試験の得点を操作しなくとも、女子の合格率を抑えることができる——。
東京医科大学に続き、昭和大学、順天堂大学などでも得点操作の実態が次々と報じられている医学部不正入試問題。
だが、女子に不利な状況は合否判定基準だけではない。試験内容そのものが女子受験生に不利になっていることが学生団体の調査で分かった。“操作”は試験を受ける前から始まっていたかもしれないのだ。
理系の配点が70%占める私立、文系軽視が深刻化
東京医科大では現役と1・2浪の男子に行う加点を女子にはしないことで、女子の合格率を抑えていた。 だが、問題はもっと手前にもある(写真はイメージです)。
GettyImages/D76MasahiroIKEDA
医学部の女性減点問題についてのレポートを発表したのは、京都大学客員准教授の瀧本哲史さんが顧問を務める学生ゼミナール瀧本ゼミだ。同団体は東京医科大学の不正入試が発覚する前の2017年からこの問題について調査を重ねてきた。
「ゼミのメンバーをリクルートするとき、医学部の女性は本当に優秀な人が多い。なぜかと考えていた中で、『女性の方が入試の合格基準が厳しい』という医学部関係者の声を聞きました。7勝7敗の力士が最終日になると勝つ確率が統計では説明できないくらい高い、偶然ではなく八百長が行われているからではないか。そんな計量経済学の有名な論文があります。医学部入試も性別によって偶然では説明できない点数や合格率の違いがあるのではないかという問題意識から調査を始めました」(瀧本さん)
国公立大学医学部入試における各科目の配点割合
出典:瀧本ゼミホームページ「医学部入試問題レポート第2弾」
着目したのは入試科目とその配点だ。国公立51校、私立29校の医学部の前期一般入試を対象に調査すると、文系科目と理系科目では明らかな差があった。
国公立医学部の国語・社会の配点は、数学・理科の2分の1以下。各大学が独自に用意する二次試験の科目とその配点割合の平均を分析したところ、国語を課している大学は51校中わずか4校だった。
理系偏重の傾向は私立大学の方が強い。配点の平均で数学・理科の割合が70%を超えており、29大学中、独自に国語を用意している大学は帝京大学1大学のみで、社会もほとんど課されていなかった。
さらに理系科目に重点的に配点を行う傾向は年々強まっていることも分かった。
2011年から2016年までの間の国公立医学部入試で、前年と比較して科目が必須化、または範囲が増えたり配点が増えたりすれば+1、逆なら−1とカウントすると、数学は+5、理科が+4なのに対し、国語は−2だった。
合格率のジェンダーギャップと入試は関係アリ?大学の言い分
直近6年間の医学部医学科の入学選抜における男女別合格率の差。
文科省「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査の結果速報」を元に編集部で作成
文科省の調査によると、2013年度から2018年度の6年間の医学部入試の男女別合格率で最も乖離があったのは順天堂大学。同大は一般入試で女子と2浪以上の男子の受験生を差別していた疑いがあるという(読売新聞・10月22日)。次いで現役や1浪、同窓生の親族を優遇していたことが発覚した昭和大学、そして2016年から医学部を新設した東北医科薬科大学だった。
アドミッション・ポリシーには「倫理観・コミュニケーション能力」(順天堂大)「 国語、社会も幅広く履修した人 」(昭和大)などが並ぶ一方で、2018年度の順天堂大の一般入試の一次試験の配点は理科200点、英語200点(225点)、数学100点。昭和大・東北医科薬価大・日本大も理科200点、数学100点、英語100点と理科を重視していた。不正入試問題の発端となった東京医科大も同じ配分だ。
医師として必要な能力が、今の試験ではかれるのだろうか。
GettyImages/MILATAS
Business Insider Japan編集部では医学部の女子の合格率が低い複数の大学に、
- 2000年度以降の科目変更の有無
- 科目変更があればその理由
- 現在の配点の意図・求める学生像
などについて尋ねた。
