撮影:小林優多郎
政府は、携帯電話料金の「4割値下げ」に本気のようだ。
菅義偉官房長官は、10月22日午前の記者会見で、携帯電話料金の値下げについて改めて言及。2019年10月に楽天が第4のキャリアとして参入するため、それを契機に値下げ競争が起きるだろうとした。
実際のところ、大手3キャリアは民間企業であり、自由競争をしているため、政府が強制力を発揮して値下げさせることは難しい。そのため、総務省は競争を促進しようと検討会を発足させ、あらゆる手を使って3社を競争させ、4割値下げを実現させようと躍起になっている。
例えば総務省は、大手キャリアから格安スマホ事業者に回線を貸し出す際の「接続料」を値下げさせることで、格安スマホの料金をさらに安くさせ、3キャリアとの料金競争を起こそうとしている。
しかし、この接続料の算定に関しては、総務省で大学教授などの有識者が集まって、値下げの方向に持っていくように喧々諤々の議論を何年も続けているが、抜本的な答えが出ていないのが現状だ。
最近になって政府が「接続料を何とかしろ」と詰め寄っても、議論は進展しないわけで、接続料が一気に下がるのは望み薄だと筆者は見ている。
“MVNO向け接続料”狙い撃ちは「的外れ」?
撮影:小林優多郎
ある大手MVNO関係者は、
「接続料という決められたルールがあるから、格安スマホ業者での料金競争が起きなくなっている。キャリアから接続料という同じ条件で回線を借りるということは、結局、格安スマホ事業者の料金は横並びにならざるを得ない。接続料で借りるのではなく、卸契約で自由な料金設定でキャリアと契約できれば、面白い料金体系がつくれるのだが」
と語る。
格安事業者からすれば、接続料を値下げするよりも、接続料そのものの存在を根底から議論すべきだというわけだ。
また、仮に接続料が下がった場合、格安スマホ事業者は、今よりも安い料金でサービスを提供することになるだろう。
ユーザーとしては安くなるのは大歓迎だが、今でさえも利益が出ずに、赤字経営のところが少なくないと言われる格安スマホ事業者にしてみれば、値下げ競争により利幅がさらに減ることになる。厳しい競争環境から、撤退や事業売却する格安スマホ事業者が続出してもおかしくない。
現状、大手キャリアと格安スマホの料金差がちょうどいいバランスにあるのに、ここで格安スマホを値下げさせれば、利幅がなくなり、経営が苦しくなるのは目に見えている。
また、大手キャリアを4割値下げさせれば、格安スマホとの料金差がなくなり、これまた格安スマホ事業者が路頭に迷う可能性が出てくるだろう。
楽天参入を突破口にするのは簡単ではない
東京・世田谷の楽天本社・楽天クリムゾンハウス。
撮影:伊藤有
菅官房長官の発言を聞くと、2019年10月にキャリアとして参入する楽天に相当、期待している様子が伺える。
「第4のキャリアが登場することで、現状の寡占状態が打破され、料金競争が一気に進む」と、菅官房長官は楽観視しているようにも見える。
しかし実際のところ、楽天が参入したからと言って、すぐに料金競争が起こるのは考えにくいのではないか。
ユーザーが携帯電話事業者を選ぶ時、最も重視するのは「エリア品質」だ。どんなに安い携帯電話でも、自宅でつながらなかったら意味がない。もちろん、勤務先や学校、通勤通学の途中など、普段の生活圏内でつながらない携帯電話にお金を払う価値はない。
楽天は2019年10月にサービスを開始するが、当初、楽天自身が手がけるエリアは東京23区、名古屋市、大阪市中心のみとなっている。それ以外のエリアについては、他社の回線に相乗りする「ローミング」でカバーすることで、サービス開始時点から全国エリアで通信できるようになる見込みだ。
日本では過去にもイー・モバイルが参入した際に、NTTドコモからローミングでネットワークを借りてサービスを提供したことがある。しかし、ローミングの年数が決まっていたため、イー・モバイルは必死に全国にエリアを広げていた。
もっとも、創業当初のイー・モバイルは、ポケットWi-Fiなどのデータ通信機器がメインであったため、多少つながらなくても許された感があった。しかし、楽天はスマホがメインになると想定される。だから、地下鉄や山奥などでも音声通話がつながる品質を求められることだろう。
