家事代行先進国で生まれる新規サービス——雇い主のストレスもメイド虐待も減らす

まだまだ女性の負担が大きい家事・育児の分野。政策として外国からの家事労働者を積極的に受け入れてきたシンガポールや香港などの「家事外注先進国」から学べることはあるのだろうか。

前田真紀子さんとメイドたち

日本人女性がシンガポールで立ち上げたメイドエージェンシー「Singbest Maid Agency」。

提供:前田真紀子さん

シンガポールでは政府に支払う税金を含め、住み込みメイドを月5万~8万円程度で雇うことができる。日本で家事代行を頼むのには1時間あたり2000円前後かかることを考えると、破格にも思えるこの金額。

しかし実際に雇う上では、メイドの面接、モチベーション維持、トラブル対応……と必ずマイクロマネジメントが必要で、ストレスに感じる人も多い。

こうしたシンガポールでのメイドビジネスに新しい風が吹き込みつつある。

シンガポールにあるメイドエージェントは1600余り。飽和状態にも思えるビジネスだが、一方でこれまでの慣習を変えようと参入し始めている外国人がいる。

良いメイドに出会えるかは宝くじ状態

シンガポールでは多くのメイドを雇った経験のある雇い主でも、良いメイドに出会えるかどうかを「ギャンブル」「宝くじのようなもの」と表現する。メイドを雇い始めるには、

  1. 新規で送り出し国から呼び寄せる
  2. 現在ほかの雇用主の家で働いている人の雇用主を変える

という2種類の方法がある。

子守りをしている女性

Shutterstock / ucchie79

1はエージェントから紹介されたメイドをオンラインで面接し、雇用主の責任でシンガポールまで来てもらう。2では例えば日本人同士であれば帰任する人が新たにメイドを必要とする家庭に紹介し、エージェントは書類作成などを手伝うのみであることが多い。

住み込みとなれば毎日顔を合わせ、家族のケアを任せることになる。留守宅を任せることもあるので、家族だけの時と異なり、自宅内で金品などを管理する必要もある。相性が合うか、誠実な態度で働いてくれるか、トラブルが起きないかということは、実際に雇い始めてからでないとわかりにくいことも多い。

「もうとにかく期待値を下げること」

60代のシンガポール人女性、アイーダ(仮名)は20年間、10人以上のメイドを取り換えてきた。子どもたちが幼いころは英語ができるフィリピン人を雇っていたが、子どもが大きくなってからは、老親のケアができそうなミャンマー人に切り替えている。

だが、仕事で「もっとこういう風にして欲しい」と指摘すると、機嫌が悪くなりトイレに鍵をかけて出てこなくなったり、夜中に雇用主の部屋をこっそり開けているのを見かけたりしたので解雇。その後モノを盗まれていたこともわかり、メイドは警察に捕まった。

掃除をしているメイド

フィリピン人のメイドさんたちは研修センターで掃除等の訓練を受けてからシンガポールにやってくる。

提供:前田真紀子さん

アイーダは「時間もお金もたくさん無駄にした。いいメイドに出会えるかはギャンブル。旅行ではお土産を買ってきたり、週末一緒に出掛けないかと声をかけたり家族のように扱いつつも、子どもたちをメイドと2人きりにはしなかった。私はメイドを本心から信用したことは一度もない」と言い切る。

メイドを雇うコツを「もうとにかく期待値を下げること。細かいことを気にし出すときりがないから目をつむること」とため息をつく。

夫の仕事でシンガポールに7年住む3人の子どもの母親、スペイン人のジェシカ(仮名)も、シンガポールで最初に雇ったメイドが、長男がケガをしたのに報告しなかったことに不信感を抱き、すぐに解雇した。

2人目のメイドとはとても良好な関係を築いたが、ジェシカが3人目を妊娠したことを知ると、「新生児の世話はしたくない」と他の家庭へ移ることを希望したので、望み通りに新しい雇用主につないだ。

そのあと雇ったメイドは子どもと積極的に遊んでくれず、何度か話し合いを持ったが解決しなかった。ついに「メイドはもう雇わない。いい人に恵まれればすごく助かるけど、今は家に誰もいないほうがむしろリラックスできて幸せ」と話す。

日本人が求める標準でトレーニング

雇用主側の態度に原因があるケースももちろんあるだろうが、こうした「ギャンブル」「宝くじ」状態のメイド探しを、どうにか変えたいと動き始めているのが、2017年6月にシンガポールでメイドエージェント「Singbest Maid Agency」を立ち上げた前田真紀子さんだ。

前田さんが重視するのは3点。主に日本人家庭を対象に考えているため、

  • エージェントが新規採用の段階で、日本人が求めるクオリティを踏まえてスクリーニングを強化する。
  • 「どこまでお願いしていいかわからない」という家庭のために、日本人が求める標準をエージェント側で作り、派遣前に一定のトレーニングをして、雇用主の要望とのマッチングさせる。
  • 雇用主とメイドはトラブルやすれ違いのときに直接言いにくいこともあるので、紹介して終わりではなく、アフターフォローやメンテナンスをする。

