シアーズの店舗は2017年だけで226店舗も閉店(Fung Global Retail調べ)。アマゾンなどeコマースの拡大だけでなく、過剰出店の問題が指摘されていた。
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あのシアーズが倒産した。
今から125年も前に、魅力的な商品をカタログ通販で全米に拡販するというビジネスモデルで急成長を遂げた、いわば「郵便時代のアマゾンドットコム」。1980年代には全米に拠点を持つ巨大小売業者へと成長した。
その後、ディスカウント型スーパーの攻勢に対応できずに倒産寸前まで追い込まれ、先日辞任したエディ・ランパートCEO率いるヘッジファンドの支援を受けた。しかし、ファンドにありがちなコストカットや自己株取得による株価改善といった金融的な対策ばかりが先行し、アマゾンを中心としたネット企業の攻勢に対応できないまま業績は悪化の一途をたどった。
それでも、低金利の恩恵を受けてここまで何とか生き延びてきたが、とうとう返済に行き詰まって会社更生を自主的に申請したというわけである。
海外メディアは「年金積み立て不足問題」に注目
2018年10月15日、シアーズ破たん後の年金支払い問題を指摘するウォール・ストリート・ジャーナル電子版の記事。
出典:Wall Street Journal
日本のメディアは小売り大手の倒産そのものが話題の中心だが、海外では、倒産に伴うある話題が大きく報じられている。それは「退職者の年金はどうなるか」という問題だ。
シアーズのように歴史の長い企業は、退職した従業員に巨額の年金を払い続けている。原則として、年金の原資は従業員が払い込んだ掛け金であるはずだが、実際には、今後支払いが想定される年金(債務)額は、従業員たちが積み上げてきた年金資産を上回る「積み立て不足」状態になっていることが多い。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事によれば、アメリカの10大企業年金の平均積み立て率は87.6%(2017年)とされるが、シアーズはそれを大きく下回る63%で、積み立て不足は約4割にも及ぶという。
実際のところ、企業年金はそれを提供する企業が倒産しても支払い停止になることはなく、最悪の場合には連邦政府の年金給付保証公社(Pension Benefit Guaranty Corporation)が保証してくれることになっている。今回も、PBGCはシアーズの倒産にあたり、企業年金は今後も問題なく支払われると表明している。
しかし、今後策定される再建計画をめぐり、負担のつけ回しが争点となる可能性は高い。
「保険会社に丸投げ」サービスも出てきた
2010年8月、羽田空港の搭乗カウンターにて、疲れ気味の日本航空(JAL)スタッフ。この年の1月、同社は会社更生法の適用を申請。最終的に、現役は5割、OBOGは3割の年金カットを受け入れた。
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歴史の長い企業にとっては、最大の債務が年金支払いであることが珍しくない。その負担が業績に大きな影響を及ぼすことも多い。日本航空(JAL)が2010年1月に破たんして会社更生法適用を申請した際に、企業年金のカットが大きな問題になったことは記憶に新しい。
そうした厳しい現実がある中で、近ごろ注目を浴びているのが、企業年金のプログラムを丸ごと保険会社に引き受けてもらうことで、年金債務の負担を回避する動きである。
全世界で42万人以上(「アニュアルレポート2018」)の従業員を抱えるフェデックスは、年金債務を保険会社に一部移転させた。写真はチェコスロバキアの首都プラハの空港にて。
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例えば、国際宅配便で知られる米フェデックスが、2018年5月に4万1000人分の年金債務をメットライフに移転して話題になった。トランプ政権発足以来、経済成長や株式市場の活況によって積み立て不足が急速に縮小して引き受けリスクが小さくなったために、保険会社が企業年金の一括引き受けを新たなビジネスとして積極的に展開しているのである。
シアーズのような大手が破たんする可能性もある中で、先行きが不透明な個別の企業に老後の年金を託すより、メットライフのような世界最大手クラスの保険会社が引き受けてくれるなら、退職者の方も安心ということで、三方丸く収まるというわけだ。
ソニーの動きで年金運用「自己責任」が加速する
2018年4月からソニーの社長CEOを務める吉田憲一郎氏。2019年10月から確定拠出年金への移行を決めた。
REUTERS/Toru Hanai
折しも日本では、ソニーが社員約3万人の「確定給付年金」を、2019年10月から「確定拠出年金」に移行させることを決めたと報じられた(日本経済新聞、2018年10月14日)。
確定給付年金は、破たんしたシアーズの企業年金と同様、企業が将来の年金給付額を保証するもので、日本の企業年金のほとんどはこのタイプだ。
一方、確定拠出年金は、給与から天引きされる掛け金(拠出額)が所得控除の対象となること、企業がある程度の積み立て補助をすることは確定給付年金と同じだが、掛け金の運用は、企業側があらかじめ用意した投資信託や預金といったメニューの中で自己責任で行わねばならない。その運用成果を原資に年金を受け取る点が大きく異なる。
大ざっぱに言えば、「税金(所得控除)メリットのある超長期投資信託」で、満期を迎えた後に定期的・継続的な払い戻しがあるものと思えばよい。
1990年代半ばに企業年金の運用成績が悪化する中、団塊世代が将来退職した時に必要となる企業側の負担が巨額になるとの懸念から、経済界と政府が主導して導入したのが確定拠出年金の始まりだ。
年金の原資を自己責任で運用するという発想は、従業員にとって(手間もリスクも伴うという意味で)全然魅力的ではないし、企業ですら年金運用に苦しんでいるその最中に導入しようというのはいかにも間が悪い。いずれ移行が必要なら、安倍政権下で株価が安定している今こそがベストと企業側が考えたのだろう。
年金問題、定年延長…企業の負担はますます大きい
日本の労働市場・労働環境は大きく変わりつつある。制度もそれに伴って大きな変革が求められている。
撮影:今村拓馬
とはいえ、企業年金の問題は確定拠出年金の導入によってすべて解決するわけではない。
そもそも、企業年金は一つの企業に定年まで勤めることを前提とした制度だ。引退したOBOGを企業が支え続けるシステムと言い換えることもできる。
しかし、人手不足の影響もあって転職者が増え、経団連が就活ルールの廃止を決めたことによって新卒採用から通年採用への移行が加速しようという現在、終身雇用を前提とした退職金制度や年金制度は大きな変革を迫られていると言えるだろう。
参考記事:経団連「東京五輪のために採用前倒し」計画が、就活ルール廃止にすり替わった本当の理由
確定拠出年金は、運用資産(掛け金)が個人に紐づいているので、転職先の確定拠出年金や個人型(iDeCo)に移管できる。これはポータビリティと呼ばれる。企業は将来の給付を約束しなくて済むので、先述のソニーのように積極的に給付年金を廃止する企業が増えるはずだ。
また、企業に対する雇用確保義務の70歳までの拡大(定年延長)が議論されているが、戦力とは言いがたい人を無理に雇用し続けなくてはならなくなれば、企業の負担はそれだけ増えることになる。
株主からもっと儲けろ還元しろとプレッシャーが強まる中で、企業年金、雇用延長……と次々と難題を押しつけられ、「企業は社会保障制度の担い手ではないのだぞ」というのが経営者のホンネかもしれない。
退職金制度も年金制度も変革が必要なのは事実だ。ただ、破壊するのはあっという間だが新たな制度を構築するには時間がかかる。すぐにより良いものに置き換わるとは限らない。
シアーズの年金積み立て不足問題を他山の石として、「勤め先あるいは政府が悪いようにはしないだろう」などと漠然とした期待は持たず、自衛自助に努める必要があるだろう。
大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。