブースには多くの来場者が殺到した。
参考記事:「未来のコンビニは無人店舗ではない」ローソンが示したデジタル時代の戦略
「そんな便利な時代に生きていたいと思いますか?」
ローソンの竹増貞信社長の基調講演は立ち見が出るほどの超満席。各地のフランチャイズオーナーも数多く参加したとみられるが、コンビニのデジタル化、テクノロジー導入は社会の大きな関心を集めている。
撮影・川村力
そんな盛り上がりの中で同日午後に行われたローソンの竹増貞信社長の基調講演は、デジタル化のスケジュールや、展示ブースで使われているテクノロジーの詳細に触れる部分があまりなかった。それどころか、竹増氏が特に力を込めて話したのはこんな部分だった。
「10年、20年後のご自身の姿を想像してみてください。このままデジタル化がどんどん進み、スマートフォンやそれに代わる機器が登場し、それに頼って朝起きてから寝るまでひと言も発しないで1日を終える、そんな時代が来るかもしれません。でも、そんな便利な時代に皆さんは生きていたいと思いますか。私は生きていたくありません」
さらに竹増氏は、これから最も大事にしたいのは、次のようなことだと語った。
「ローソンを人が集まる場所にしたい。イートインスペースでも何でもいいんです。フェイス・トゥ・フェイスの会話があり、皆さん一人ひとりがお持ちの温かいハートが行き交う場所。それこそがリアル店舗にあってEC(電子商取引)にはない、本当の価値なんだと思います」
NHKドキュメンタリー「覆面リサーチ ボス潜入」の紹介サイトから。「特徴的な太い眉毛を前髪で隠して」(番組ナレーション)変装した竹増氏。ヤラセなどではなく、NHKスタッフの周到な準備のもとで、実際のローソン店舗に文字通り「潜入」したのだという。
出展:NHK「もっとドキュメンタリー」サイトから編集部でキャプチャ
そして極めつけは、NHKのドキュメンタリー番組「覆面リサーチ ボス潜入」(※)に自ら出演した回の録画を上映した後で語った次の言葉だ。
「めちゃくちゃハートフルですよね。思いやりのある店ですよね。こういうお店を、無口なデジタルデバイスに対してリアルなものが持つ意味として、必ずこの先も残していきたい。(番組ではコンビニで)高齢の方々が働かれていました、お客としてもいらっしゃっていました。こういう温かさを維持するために、乗り越えなくてはならない社会課題がたくさんあるんです」
(※「覆面リサーチ ボス潜入」とは……大手企業の社長や役員が、素性を隠して自社の現場に潜入、会社の課題を発見し、最後に正体を告白、課題解決策を提示するNHKの番組。竹増氏はローソンへの転職希望者として大阪から秋田の店舗に現場体験に来たという設定で、オーナーや店員たちの喜びや苦しみ、店舗への誇りなど、さまざまな本音に直面する)
店員1人で運営できる店は、選択肢の一つにすぎない
以前は「街の便利屋さん」だったコンビニが、現在では「街のインフラ」となり、近未来には「まちの生活プラットフォーム」になっていくというローソンの視点。
撮影:川村力
人手不足、ライフスタイルの急激な変化、超高齢化時代の到来といった深刻な問題を抱える日本社会で、「温かさ」や「ハート」を維持するためには、デジタル化によるオペレーションの自動化、省力化がどうしても必要となる。それでも、デジタル化はあくまで「温かい未来」を実現するための手段にすぎない。それが竹増氏の基調講演の本旨だ。
ただ、メディア上ではどうしても最新テクノロジーの方がニュースとして目立ってしまう。
産経ニュースが16日夕方に「ローソンの竹増貞信社長『大幅省力化店舗に挑戦』来年以降、運営自動化で店員1人に」と、基調講演後の報道陣による囲み取材の内容を報じると、TwitterなどSNS上であっという間に拡散され、「トイレ休憩は自動化できないけど1人で大丈夫か」「店員が風邪をひいたらどうする」と省人化を危ぶむ声があがった。
しかし、竹増氏は基調講演でも囲み取材でも、店員が1人で済む店を増やしたいとは発言していない。むしろ、店員の数に関わらず「人が集まる場所にしたい」との考えに基づき、ローソンの将来のあるべき姿を「まちの生活プラットフォーム」と表現している。
テクノロジーがコモディティ化した後
ローソンは2017年5月、竹増貞信社長の直轄組織としてオープン・イノベーションセンターを立ち上げ。同年10月には研究施設「ローソンイノベーションラボ」を開設した。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
気が早いようだが、無人決済やそれを支えるRFID(無線識別)タグ、人工知能(AI)によるコンシェルジュ、自動調理・掃除ロボットなど、今回ローソンが先進的に導入を決めたあらゆるテクノロジーは、人手不足などの問題を解消しつつ、良い意味で陳腐化していくだろう。
ローソンだけが最高のデジタル技術を選び取り、セブンイレブンとファミリーマートは遅れをとる、といった未来は想定しにくい。スピードの勝ち負けはあっても、どのコンビニにもテクノロジーは導入されていくはずだ。
竹増氏が基調講演であえてデジタル化やテクノロジーの詳細、導入スケジュールに固執しなかったのは、要するに、問題はそうした技術がインフラあるいはコモディティになるその時、コンビニはどういう場所であるべきか、そこにこそ真の差別化のポイントがあるというメッセージだと思われる。
「温かい」「ハート」といった抽象的なイメージながら、テクノロジー・ファーストではなくヒューマン・ファーストを標榜するローソンが、どんなデジタル化路線を歩んでいくのか、ここから先が注目される。
(取材・文:川村力)