「働き方を自由に」と言われることが多い昨今。ですが、そもそもなぜ、企業は自由な働き方を容認しなければならないのでしょうか。自由な働き方と事業の成長は、本当に両立するのか——。これについて考える際、ヒントとなりそうなのが、企業のリモートワーク導入を支援するベンチャー企業、キャスターのCOOで、その子会社である働き方ファームのCEO、石倉秀明さんによる以下のツイートです。
新規事業担当といえば、「社内・常駐・フルタイム」、中でも競争で勝ち残った社員がなるというイメージです。ところが、このツイートの主人公である高橋真結さんは、「業務委託・完全リモート・育児の合間を縫って週10時間勤務」と、そのいずれの条件も満たしていません。今回の抜擢はどうして実現したのでしょうか。「リモート×週10時間でも新規事業がバンバン進む」のはなぜ——? 石倉さんと高橋さんの当事者お二人に、詳しく伺いました。
出社ゼロ。長男の「お昼寝タイム」だけ働く
―高橋さんは「週10時間勤務」で新規事業を担当されていると伺いました。具体的にはどんな働き方を?
高橋真結:株式会社働き方ファーム 新規事業担当
2009年株式会社リクルート入社。旅行領域の営業からスタートし、企画室にて業績管理や収支を担当。その後、新規事業に立ち上げから携わり、戦略や営業など担当した後、2014年に退職。2018年4月より現職。
高橋:ここ(働き方ファーム)で働き始めたのは今年4月から。業務委託という形で、働き方に関するコンサルティングサービスを企業向けに提供する新規事業を担当しています。100%リモートワークで、3歳になる長男がお昼寝する2、3時間を狙って仕事をしています。もちろん、なかなかお昼寝してくれない日もあるし、一日中外出しっぱなしの日もあるので、お昼2、3時間というのはあくまで目安。夜中にやる場合もあるし、それもできない週には土日にまとめてやることもあります。
——そのやり方で新規事業は問題なく進みますか?
高橋:現状はメンバーもおらず、石倉さんとマンツーマンの形なので、問題ありません。質問や確認事項などはチャットでこまめに連絡しますし、大きなアウトプットはだいたい週に1回すればよく、クライアントと接触する仕事でもないので、時間は自由です。今後、メンバーが増えた時に同じようにできるかはまだ分かりませんが、その時はその時で、やれる方法を考えるだけだと思っています。グループ内の他の事業を担当されている方も普通にやっているので、問題ないのではないかと思います。
——このお仕事をされるまでは?
高橋:前職はリクルートで、新規事業を担当していました。しかし、2014年に主人の転勤で仕事を辞めることになり、その後は長男の出産もあって、しばらくは働かない時期が続きました。
——その期間もできれば働きたかった?
高橋:そうですね。転勤があった時期は実質的に難しかったのですが、出産後半年して東京に戻ってきてからは、働けるところはないかといろいろと模索していました。「リモートワークOK」を打ち出している会社は世の中にいくつもありますが、そうした会社でもほとんどの場合、最低週1回は出社しているのが現状。私は子どもと過ごす時間を最優先に考えていたので、その「週1回の出社」が難しい状況にありました。
100%在宅となると選択肢がなく、1年ほど前からは再就職を半ばあきらめて、自分で何か立ち上げる方向で動き始めていました。そんなタイミングにたまたま前職のつながりで石倉さんと知り合うことになり、今回のお仕事をさせていただくことになりました。
——約2カ月、今のような働き方をしてみていかがですか?
高橋:完全リモートで働くのは初めての経験でしたが、難しさはまったくないです。時間と場所が自由なぶん、シビアに結果で判断されるので、ついつい働きすぎてしまうのをどう抑えるか、くらいでしょうか。専業主婦になってからは、子どもと向き合える日々は幸せなものの、正直どこかで満たされない部分や不安を感じていました。子どもと接するのはもちろん好きなのですが、育児は仕事と比べて成果がはっきりと見えにくいところがあり、また、子どもと完全に二人きりの時間を過ごす中で、どこか自分の社会的価値が失われていく感覚がありました。
今は子どもと一緒に過ごしつつも、達成感や、社会から必要とされている感覚を得られているので、毎日が充実していると感じます。
結果だけで判断、上司の顔色・根回し論が社内から消える
——一般には新規事業はフルタイムコミットの人にまかせるケースが多いと思います。なぜ週10時間勤務の高橋さんを抜擢したのでしょうか?