NTTドコモの吉澤和弘社長。楽天のキャリア展開の鍵になるローミングについては、一定の距離を置く発言をとっている。
撮影:石川温
楽天とのローミング契約に関して、キャリアはどう考えているのか。本命であるNTTドコモの吉澤和弘社長は、
「楽天はMVNO(格安スマホ)も手がけている。MVNOをやりつつ、キャリアとしてローミング契約をするのは、ちょっと違うのではないか」
と楽天の考えに早くも釘を差している。
(回線の卸先というパートナー関係にある)格安スマホ事業者としてなら、NTTドコモは喜んでネットワークを貸し出すが、キャリアという競合関係になりながら、格安スマホ事業者にネットワークを貸し出しつつ、さらにローミング契約でネットワークに接続するのでは、話が違うのではないか。要するに「キャリアになるなら、自前ですべて何とかしろ」と言いたいわけだ。
キャリアとしてライバルになる楽天にネットワークを貸し出したくないというのは、KDDIもソフトバンクも同じだろう。楽天がKDDIやソフトバンクに何らかのメリットを提供できないことには、ローミング契約も難しいのではないか。
楽天に立ちはだかるコストの課題
楽天モバイルネットワークの山田善久社長。写真は10月3日、総務省での5Gヒアリング登壇時のもの。
撮影:石川温
もちろん、大手キャリアからネットワークを借りるとなれば、それだけコストが発生する。
楽天は、新しい技術を使ってネットワークを構築すると語っている。実際、参入発表当時、2025年までに6000億円と見積もっていた4Gネットワークの設備投資額は、直近ではさらに減ると試算している。
楽天は6000億円以下で全国にネットワークを構築するという。しかしこの金額は、大手3キャリアがわずか1年間に使う設備投資額とあまり違いはない。
従来は、ネットワークを構築するには専用の設備が必要だった。楽天は仮想化技術を用いることで、商用既製品のサーバーにソフトウェアで運用することで、圧倒的に安価でネットワークを構築できると胸を張る。
確かに仮想化技術は進んでおり、この点においては、既存キャリアに比べて大幅にコストを削減できるだろう。
しかし、大手キャリア関係者は、「ネットワークを構築するには街中に基地局を設置しなくてはならない。基地局自体のコストは下がっているが、ビルの上や土地を借りる賃貸料や工事施工者の人的コストは、下がるどころか上がっている」と言う。
基地局のアンテナ。
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当然、全国でネットワークを提供するには何万という基地局を設置しなくてはいけない。楽天はそのあたりのコストをどのように試算しているのか、まだ判然としない。
楽天は、2019年から4Gのサービスを始めつつ、2020年からの5Gサービス開始に向けて、周波数獲得に動き出した。「5Gにソフトウェアアップデートできる4Gの設備を準備している」(楽天モバイルネットワーク、山田善久社長)というが、4Gネットワークを全国に広めつつ、5Gも準備するという二重投資を余儀なくされるのも不安要素だ。
楽天が第4のキャリアとして、どのような料金プランを提供してくるかはまだ発表されていない。ただ、総務省に提出した計画書では、すでにMVNOである楽天モバイルで提供されている料金プランに近いものになるようだ。
楽天の三木谷浩史・代表取締役会長兼社長。
菅官房長官が楽天に相当期待している現状を考えれば、大手キャリアよりも4割以上安い料金プランで仕掛けてくる可能性は、極めて高いと見られる。
この厳しい競争環境の中、他社より4割以上も安く、また全国にネットワークを構築しつつ、ローミング費用も支払い、ショップ網も整備し、(ユーザー獲得のための)大量CMまで流すことが本当に可能なのか。
三木谷社長は、菅官房長官の期待に応え、3キャリアとの料金競争に持ち込むことができるのか。
まさにその手腕が問われようとしている。
(文、写真・石川温)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。