一般入試の一次試験で数学・理科の配点が75%を占める関東の私立大では、「論理的思考力、文章や発表における表現力」が高い学生を求めているにもかかわらず、国語の試験はない(2次試験で小論文はあり)。現在の科目や配点は90年代後半から継続しているとのことだった。
また関西のある私立大でも、「数学・理科・英語の学力試験により基礎学力・思考力・応用力を評価するとともに、調査書・小論文・および面接により意欲・資質・表現力を見極め」るとし、一般入試の一次試験で数学・理科の配点が75%を占める。2000年度以降、科目や配点を変更していない。
なぜ世界のトレンドに逆行してまで理系を増やすのか
アメリカの内科医に関する研究では、女性医師の方が死亡率や再入院率が低いことが報告されている。
shutterstock/Monkey Business Images
しかし、こうした理系偏重の医学部入試は、世界の現状から大きく乖離していると瀧本さんは言う。
例えばアメリカ。医学部は学士を終了した後に入学するが、その際に必要な試験では「化学・物理学」「生物学」「批判的な分析力・論理力」に加え、最近「心理学・社会学」を課すようになった。配点はこの4つの分野で4分の1ずつだ。オーストラリアでも論理的推理力やコミュニケーション能力を評価する試験を導入している。
患者が医師に抱く不満の多くは能力ではなくコミュニケーションの問題だという研究や、診療時のコミュニケーションが健康と相関するという報告もある。臨床能力に直結するため、医学部入試は文系科目の素養を重視するのが望ましいと考えられているのだ。
にもかかわらず、日本では多くの医学部が理系科目の配点を増やす傾向にあり、そのことが入学者に占める女性率にも影響を与えている。
「過去7年で国公立大・私立大医学部全体ではともに女性率の平均は微増傾向にありますが、数学・理科の比重を増やすと、女性率の平均は国公立大で−1.4%に、私立大でも平均−2.3%になっていることが分かりました」(東京大学1年・Kさん)
得点操作しなくとも、理系を増やせば女子は減る?
日本の医師国家試験合格率は女性の方が高い。
GettyImages/Indeed
「合格比率を見て『女性は数学が苦手だから』と無理やり納得し、『物理や生物が難しかったからしょうがないよね』という根拠のない話をかいつまみ、集め、『だから女子はこの大学には少ないのだ』と受験するしかなかった」
不正入試が行われていたと見られている年に東京医大を受験し、現在は別の大学の医学部に通う女性の言葉だ。
関連記事:家庭との両立は?親の職業・大学は?——ここまで聞く必要あるのか医学部面接
女性が理系科目やSTEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)が不得意だというのは世界的な傾向だ。2015年のOECDのPISA(学習到達度調査)でも科学や数学のリテラシーで男子の成績は女子を大きく上回っており、科学を学ぶ意欲も男子の方が強い。特に日本の男女差は他国よりも大きくなっている。
そして女性が理系科目が苦手なのは社会的な要因、つまり「ジェンダーバイアス」によるものだというのも国内外の多くの研究結果が示すところだ。
文科省は調査を継続中、全国医学部長病院長会議も新たな基準を設ける方針だ。
撮影:竹下郁子
日本で小学校のうちは算数・数学の意欲・学力に男女差はほとんどないのに、中学校ではどちらも男子が女子を上回るのは、「女子は文系、男子は理系」というステレオタイプが成長とともに刷り込まれ、学習意欲にも影響するからだと推測されている。(日本労働研究雑誌2014年7月号「労働市場における男女差はなぜ永続的か」)
文科省によると、男女によって異なる合格基準を設けた不適切な入試を行っていた大学は他にもあり、今月中に中間報告で事例を発表するという。(朝日新聞デジタル2018年10月18日)
「現在の文科省の調査や世論は試験後の得点操作にのみ注目していますが、入試問題をつくる段階から女性に不利な形式になっていて、その傾向はさらに強まっています。世界では文系科目を重視する方向にシフトしているにも関わらず、なぜ日本では理系科目を増やしているのでしょうか。根本的な問いかけが必要です」(瀧本さん)
(文・竹下郁子)