石倉秀明:株式会社キャスター COO
2005年株式会社リクルートHRマーケティング入社。HR領域の営業からスタートし、新規事業や企画を担当。2009年、創業期のリブセンスに入社し、ジョブセンスの事業責任者として史上最年少上場に貢献。その後、DeNAでEC営業統括、新規事業、採用責任者などを歴任し、2016年より現職。キャリア形成/働き方/ホラクラシー/リモートワーク/採用/組織戦略などが専門。
石倉:直接その質問にお答えする前に、この事業の背景をお話しすると、キャスターグループは「労働革命で、人をもっと自由に」というビジョンを掲げていて、子会社である働き方ファームとしても、働き方を選べるのが当たり前の世の中を目指しています。自由な働き方がなぜ「当たり前」にならないのかと考えると、それは働く個人の側ではなく、雇う会社側に問題があるから、というのが僕らの考えです。
というのも、キャスターグループでは全社リモートワークを採用していますが、ありがたいことに、社員募集をかけると1000人前後の応募があります。それも特別な採用サービス経由などではなく、自社のホームページから、です。つまり、オンラインであれば働きたい人自体はたくさんいるのです。
——高橋さんもそうした一人だったわけですね。
石倉:そうです。にもかかわらずそうした人が働けないのは、リモートで働ける会社自体が増えないからでしょう。であれば、コンサルサービスを通じて、リモートで働ける会社を直接増やしていこうと考えたのが、この新規事業を立ち上げた背景です。
その上で、この事業を担当するにはまず、自分自身がそういう自由な働き方をしたいと思っている人でなければ無理だと思いました。自分自身の働き方を通して、それができることを証明しながらでなければ説得力がないだろう、と。
——確かに自分ごととして事業に取り組めるほうがいいですよね。
石倉:はい。また、新規事業でありベンチャーなので、こちらがざっくり言ったことを自分なりに消化して進めてくれるような、曖昧さへの適性や耐性も重視したところです。その2つを備えた人、つまり高橋さんが運良くうちで働きたいと言ってきてくれたので、「ちょうどこういう新規事業のアイデアがあるんだけど、やってみない?」と声をかけました。
キャスターグループには週5フルタイムの人もいれば、週3で社員の人もいるし、業務委託で必要なことだけやるメンバーもいます。そもそも、時間や場所で何かを決める概念がないんです。役割と結果を設定したら、あとはやるだけ。フルタイムかどうかは重要でなく、高橋さんに関しても、この事業をやるのに適任の人が、たまたま週10時間勤務だっただけの話です。
——適任というのは、スキルや経験よりもマインドセットを重視して?
石倉:キャスターを3年ほど経営してきて分かったのは、前職での経験やスキルと、うちで活躍するかどうかの相関はほぼゼロであることです。例えば、キャスターグループには営業職が10人ほどおり、そのうちほとんどが人材業界未経験者にも関わらず、文句なしの成績を挙げています。僕はこれまで、結構いろいろな会社で採用や人事の仕事をしてきましたが、そもそも前職でのスキルや経験とその会社で活躍できるかどうかに、深い相関があるケースはほとんどない印象です。ただ、うちの場合はそれが顕著だとは言えるでしょう。
——なぜ相関がないんでしょうか?
石倉:働く時間と場所が自由なので、どういう役割をまかせるかと、そこに対する結果をどう測るかを設定したら、あとはそれができたかどうかしか判断するポイントがないんです。言ってみれば、会社と個人の関係は対等。でも逆に言えばこれは、会社にぶら下がることはできないという意味でもあります。すべてが役割と結果で決められていくから、上司による評価もありません。上司の顔色を見ながら仕事をするインセンティブはゼロ。むしろ、「僕の機嫌をとっている暇があったら仕事をしろよ」という話です。だから、これまで根回しによってなんとなく仕事がうまくいっていたような人は、まったくワークしなくなるんですよ。
——高橋さんは純粋に役割と結果で決まる今の働き方にすんなり順応できたんですか?
高橋:そうですね。前職のリクルート時代から評価時には成果に基づいて会話してきましたし、元々上から何か言われたからやるというのではなく、自分から新しい事業アイデアを提案してみたり、市場を大きくするためにはどうしたらいいかを考えてみたりといった仕事の仕方をしていたので、自分の意識としては、今もあまり変わりがないと思っています。
倍の時間働ける人を見つけるより現実的で再現性が高い
石倉:一般的に、職場のルールには「姿勢のルール」と「行動のルール」の2つがあると言われています。姿勢のルールとは、「朝9時に出社して朝礼に出なさい」とか「スーツにネクタイ姿じゃないとダメ」といった、気をつけさえすれば誰でも守れるようなもののこと。一方、行動のルールは「売り上げをいくら達成してください」「こういうことを実現してください」といったもののことです。組織をヒエラルキー型にして統率を高めようとすると、通常は姿勢のルールを増やすことになります。
なぜなら、姿勢のルールは誰にでも守れるので、たくさんのルールを作ることで社員全員を同じように動かし、一つの目的に向かっていきやすい。つまり、マネジメントがしやすいのです。
——ところが、御社はそうはなっていないということですね。
石倉:はい。うちには姿勢のルールがありません。なぜなら100%リモートで、見ようと思っても見られないから。行動のルール、それもそれぞれの役割を握るだけのミニマムなルールしかないので、他の会社とは活躍できる人が違うのだと思います。
——マネジメントの難度を上げてまで、行動のルールに特化しているのはなぜでしょうか?
