クレジットカード大手のクレディセゾンが、パートなどの非正社員らをすべて「正社員」に一本化する人事制度改革に着手して1年。
政府が旗を振る「同一労働同一賃金」の究極形とも言えるが、コスト削減のため非正社員を増やしてきた例も目立つ日本企業のなかではきわめて珍しい取り組みだ。
正社員になった人は満足しているのだろうか。
時短でボーナスも年金も「やはり正社員の方が安心」
パートから正社員に転換した斉藤ゆきさん。働き方に不安もあったが、「やはり正社員の方がいろんな面で安心です」と話した。
撮影:庄司将晃
「業務の範囲や配置転換も含めて、 働く環境がいきなり変わったらどうしよう。 そんな心配もありました」
東京・池袋にある本社の戦略企画部で、自社サイトの作成・管理を担当する斉藤ゆきさん(42)は、改革案を知った当初はそんな不安を抱いていた。
有期契約のパートにあたる「メイト社員」としてクレディセゾンに入ったのは2005年。最初のうちは電話応対やデータ整理を受け持ったが、8年ほど前から今の仕事を任され、週5日、ほぼフルタイムで働いてきた。
サイトのコンテンツなどに関する社内の各部門からの依頼を受け、発注先の制作会社とやりとりしながら仕上げていく。
「仕事の成果を多くの人に直接見てもらえる。大きなやりがいを感じています」
2017年9月、ちょうど新人事制度がスタートした直後から産休・育休に入り、2018年5月に同じ部署に正社員として復帰した。
長女の保育園への送り迎えのため、復帰後は午前9時半から午後4時半までの時短勤務制度を利用する。残業もあるが、今のところ保育園の迎えのタイムリミットである午後6時半に間に合わなかったことはない。
正社員になるとボーナスが支給され、企業型確定拠出年金の制度も利用できるようになり、昇格の道も開けた。
「以前は1年契約でしたが、やはり正社員の方がいろんな面で安心です。子どもの手が離れたらフルタイムに戻り、少しでも上にいけるように頑張りたい」
正規・非正規は「差別的」、社長の号令で改革
国内のクレジットカード業界では、規制強化などで事業環境は厳しさを増している。
Photo by Matt Cardy/Getty Images
クレディセゾンには4つの雇用形態があった。
いわゆる正社員を指す「総合職社員」(約1600人)に加え、無期雇用だが営業職限定で地域採用された人が多い「専門職社員」(約1100人)、コールセンター業務や事務を担う「メイト社員」(約900人)、定年後に有期雇用された人が大半を占める「嘱託社員」(約150人)だ。
総合職に比べ、それ以外の職種はそれぞれ昇格に上限があったり、賞与が支給されなかったり、企業型確定拠出年金制度に入れなかったりと待遇に差があった。
2010年にカードローン利用者の借入額を制限する改正貸金業法が完全施行されると、大黒柱だったカード事業の足元が揺らぎ、最近ではフィンテックの威力で金融業界の勢力図そのものが一変しかねない兆しもある。深刻な少子高齢化で人材の採用競争も激しさを増すばかりだ。
「正規・非正規などという差別的な呼び方はやめてほしい」と公言する林野宏社長から2016年8月、松本憲太郎戦略人事部長に「人事制度を根本的に変えられないか」という指示が飛んだ。
変化を乗り越えるため、社員が一丸となるための人事制度を作ろう。そう考えた松本部長らが半年ほど検討を重ねて行き着いた答えが、日本の主要企業では異例中の異例と言える「全員正社員化」だった。
「特定の事業領域に依存できない時代になり、人員も限られるなかで、すべての社員が新たな挑戦を通して成長することで難局を乗り越えていきたい。それが大前提になりました。社員全員に公平な機会を提供するので、より付加価値の高い仕事を担ってくれた方を重点的に処遇しますよ、という制度です 」(松本部長)
「あえて非正社員」向けに多様なメニューを拡充
クレディセゾンの松本憲太郎戦略人事部長。今回の人事制度改革の中心となった。
撮影:庄司将晃
新制度では雇用形態の区分をなくし、全ての社員を「期待される役割」に応じたいずれかの「役割等級」にあてはめ、処遇を決める。給料の増減や昇格・降格のモノサシは全社員共通だ。
とはいえ育児や介護といったさまざまな事情を抱え、あえて正社員を選ばない人もいる。新制度の実施前にはメイト社員などから「自分のキャパを超える仕事をさせられるのではないか」と心配する声も寄せられたという。
社員の8割が女性というクレディセゾンは、以前から正社員にも「多様な働き方」の選択肢を用意していたが、新制度導入を機にさらに制度を充実させた(図表)。
クレディセゾンの資料をもとに作成
例えば「隔週で週休3日」「1日5時間半だけ」といった働き方もできる。正社員に転換後、基本的にはどの社員も以前からの働き方を変えずに済んでいるという。
ただし改革の理念の通り、正社員に転換したすべての人に「新しいことに挑戦する意識」を持ってもらえるか、というのは大きな課題だ。
社内にさまざまなキャリアパスがあることを知ってもらうため、主に若手社員向けに部長クラスを講師とした勉強会を開始。同じ土俵に乗った全社員の過去のキャリア、実績や「強み」といったデータを一元的に把握できるシステムの導入準備も進めるなど、新制度をうまく機能させるための試行錯誤が続く。
コスト増は年数億円、後に続く主要企業は現れず
「同一労働同一賃金」の旗を振る安倍政権。実際には企業の賃金体系を細かく規制することは難しく、実現に向けた経済界の動きは鈍い。
Eugene Hoshiko/Pool via Reuters
政府は「同一労働同一賃金」の旗を振るが、経済界の動きは鈍い。
日本では一般に正社員の解雇のハードルが高いとされる一方、新興国の台頭や人工知能(AI)を始めとするテクノロジーの急激な進歩によって、どんな企業であれ将来を見通せない時代になった。
非正社員からの転換先として職務や勤務地を限る「限定正社員」を導入したり、雇用期間だけを有期から無期に変えたりする事例は目立つが、「全員正社員化」で続く主要企業はほとんどない。
クレディセゾンではボーナスの支給対象者の増加などで、改革当初の人件費は3~4%ほど、金額にして年数億円増えるという。
個々の事情に合った柔軟な働き方がきちんと保証されるなら、「全員正社員化」は働き手にとって朗報だろう。ただ、企業としてコスト増を上回る「成果」を求められるのも事実だ。
クレディセゾンは新時代に対応する人事制度改革のロールモデルになれるか。真価が問われるのはこれからだ。
(文・庄司将晃)