仕事は東京と熱海で7:3。東京で本業、地方で副業生活のリアル

編集者として働く水野綾子さん(33)は1日の仕事を終えると、東京・代々木のオフィスを出て、品川駅午後5時4分発の東海道新幹線に乗り込む。

静岡県熱海市の熱海駅で下車して、保育園に子どもたちを迎えに行くのは午後6時だ。東京での仕事が早く終われば、地元熱海市のカフェやコワーキングスペースで、お迎えの時間まで働くこともある。

01熱海全景

静岡県熱海市の海をのぞむ風景。副業・兼業を地方で、本業を都市部でという選択肢もある。

提供:machimori

水野さんは1年半前、学生時代から長年暮らした東京を離れ、夫と3人の子どもたちと共に、生まれ故郷の熱海市に戻った。お寺が家業の実家の父親が、体調を崩したことがきっかけだったという。

「三姉妹だったので、みな家を出ており、誰かが継がなければという状況でした。東京での編集者の仕事は好きだったのですが、3人の子育てをする環境を考えたときに、東京じゃないな、と」

水野さんは実家に戻り、「地域コミュニテイーのハブであり続けたお寺を、現代にアップデートさせたい」と考えた。

東京にぶら下がっているつもりはない

そこまでは通常の「Uターン」ストーリーだが、水野さんも夫も東京での仕事を今も、続けている。

一方で水野さんは副業として、地元の熱海市で地域の企業へのウェブディレクションや、働き方に関する講演といった、熱海市のまちづくりやワークスタイルに関わる活動もしている。

仕事の割合は現状、時間でいうと東京:熱海が7対3、収入でいうと9対1。ただし「将来的には熱海での割合を増やしつつ、実家のお寺の仕事も入れて、本業、副業、お寺といったバランスも考えています」。「副業」から「複業」へと進化させたい考えだ。

もちろんこれまでの社会でも、地方に住んで東京に通勤するというスタイルは珍しくはない。ただ、水野さんの場合は地元でも仕事をもっているという点で、心持ちも変わる。

「熱海に住みながら、東京にぶら下がっているつもりはありません」と水野さんは言う。

あえて2拠点生活をすることで、1カ所だけにいては見えないものが見えて、地元にも東京にも価値を発揮できる。一つのところにいることの方がリスク。自分のキャリアデザインにもなります」

2拠点ワークは人材不足を救うか

03海辺のあたみマルシェ

熱海市の商店街「海辺のあたみマルシェ」。2拠点生活で、新たにみえてくる視点もある。地方は都市部の人材を共有できる。

提供:machimori

地方で副業など、二拠点ワークという働き方を進める熱は、企業や行政の間でも高まりつつある。背景にあるのは、地方ではより深刻化する人材不足だ。

「首都圏と地方を行き来する2拠点ワークで、知のシェアリングをしませんか」

ビズリーチは10月18日、副業・兼業限定の「地域貢献ビジネスプロ人材」の公募を始めた。熱海市、島根県海土町、香川県三豊市の地元企業計8社を、自治体や地元のコーディネーターの協力を得て選出。首都圏などの会社で働きながら、そこで培ったスキルや経験を地元企業で生かして、副業や兼業で働いてくれる「ハイスキル人材」を募集するという。

公募のボジションは、例えばこんなものだ。

例:未活用リゾート資源の企画プロデューサー(熱海市のホテル)、教育魅力化プロジェクトの広報戦略担当(海土町)、販路開拓戦略プロデューサー(香川県の「うどん」をキーワードとした地域商社)

いずれも、都市部や海外など市場競争の激しい環境で培ったノウハウや戦略が期待されている。

副業・兼業のスタイルをとってもらうことで、移住や転職といった大きな決断は伴わない。このため、より高度で多彩な人材を集められるとの期待がある。ビズリーチによると、月4日程度の勤務で、日給は1万5000円程度を目処とする。リモートワークの可否などは要相談だ。

水野さん

自らも2拠点生活をしながら、地方での副業・兼業の推進に関わる水野綾子さん。

撮影:滝川麻衣子

冒頭の水野さんは、熱海市を通じてビズリーチの副業・兼業限定の「地域貢献ビジネスプロ人材」に、地元と都心など他地域から来た人材をつなぐコーディネーターとして関わっている。

「地元と外部から来た人材とで起こりがちな、衝突やズレを、コミュニケーションをとることで和らげるような相談窓口になれたら」(水野さん)

ビズリーチの地域活性推進事業部の加瀬澤良年さんは「副業への関心はこれまでになく高まっていますが、収入を増やすというよりも楽しんでやる。むしろ人生への投資のような考え方で、関わる人が多い」と、話す。とくに2011年の東日本大震災以降に意識の変化を感じたという。

「地域と都市部をつなぐ地元のハブ人材の力を借りつつ、副業・兼業のプロ人材で地元企業を活性化し、働き手側も人生を豊かにできるような『熱海モデル』を、全国に広めていきたい」(ビズリーチ・加瀬澤さん)と話す。

「地方で副業」手伝うサービス相次ぎ誕生

かまくら

神奈川県鎌倉市の由比ヶ浜。鎌倉も2拠点生活で人気の場所だ。

撮影:西山里緒

実際に、働き手の間でも地方での副業・兼業といった、2拠点ワークに関する関心は高い。

日本人材機構「首都圏管理職の集合意識調査2017」によると、35歳以上の首都圏に住む管理職のうち、約5割が地方での新しい副業・兼業スタイルについて興味をもっている。

2拠点ワークを推進するサービスも登場している。

面白法人カヤックの子会社・カヤックLivingは6月に、移住スカウトサービス「SMOUT」(スマウト)を開始。移住や地方で働くことに興味のある人がプロフィールを登録すると、スマウトに登録の地方の企業や団体から、スカウトが届くマッチングサイトだ。サイトをのぞいてみると、移住に限らず副業・兼業、月1回の現地訪問など「2拠点」ワークの選択肢が広がっている。

地域の中小企業と都市部の若者を繋げる、マッチング支援のNPO法人G-net(岐阜市)も9月、人材不足に悩む地域企業と、地元や地方に関わりたい都市部の人材をつなぐマッチングサービス「ふるさと兼業」を開設。

東海や北信越など複数地域の企業から「兼業・副業」に特化した募集が並ぶ。

担当者は「地域の働き手の確保に、従来のようなフルタイム人材を集めるのは限界がある」と、副業・兼業で募集の理由を語る。

立ちはだかる本業の壁

ただし「地方で副業・兼業」や「2拠点ワーク」の生活には「本業の壁」が立ちはだかるのも事実だ。

労働政策研究・研修機構が全国1万2000社を対象に行った2月の調査では、7割超の企業が「副業・兼業を許可する予定はない」と回答。同じ調査で働き手の4割が副業・兼業に興味ありとした実態とは開きがある。

働き手は生涯1社では望めない、多様なキャリアや生活を味わうことができ、地方企業はフルタイムではなくても、経験やアイデア豊かな人材を確保できる「地方で副業・兼業」。

ただし、地方から深刻化する人手不足の切り札になるには“日本の会社”の意識の変化が不可欠のようだ。

(文・滝川麻衣子)

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