前田さん自身、かつては日本で、そしてその後はシンガポールのまったく別業界で働いていた。長女が生後3カ月の時に仕事に復帰、いいメイドに行き着くまでに苦労した経験から「現状では我慢してなんぼという世界になっているけど、せっかくなら、日本人の駐在家族にもメイドさんがいてくれてよかったという経験をしてもらって、日本に持ち帰ってもらいたい」と話す。

メイド側の負担を減らす

一方、シンガポールでは度々、新聞に大きくメイドを虐待した罪で罰せられる雇用主のニュースが大きな写真と実名で載る。見せしめの意味もありそうだが、食事を与えず30キロ台にやせ細った、雇用主に殴られたなどの事例が明らかにされ、実刑が課されている。

家事労働者が置かれる環境もまたピンキリだ。寛大な家庭で日中も働きづめではなく、3〜4時間自由に過ごせるメイドもいれば、いじめや虐待に遭うケースもある。外部との接触を禁止され、英語ができない場合、相談できるネットワークにたどり着けないこともある。

どんな環境に当たるか、メイドにとっても「ギャンブル」になっているわけだが、メイド側の視点からも、改革を起こそうとしている人がいる。

移り先を探し求めてWe Caringを訪れたメイド

フランス出身男性が立ち上げたエージェントで雇用主を探すメイドさんたち。

提供:We Are Caring

フランス人のデービットが2016年に立ち上げたエージェント「We Are Caring」は、新規でメイドとしてシンガポールに来るメイド側が、数カ月分の給料をエージェントに紹介料として支払うように求められていることは「メイドが尊重されていない」とし、メイド側の費用をゼロにすることを打ち出している。

デービットはもともとフランスの政府系機関で働いており、高齢者が過ごしやすい都市のありかたについて問題意識を持っていた。イスラエルでMBAに通った際、シンガポールを訪れる機会に恵まれ、外国人家事労働者の労働環境に関心を持ったが、メイド側の負担の大きさに驚いた。

MBA取得した後、「1600もエージェントがあるということは、この市場にお金はある、参入障壁は低い。でも一方で、効率化ができるとも確信した」という。

自己紹介動画作成中の女性

We Are Caringのブースで自己紹介動画を確認するフィリピン人の女性。

提供:We Are Caring

We Are Caringは移り先を探すメイドたちが日曜日などに訪れ、ビデオブースで自己紹介動画を作ったり、面談をしたりするスペースを設営。雇い主側にとっても相性の合うメイドに出会うまでの苦労が多いことに課題感を持っており、面接の申し込みはオンラインで、とできるだけ時間をかけずにマッチングができるよう仕組みを整えているという。

メイド側から紹介料を取らずに、どう利益を出すのか。そう聞くと、「とにかく取引を増やすこと」。1年目に150件だった成約は、2年目には480件まで増加。成約の1年後の継続率は、市場平均で48%であるが同エージェントは75%だという。

「雇用する家庭にとってもヘルパーにとっても心地いい関係を作る。ヘルパー側からお金を取らないことをスタンダードにして、この市場自体のルールを変えたい」と意気込み、成約件数は1万件を目指し、香港など他国への展開も視野に入れる。

お互いを尊重した関係

こうしてお互いを尊重した関係性を築くことができれば、家事問題に頭を悩ます必要はなくなってくる。

シンガポールで2児の子育てをしながら夫婦ともにフルタイムで働く日本人女性のエミ(仮名)は「今のメイドさんがお料理も上手で、すごく助かる。子育てをしながら共働きをする上で、なくてはならない存在」と話す。以前雇っていたメイドは家族を連れてきたいと言い始めて、それをかなえてあげられなかったので解雇せざるをえなかった。

「今は、辞めると言い出されないように、フィリピンに(費用を負担して)1年に2回は帰国させてあげたり、できるだけモチベーションを維持してもらうように気を使ってる」と話す。

メイドに恵まれ、給料を契約更新ごとに引き上げて6、7年と家族のようにともに過ごす家庭もある。

ただ、雇用主にとっても、メイドさんと彼女たちが国に残してきた家族にとっても、決して良い側面ばかりではない。送り出し国も受け入れ国も、そしてサポートするエージェントやNPOも試行錯誤を続けている。

日本でも2017年に東京や大阪などの経済特区で家事を担う外国人の受け入れを解禁した。だが、お互いの生活に深く関わってくる領域ゆえに、「家事外注先進国」ですら未だに苦戦している面がある。長期的にうまくやって行くためには、家事労働者を支えるさまざまな仕組みや工夫が必要であることは間違いない。

編集部より:前田真紀子さんが立ち上げたエージェントの名称を追記しました。2018年10月29日 22:00


中野円佳(なかの・まどか):1984年生まれ。東京大学を卒業後、日本経済新聞社に入社。育休中に通った立命館大学大学院時代の修士論文をもとに2014年9月『「育休世代」のジレンマ』を出版。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」委員などを務める。2017年4月よりシンガポール在住フリーランスで、東京大学大学院博士課程在籍。東大ママ門、海外×キャリア×ママサロンなどを立ち上げる。2児の母。

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