石倉:そうすることによって会社としての自由度が上がったり、働き方の選択肢が増えたり、そのことによって高橋さんのような人が入ってくれたりというメリットが大きいからです。たった3年半でメンバーが350人まで増えたり、毎年3倍くらいのペースで成長できたりしているのは、その結果だと思っています。
——高橋さんのような、今まで働きたくても働けなかった人の力を借りられるのは大きいですね。
石倉:その通りです。これまでであれば、姿勢のルールをたくさん作って、一つの目的に向かって駆り立てていくマネジメントは、非常に合理的なものでした。ところが今、世の中をマクロで見ると、無視できない大きな2つの流れがあると感じます。1つは、労働人口が減っていること。もう1つは、個人の意識として働き方がどんどん自由な方向へ進み、多様化していっていることです。仮に何かの政策が当たったとしても、労働人口はこの先20年は減り続けるはずですし、「どうしても満員電車に乗って通勤したい」という人もいないはずなので、この2つの流れが止まることはないでしょう。
——同感です。
石倉:有効求人倍率は現時点でもすでに1.5倍程度あり、300人以下の中小企業にかぎれば6倍にも達します。6社のうち5社は、人を確保できない状況にあるのです。先ほど挙げた2つの大きな流れがあるからには、この傾向は今後より加速するでしょう。となると、中小企業やベンチャーにとって、人を採ることはほぼ「無理ゲー」に近くなる。いまや人の確保こそが最大の経営課題なのです。
——姿勢のルールが、その妨げの一つになっている?
石倉:うちのようにリモートをOKにするとか、アウトソーシングに出すとか、フリーランスを積極活用するとかいったように、やり方を柔軟にすれば、こうした状況は変えることができます。高橋さんほどこの事業に適性があって、なおかつ倍の時間働ける人を探すなんて至難の技です。それよりは、週10時間で倍進む方法はないかと考えるほうが現実的だし、再現性も高い。そのほうが経営上のメリットが大きいというのが、僕らの判断なんです。
「オンラインは難しい」は経営陣の思い込み?
石倉:でも、多くの会社はまだ、そうやって働き方を柔軟にしないと経営戦略上ヤバい状況になると気づいていないように映ります。その感覚をどうやって広めて、従来の「オフラインで働く」市場とは別に、「オンラインで働く」という、もう一つの新しい市場を作り出すことができるか。僕らはそのことに挑戦しています。
——高橋さんは「難しさを感じない」とおっしゃっていましたが、石倉さんからしてもオンラインにすることのデメリットはないんですか?
石倉:働く側からしたら、デメリットはほぼないですね。よく言われるリモートワークのデメリットは結局、場所だけがリモートになっていて、コミュニケーションのオンライン化が進んでないから起こることなんです。ほとんどの人が会社に来て対面で話してるから、離れたところにいる自分だけが不利になるって話なんですよ。
これは僕の持論なんですが、リモートワークを導入するなら、まずはコミュニケーションをオンライン化することから。だから、今高橋さんに進めてもらっているコンサル事業でも、最初にやるのは、コミュニケーションと業務フローの2つをセットでオンライン化するのをお手伝いすることだと思います。
——これといったデメリットがないとすると、なぜ多くの会社でオンライン化が進まないのでしょうか?
石倉:先ほども言ったように、姿勢のルールで縛れなくなるぶん、マネジメントの難度は上がるので、マネジメントする側が変わらないといけません。社長とか中間管理職の人たちが、自分たちが変わることに抵抗しているんじゃないでしょうか。もちろん、うちも300人規模の会社なので、例えば「ミドルマネジメントが育たない」とか、「この部署とこの部署の連携がうまくいかない」とか、そういう組織的な問題は起こります。
でも、それってどの会社でも聞いたことのある話じゃないですか。だからそんなに何かが変わるわけではないのに、みんな必要以上に頭でっかちになっていて、やる前から考えすぎなのだと思います。
——変わりたいと思ったら、まず何から始めるのがいいですか?
石倉:小さくてもいいので、今までとは違うやり方を始めてみるのがいいのではないでしょうか。例えば、業務が忙しくなってくると、すぐに「人を採用して社員を増やそう!」となりますが、本来は単純に正社員を増やす以外にもいろいろな選択肢があるはずです。「別に社員じゃなくていいよね」となったら、そこにチャレンジしてみる、とか。最適な組織のあり方はそれぞれ違うとは思いますが、まずはそういうところから始めてみては?
(文・ 鈴木陸夫、写真:伊藤圭 )
"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年7月3日公開の記事)